第三十八話 ネックレス詐欺事件(上)
私は皇太子宮殿に間借りしている状態だったので、頻繁に皇太子殿下とヴェリア様にお会いした。昼食に招かれたりお茶会に呼ばれたりね。
普通の貴族であれば皇太子殿下ご夫妻の昼食に同席するなんて一生に一度あるかないかという名誉な事である。皇族でもそれ程容易に招かれる事はない。
しかし私はあまりにも近くに住んでいたし(同じ宮殿に住んでるのだから同居しているとさえ言える)ヴェリア様にとっては元侍女で信頼出来て気安い関係だから、頻繁に呼ばれてご一緒する事になったのである。
同時に、私は皇妃陛下にもしょっちゅう招かれた。やはり昼食会やお茶会にである。皇妃陛下ともなれば昼食会も政治的な会合となり、帝国政府の大臣や高官と政治についての意見交換をしながら昼食を摂る事も多いという。
そういう大事な時間を、私との昼食のために割いて下さるのだからこれはとんでもなく名誉な事だ。とにかく皇妃陛下は私がルレジェンネ様の娘だと分かってから過剰に私に気を遣って下さるのである。
それはルレジェンネ様を帝都に戻せない事の代償行為みたいなものみたいなのよね。私に気を遣って下さっても、私は何もお返し出来ないしルレジェンネ様に何か伝えられる訳でもないから困るんだけどね。
皇太子ご夫妻や皇妃陛下に頻繁に招かれる私は完全に帝室のお気に入りだと見做された。そもそも婚約者であるガーゼルド様が次代の筆頭大臣間違いなしという評価なので、私も今の皇太子殿下が即位なさった暁には、皇族女性として皇妃になられるヴェリア様の次の席に座る事になると言われてしまうようになる。
そうなると貴族たちは我も我もと私に会いたがるようになる。私は正式に婚約したので準皇族として社交に出られるようになった。そのため、毎日私の前には社交への招待状が比喩ではなく山をなす事になる。
なにしろ準皇族なので、他の皇族の方とご一緒する会でもない限り、私はその社交の最高位になってしまう。そもそもほとんどの会が私と会うために企画された社交なのだ。そうなれば当然私が一番お偉い立場となる。
まぁ、その事は婚約する前から分かっていたし、覚悟はしていた。していたつもりだった。しかし、実際に社交が始まってみると、そんな覚悟では全然足りなかった事を思い知る事になる。
まず、気が抜けない。一切抜けない。考えてもみて欲しい。例えばお茶会に出席したとすると、私は上座に座らされ、貴婦人たち全員の注目を浴びる事になる。
注目されるだけならまだいい。注視される。凝視される。頬がピリピリとするくらいの視線が、お茶会の間中私から離れないのである。私が身動き一つすれば全員が姿勢を正して何事かと身構えるのだ。
これでは瞬きすら躊躇してしまうわよね。咳払いでもすれば全員が驚愕して「どうなさいました!」「お医者を呼びましょうか?」と騒ぎ出す有様。私は貴族の微笑みを浮かべて人形にでもなっているつもりで座っているしかなかった。
それだけでも大変なのに、出席者の皆様は私とお近付きになりたいものだから、私にひっきりなしに声を掛けて来るわけである。放っておいて欲しいという訳にはいかない。私が呼ばれているのは私という上位者との親交を深め、私を通じて皇帝陛下や皇太子殿下、ガーゼルド様に自分の要望を伝えるためなのだから。
だからお話もよく聞いておかなければならない。これが困った事になにしろ皆様奥ゆかしい貴族のご婦人方であるから、お話の仕方まで奥ゆかしい。つまり迂遠で婉曲でまどろっこしいのだ。
単純に「ザーイラー伯爵とコズイック伯爵の領地争いをとりなして欲しい」という要望が「薔薇の棘で白鳥の羽が痛んでしまう」みたいな言い回しになるのである。薔薇はザーイラ伯爵の紋章に描かれていて、白鳥はコズイック伯爵領に有名な生息地があるのだそう。そういう事も一々社交の前に予習しておかなければならないのだ。
つまり下手な所作を見せないように緊張して座り、出席者の皆様のお話を聞き漏らさない耳をすませておかなければならないのだ。これだけでもお茶会が終わるとぐったりしてしまうくらい疲れる。
それなのにそんな私に皆様は何か話せとせがむ訳である。しかも洗練されたウィットに富んだ話術でである(内容は別にゴシップでもなんでもいいんだけど)。無茶振りすぎる。そういう話術も一生懸命学んで身に付けたわよ。
そして、そんな社交が毎日ある。いや、毎日どころではない。午前中にお茶会が一件、午後にもう一件。夕方からは舞踏会。なんて日が普通にある。下手をすると昼食も昼食会という形で社交になってしまうことさえあるのだ(朝食はプライベートなものなので社交にはならない)。
き、気が休まる暇もない。婚約式が終わってわずか一ヶ月で、私はバテてしまい熱を出した。商人として毎日忙しく働き、貴族のお嬢様なんかとは鍛え方が違う筈の私が寝込んでしまったのだ。
お見舞いに来てくれたガーゼルド様にさすがの私が愚痴ると、ガーゼルド様はすまなそうな表情を浮かべながらこう言った。
「母も妹も同じようなスケジュールをこなしているから、それほどキツいとは気が付かなかった」
……なるほど。生まれながらの皇族であるお二人なら、もう慣れているから軽くこなせるのだろうね。そしてユリアーナ様が妙に私を心配してくださった理由も分かった。あの方は私が油断していたことをお見通しだったのだ。
そりゃ私としてみれば大変な婚約式が終わったのだから少しは楽になると思うじゃないの。まさか婚約式の準備どころでなく忙しくて大変だとは思わなかったのだ。
しかもこのキツさはこれからガーゼルド様と結婚すれば一生続くのである。私は唸った。
「早まったかしら」
「そんな事を言われても困る」
ガーゼルド様は苦笑して、今後の社交負担の軽減を検討してみると仰った。
その結果、私が出る社交には他にも皇族の方がなるべく出てくださるようになった。そうすれば負担が分散されるという寸法だ。
ただ、ヴェリア様は皇太子妃なので滅多に帝宮からお出にならないので、それ以外のお方が同席して下さるのだが、その役目を特に買って出てくださったのが、なんと将来のお義母様であるユリアーナ様だったのには驚いた。
「結婚前に嫁に潰れてもらっても困りますからね」
なんて仰っていたけど、私の事を気遣っても下さったのだろう。
実際、公妃たるユリアーナ様が同席なされば私などユリアーナ様の威厳に隠れてしまって、すっかり目立たなくなる。おかげで私は社交のきつさが軽減されて一息つく事が出来たのであった。
ただ、相手は何しろ将来のお義母様であるから完全に気を抜くことは出来ない。お作法の甘さや曖昧な態度などはむしろユリアーナ様が率先して厳しく指摘した。しかしこれも直しておかないと私が後で困るかららしい。
ガーゼルド様もそうだけど、グラメール公爵家の皆様は結構面倒見が良いのだ。特に身内には非常に優しい。ユリアーナ様も私が正式なガーゼルド様の婚約者となって、初めて私を身内と認めて下さって、気を遣って下さるようになったのである。
ただ、ユリアーナ様はユリアーナ様である。一筋縄では行かないお人である事は変わりなかったわね。
◇◇◇
その日も私とユリアーナ様は同じ社交に出ていた。パクラーツ伯爵夫人主催のお茶会で、伯爵家の邸宅の庭園に設置されたテーブルで開催された。
私とユリアーナ様という皇族二人が出席するのだから極めて格の高い会になってしまい、出席者の五人の高位貴族夫人はめちゃくちゃ緊張した表情をしていたわね。
これは元々私だけが招待されていた会に「私もご一緒していいかしら?」とユリアーナ様が割り込んだのである。バクラーツ夫人としては「だめ」とは言えない。公妃であるユリアーナ様のお出ましは名誉な事だからだ。皇族の威光を使った荒技である。
ユリアーナ様の行動は明らかに新米皇族である私へのフォローだと見做されており、貴族社会では概ね好意的に受け取られていた。将来の義理の娘をユリアーナ様が気遣っていると考えられたからだ。グラメール公爵家は当代と次代の結束が固いと思わせる効果もある。
圧倒的なユリアーナ様のオーラに隠れて私は比較的リラックスして過ごす事が出来た。そのため、私は出席者の皆様の装いを観察する事が出来たのである。
主催のバグラーツ伯爵夫人の若草色のドレスは襟元や袖口にふんだんにレースを使った豪奢なものだった。私とユリアーナ様が出席するから気張ったのだろう。
首元には一際華やかなネックレスが輝いていた。繊細なシルバーのチェーンに大きなブリオレットカットのダイヤモンドが複数下がってる。しかも透明、ピンク、イエロー、ブルーと四色のダイヤモンドが使われていたのだ。
綺麗に色の付いたダイヤモンドは無色透明のダイヤモンドよりも高価になる事が多い。あんな大きなダイヤモンドなら尚更だろう。それほど派手ではないが、とんでもなくお高い品だ。
私は興味を惹かれて、宝石の記憶を視ようとして、自重した。私は貴族になってから無闇に他人の宝石を視ないようにしていた。貴族家の裏事情など知ってもいい事はないからだ。まして高位貴族の事情を知ってそれをうっかり漏らしたりしたら、またぞろ面倒ごとに巻き込まれる事になるだろう。
そういうわけで私はこの時、バグラーツ伯爵夫人のネックレスを視なかった。これが後に面倒事の元となる事など、私には知る由もなかったのである。
そのお茶会自体は高位貴族夫人同士の(私はまだ婚約者だけど)普通の社交で、特に私にもユリアーナ様にも面倒な要望が伝えられる事もなく和やかなものだった。ユリアーナ様のおかげで少しはお話を楽しめる余裕もあった。
ただ、お茶会も最後の方にバグラーツ伯爵夫人が私に問うたのだ。
「レルジェ様。このネックレスは私の自慢の品なんですのよ。レルジェ様は宝石に詳しいと伺っております。どうでしょう?」
夫人は先ほどチラッと見たネックレスを、着用したまま私に示した。夫人とはテーブルを隔てていたので、しっかりは見えなかった。能力を使って視れば距離は関係ないんだけど、この時も私は視はしなかったのだ。
そもそも私は油断していたので、そのネックレスの真贋をしっかり確認などしなかったのだと言い訳をしておく。私は鷹揚に頷いて言った。
「いい品だと思いますわ」
「そうですか! 嬉しいですわ!」
バグラーツ伯爵夫人は優雅に笑って私に感謝の意を示した。私はまったく、全然、問題事の予兆を感じ取る事が出来なかった。
しかしながら帰りの馬車でユリアーナ様がポツリと言ったのだ。
「迂闊でしたね。覚悟した方がよろしいですわよ」
「は?」
私には何の事なのか全然分からなかったのだが、そのほんの一週間後、私はまたしてもトラブルに巻き込まれることになる。
◇◇◇
事の発端はアルベール伯爵夫人という方が「バグラーツ伯爵夫人から購入したネックレスが偽物だった!」と叫んだ事である。
なんでもバグラーツ伯爵夫人から秘蔵のネックレスの購買を持ちかけられ、気に入ったので購入したのだけど、それを出入りの宝石商人に見せたら「偽物です」と言われたのだそうだ。
ここまでなら極めて良くある話で、私には何の関わりもない話だったのだが、怒り狂って怒鳴り込んだアルベール伯爵夫人にバグラーツ伯爵夫人がこう答えた事で、私は遠慮なく巻き込まれる事になる。
「そのネックレスはレルジェ様が『良いモノだ』と保障して下さった品なのですよ」
つまり件のネックレスは、あのお茶会の時にバグラーツ伯爵夫人が身に付けていたあの四色ダイヤのネックレスだったのである。
……大変面倒な事になった。
何しろ私は社交界では「貴族の中で随一の宝石の目利き」で通っている。しかも私は準皇族である。
その私がはっきりと「いい品だ」と明言したことは、それは鑑定書が付いたに等しいくらいの保障になるのだそうだ。
ちょ、ちょっと待ってほしい。
確かに私はあの時「いい品ですね」とは言ったけど、別に真贋の鑑定をしたつもりはない。あれはその、リップサービスというか、なんの気なしに言ったというか……。
しかしながら、社交界の皆様はそう受け取ってはくれなかった。準皇族であり宝石の専門家である私が「良い」と言ったなら、それは精々男爵に過ぎない宝石商人が行った鑑定よりも尊重されなければならないのだそうだ。なにそれ。
つまり、バグラーツ伯爵夫人が売り付けた贋作のネックレスが、私のせいで「ホンモノ」になってしまったのである。
とんでもない! 宝石商人がきちんと鑑定して偽物と判定したのだったら、おそらくあのネックレスの石は間違いなく偽物だったのだろう。
そんなものが私の「鑑定」結果をつけて「ホンモノ」としてまかり通ってしまう。この先流通してしまう。そんな事になったら私は大恥をかいてしまうだろう。宝石の鑑定ができる貴族婦人は少なくないし、出入りの宝石商人が目にする可能性もある。
彼らは私の目が節穴である事を笑うだろう。「レルジェ様のご鑑定により」本物になってしまった偽物を冷たい目で見て嘲笑うだろう。とんでもない! 私の宝石商人としての信用に関わる! いや、もう私は次の公妃になるから商人には戻れないとしても、今後の私の評価、ひいてはグラメール公爵家の信用にも関わってくる。
当然だけど私は否定しようとした。私は鑑定などした気はないと言い訳しようとした。しかし、その前にユリアーナ様に釘を刺されたのだ。
「皇族が自らの発言を撤回するのは過ちを認めた事になり、貴女は元よりグラメール公爵家の過誤になります」
自分の失敗を認める事自体が私の失点になるということだ。それは私だけでなく婚約者のガーゼルド様、グラメール公爵家の失点にもなり、そこを政敵に付け込まれでもすれば、公爵家の政治的影響力の低下にも繋がる。
故に私が発言を撤回したり言い訳するのはまかりならん、という事である。……どうしろと?
「そんな事を言われましても、偽物が私の鑑定を元に本物として扱われても、グラメール公爵家の信用問題になると思うのですが……」
「そこは仕方がありません。白いモノを黒と言いくるめるのも政治です。貴女の失敗なのですから貴女が責任を取って恥をかきなさい」
つまり、公爵家の威光を使って今後はあのネックレスは本物として扱わせる。もちろん、本当は偽物なので鑑定が出来る者たちは私を笑うだろうけど、そこは私が我慢しろというのだ。
え、えええ……。私は愕然としたのだけど相談したガーゼルド様もそれはもうそうするしか仕方がないのではないか、と仰った。
「失敗は誰にでもある。ただ、皇族は失敗を認めてはならぬ立場だ。貴族や民を導く立場の我々が自分の判断の過誤を認めれば、皆は我々を信じられなくなるだろう」
誤りを認めない人の方が余程信用できないと思うのは私から商人根性が抜けていないからなのかしらね。
ただ、確かに強権を振るう立場の皇族が、クルクルと言を翻したり、誤りを認めたりすれば、何かをやろうとする時に皆が「あの時失敗したじゃないか!」と反発を強めるだろうことは理解出来なくはない。難しいところよね。
「それにしてもまんまと嵌められたな。そのバグラーツ伯爵夫人とやらは、最初から君を利用するつもりで茶会に招いたに違いないぞ」
私もそう思う。私の能力を知っていたとは思えないけど、私が宝石に詳しい皇族であるという事を利用したのは間違い無いだろう。私が新米皇族で、迂闊に口を滑らす可能性が高いことまで考慮に入れた策略だったのに違いない。
「もっとも、賢いやり方とは言えんがな。そんな事をすれば私や我が家の怒りを買って今後の貴族界での立ち回りが難しいものになるのは分かりそうなものだが。さて……」
バグラーツ伯爵家はウィグセン公爵家の係累だけど、それほど緊密な関係にはなく、グラメール公爵家がバグラーツ伯爵家を潰しに掛かってもウィグセン公爵家は守ってくれないだろうという。
強力な後ろ盾もないのにグラメール公爵家に恥をかかせるような真似をしたら、三倍返しをくらって家が破滅しかねない。それを承知での事なのか、それともそこまでは考えていないのか。
「君の恥は必ず雪ぐ。君と私を侮った者には後悔させる。案ずるな」
ガーゼルド様は怖い顔で請け負って下さったが、問題はそこではない。貴族としての私の名誉はガーゼルド様が取り戻して下さるとは思うけど、それでは「偽物を鑑定し損ねた」という宝石商人としての私の名誉が取り戻せないではないか。
私はロバートさんのお店にいた頃から、その目利き能力の高さで帝都の宝石商人ギルドの中ではちょっと知られた存在だった。いかなる偽物もレルジェの目を欺けないと有名だったのだ(能力については誰にも内緒にしていたしね)。
その私が偽物に騙され本物のお墨付きを与えるなんてとんでもない事だ。しかもそれをそのままにして、皇族の地位を盾に偽物を本物であると強弁したりすれば、帝都の宝石商人は誰も二度と私の鑑定を信用しなくなるだろう。
私にとって皇族の都合よりもこちらの方が重大な問題だった。皇族の地位はたまたまガーゼルド様と婚約したから転がり込んできたもので、ぶっちゃけ私にとってはなんの拘りもなく価値も感じていないモノだったが、宝石商人としての信用は孤児から宝石ギルドの海千山千の商人に認められるまで、努力して苦労して実力で築き上げてきたものなのである。
宝石商人としての信用は、今の私を支える、寄って立つ基盤のようなもの、矜持、私のアイデンティティなのだ。それを失っては私が私ではいられなくなってしまう。
私はその辺りの事をガーゼルド様に訴えた。ガーゼルド様は真剣な表情でしっかり聞いて下さったわよ。この方はこういうところが信用出来るところなのよね。多分、彼の常識にはない、理解が難しい理屈だと思うのに、
「分かった。君にとっては大事な事なのだな。君の名誉を取り戻すために私もなんでも協力しよう」
ガーゼルド様は力強く請け負って下さった。彼の協力があれば百人力である。私は嬉しいというかホッとして、少し涙ぐみながら微笑んだ。
「ありがとうございます。ガーゼルド様」
「なに。私にとって一番大事なのは君そのものなのだからな。当然の事だ。で、どうする? 君のことだから何か策があるのだろう?」
ガーゼルド様は楽しそうな笑ってらしたわね。そんな私がいつでも悪巧みをしているような言い方をしないで下さいませ。
まぁ、今回ばかりは私も誇りとプライドを傷付けられてちょっとばかし怒っているので、復讐の仕方については考えがありますよ。ええ。
せっかくだから皇族の権力と威光と財力も使わせていただきましょう。準皇族になってから気苦労ばっかり大きくて損しかないような気がしていた所だったからね。こういう時ぐらい私だって押し付けられたものを役立ててもいいと思うのよね。
それに今後同じような事が起こらないように、貴族たちの間に私の怒りの恐ろしさを思い知らせておかないと、同じような事を企む者が二度も三度も出てしまうだろう。
グラメール公爵家の怖さを思い知らせるのも大事だけど、この私個人の恐ろしさを知らしめるのも今後の事を考えれば大事だと思うのよ。うん。
「という事でガーゼルド様。帝宮の宝物庫への立ち入り許可と、宝飾品の貸し出し許可を取ってきて下さいませ」
「宝物庫? それは造作ない事だが……」
少し困惑気味のガーゼルド様に、私はことさらニッコリと微笑みかける。
「あそこの宝石を二、三個使う許可もついでに頂けると嬉しいですわ」
私の不穏な発言に、ガーゼルド様の頬が僅かに引き攣ったわよね。
◇◇◇
数日後、帝宮の広間の一つでグラメール公爵家主催の夜会が開催された。
その夜会に私は、バグラーツ伯爵夫妻とアルベール伯爵夫妻をお招きしたのである。準皇族の私からの招待状だ。断るなんてどんな理由でもあり得ないので実質は召喚状である。
そして私は別に、アルベール伯爵夫人に「必ず件のネックレスを着用してくるように」という要請もした。これも半ば命令である。
同時に、私は皇族出入りの宝石商人を数人召喚した。ハイアール男爵とかね。男爵を高位貴族の社交の場には入れられないので、彼らは別室に待機させる。
夜会には私とガーゼルド様、グラメール公爵ご夫妻。そしてウィグセン公爵ご夫妻もお招きした、見届け人としてだ。バグラーツ伯爵もアルベール伯爵もウィグセン公爵家の係累だそうだからね。話は通しておかなければいけない。
他にも高位貴族を三十組くらいお招きした、夜会としては普通か少し規模が大きなくらいのものになった。
ただ、どうしてもと言われて皇太子ご夫妻が出席なさったのはちょっと予定になかった。おかげで思った以上に夜会の格が上がってしまった。
これに加えて皇妃陛下も非常に興味を示されたのだが、なんとかご遠慮頂いたのだ。両陛下のご臨席を賜ったらあまりにも騒ぎが大きくなり過ぎる。皆様私が何かを企んでいるのを察知して、私が何をしでかすのか見てみたいと考えたのだろう。好奇心旺盛な皆様だ。
両殿下ご出席の夜会だから、出席した皆様の装いは気合が入っていた。最上級の衣服を身に纏い、家宝の宝飾品を男女とも身に付けている。私もローズピンクのドレスに帝宮の宝物庫からお借りしたオパールのネックレスやベリドットで草花を模ったブローチなどを着用して「私は皇族ですよ!」と強くアピールした。もちろん横に立つガーゼルド様も皇族の礼服を着てミンクの毛皮のマントを肩に掛けている。
そんなお偉そうな威圧的な格好で私とガーゼルド様はアルベール伯爵夫妻の前に立った。伯爵夫妻は目を白黒させていたわね。伯爵夫人のデコルテには例の四色ダイヤモンドのネックレスが輝いている。
私は今度は遠慮なくそのネックレスを「視た」。……ふふん。なるほどね。謎は全て解けたわよ。というか、大体予想通りだったけどね。私は優雅に微笑んで言った。
「その『見事なネックレス』をもう一度拝見したいと思っていましたの。本当に『見事なもの』ですね」
私の言葉にアルベール伯爵夫人は怪訝な顔をした、彼女としては宝石商人の鑑定で偽物だと判っている物を、私があえて讃えた理由を掴みかねたのだろう。しかし私は構わず言った。
「そのネックレス、もう少ししっかり見てみたいのです。外して見せて下さらない?」
あまり上品な要求とは言えないものの、上位の要請に逆らうわけにはいかず、アルベール伯爵夫人はネックレスを自分で外して両手の上で丸めて私に渡す。私は頷いてネックレスを両手で受け取り……。それを取り落とした。
「「あ!」」
私とアルベール伯爵夫人の両方から声が漏れる。私は慌ててしゃがみ込むと、サッとネックレスを拾い上げる。宝飾品は繊細なものだ。幸い落ちたのは私のスカートの上でその下は厚いカーペットだ。私はネックレスの端を持って広げてみる。破損はないようだ。
「ごめんなさいまし。無作法をいたしました」
「い、いえ……。勿体無いお言葉でございます」
準皇族である私が謝罪した事にアルベール伯爵夫人は驚いているようだけど、私は構わずネックレスをひとしきり見て、それをアルベール伯爵夫人に返した。
これでネタの仕込みは完了。ここからが本番である。私は華やかな笑みを浮かべながらこう言い放った。
「こんな素晴らしいネックレスが偽物である筈はありませんわ! その証をこれから立てましょう!」





