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宝石令嬢は帝宮で銀色の夢を見る  作者: 宮前葵
第三章 婚約編

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第三十六話 婚約式(上)

 そんなこんなでようやく婚約式である。


 結婚式ではなく婚約式である。実はこの婚約式というのは、平民ではほとんど行われる事がない。


 平民も結婚する場合、婚約期間を置くのが普通だけど、その場合は大体家同士の口約束をして、食事会でもするだけであることがほとんどだ。


 しかし貴族の場合は神殿での大仰な儀式が、規模の大小はあるけど行われる。理由は、婚約したことを貴族社会に広く知らしめる必要があるからである。


 というのは、貴族の縁談が最初から一つに絞られて進められる事などほとんどないからだ。


 一人のご令嬢、一人のご令息がいらっしゃったとして、この方のお相手候補は最初は大勢いらっしゃるのである。これが、お話が進む内にだんだん絞られていき、最終的には一人になって婚約、結婚に至る。


 しかしその道のりは平坦ではない。お話がほとんど決まり掛かっていたのに、どちらかの家のご都合により土壇場でお話が壊れてしまう事などよくある話なのだそうで、その場合は最初から、あるいは途中からやり直しとなる。


 なので縁談がかなり進んだ段階でも、基本的にはお相手候補の家に対して「お断り」という事をしないそうで、複数のお相手と婚約寸前になるまで話を平行に進めるのも普通の事なのだそうだ。


 なのでそういうお相手に「他の方と婚約しましたのであなたとのお話は無しになります!」と一度に宣言するために婚約式を行うのである。これは家が大きくなればなるほど、持ち掛けている縁談が多いので大事になってくるのだそう。


 女性に全く興味がなかったガーゼルド様も、いや、だからこそ、グラメール公爵家が縁談を持ち掛けた家は十では足りないそうで、カルテール公爵家のセレフィーヌ様のように本人は自分でほぼ決まりだと吹聴している人までいたのだ。


 そういう家に諦めてもらうために、立派な婚約式が必要なのである。ちなみに、そういう理由で婚約式をやるので、婚約式後に婚約が覆るような事は基本的に起こらない(駆け落ちとか家が不祥事で取り潰されるとかのイレギュラーがなければ)。


 婚約式は結婚式とは違って基本的には身内で行う式である。下位貴族なら家族だけしか出ない事も少なくはない。


 しかしそこは三大公爵家のグラメール公爵家。公爵家は皇族。つまりご親戚は帝室と他の公爵家。全員皇族である。普通の貴族の婚約式とは訳が違う。


 場所は帝宮の中心部にある神殿で、ここは帝国で最も神聖だとされる場所であり、帝国が始まった地だとも言われている。ここには基本的には皇族しか立ち入ることができない。


 式を取り仕切って下さるのは帝国の大女神官様だ。帝国の神官様の中で一番お偉い方である。もうずいぶんお年を召した方だけど、元々は皇族出身の方なのだそうだ。


 実に何もかもな特別な式なのである。ちなみに、皇族でも次男以下だったり公爵令嬢の嫁入りだったりすると帝宮の神殿を使えないか、大女神官様が取り仕切って下さらなかったりするそうだ。さすがは次期公爵のガーゼルド様の婚約式なのだ。


 つまり私のために用意された式ではないのだから、私が緊張する必要はないのよね。と、実は私は結構気楽な気分でいた。きっと誰も私のことなんか注目したりしないでしょう。ガーゼルド様の腕に掴まってニコニコ笑ってればやり過ごせるんじゃない?


「そんな訳ないでしょう」


 とイルメーヤ様に突っ込まれたけどね。


「皇族はお兄様の仏頂面なんて見飽きてるわよ。それよりも初々しい準皇族のお義姉様を見に来るに決まってるじゃないの」


 しかも微笑ましいモノを見にくるのではない。


「お義姉様が何か面白い失敗をしたら一生揶揄ってやろう、と思って注目されるわよ。きっと」


 そんな意地の悪い理由で注目されたくはないわよ! しかしイルメーヤ様が言うにはあんまり酷い失敗をすると「レルジェはやはり皇族には不適格ではないか」という話になって、婚約式の途中でも皇族から婚約に対する異議が発せられる可能性さえあるらしい。


 なにしろ私とガーゼルド様の婚約にはカルテール公爵家から根強い反対意見があるらしいのだ。まぁ、カルテール公爵家としてはセレフィーヌ様とガーゼルド様を結婚させたかっただろうからね。しかし両陛下も皇太子殿下ご夫妻も、グラメール公爵家もウィグセン公爵家も私とガーゼルド様の婚約に賛成しているから、渋々同意して下さっている状態なのだ。


 何か私が皇族として不適格な行動をすれば、途端にカルテール公爵家は反対意見を声高に叫ぶだろう。そういう事を考えれば、私は今回の婚約式を無難に潜り抜ける必要があるのだった。


 そんな事を言われてもねぇ。私が皇族に相応しくないなんて分かり切った事だしね。難癖付けようと思えばいくらでも出来ると思うのよ。


 出来るだけその隙を見せない事が大事なのは分かるんだけど、正直私にはそんな余裕は無いのよね。普通に婚約式をやるだけで一杯一杯なんだもの。


 ただ、イルメーヤ様はこうも言った。


「まぁ、レルジェ義姉様なら普通にしていれば大丈夫だと思うけどね。最近貫禄も出てきたし」


 それは太ったという事なのでは? 心当たりがある私はギクっとする。だって侍女でもなくなって動く事が本当に減ったんだもの。気ばっかり疲れるからお腹だけは減るし!


 ガーゼルド様は何も言わないけど、侍女のリューネイはたまに「最近ウェストがきついですから気を付けましょうね」なんて指摘してくるのだ。イルメーヤ様にも見て分かるくらいなのかとどんよりしてしまう。


「そういう意味じゃ無いんだけどね。レルジェ義姉様は気が付いて無いんだろうけど、皇族の風格が出てきた、という事よ」


 イルメーヤ様が言うには、立ち振る舞いや言葉遣いや態度などに自然と上位の風格が出せているとの事だった。自分では全く意識していないんだけどそうらしい。


「だから、婚約式でも普通に振る舞っていれば誰にも文句は言われないと思うわよ」


 とイルメーヤ様は太鼓判を押してくださったけど、果たしてどうなるか。そう簡単にはいかないと思うんだけどね。


  ◇◇◇


 婚約式の日は晴天だった。もう秋も深まる頃だったから暖かくて助かった。婚約式の行われる神殿は広くて少し冷えるからね。


 私は濃い目の黄色いドレスに身を包んだ。結婚式ではないので白のウェディングドレスではない。何色という規定はないのだけど、白と近い印象の色を選ぶのが普通であるらしい。


 これに大きなルベライトをダイヤモンドで囲ったネックレスを中心に様々な色の宝石で飾り立てる。あまりにも宝飾品が多いので動くのが怖いくらいだ。これが結婚式になるとティアラを含めてもっと増えるのはヴェリア様の時に私が装着して差し上げたので知っている。


 どれもイルメーヤ様が厳選した宝石ばかりだから一流品ばかりである。私は例のスフェーンの事件などに気を取られていたので、婚約式の宝飾品についてはほとんどイルメーヤ様にお任せしたのだった。


 右手の人差し指に嵌められた指輪は、見事なアクアマリンだった。私は少し驚いた。大胆なチョイスだったからだ。でも、実にイルメーヤ様らしいコーディネイトでもある。


 婚約式の準備は普通は実家でするものだけど、私の場合はグラメール公爵城で行った。私が今住んでいるのは皇太子宮殿の上級侍女室で、それなりに広いけど膨大な嫁入り道具を仕舞っておけるスペースはさすがに無い。なので婚約および結婚の準備は嫁入り先であるグラメール公爵城の私の部屋で行うという奇妙な状況になっている。


 いっその事グラメール公爵城にもう住んでしまえばいいとも思うんだけど、それは対外的に風聞が良くないからダメらしい。


 グラメール城で準備をしたのだから、帝宮に移動しなければならないのだけど、その際はガーゼルド様や公爵ご夫妻とは違う馬車に乗って移動した。これは外聞を憚ったというより、繊細な格好をしている私は馬車で広く場所を占有するからである。


 帝宮の奥深くまで特別に馬車で入り、神殿の控室に入る。古式の神殿なのであまり装飾はなくて意外に殺風景な部屋だったわね。そこで身支度を点検した後に式会場に移動する。


 神殿のホールは拍子抜けするくらい小さかったわね。柱が立ち並びアーチの天井を支える、神殿らしい神殿形式のホールだったんだけど、百人も入れば満員という規模だった。ヴェリア様の結婚式をやった帝都に聳え立つ大神殿に比べるべくもない。


 ただ、ここは帝国が始まった地とも伝えられる場所で、ここで初代皇帝陛下と大女神様が契約を結んだとも言われる神聖な地だ。大貴族でもそうそう立ち入れない場所なのである。


 ホールには三十人くらいの老若男女がいて椅子に腰掛けていた。この椅子もいわゆる木のベンチで、貴族が腰掛けるにはあまりに粗末なものだけど、ここに座ることが出来ること自体が名誉なこととされている。


 ホールの入り口にはえんじ色のスーツに紺色のマントを纏ったガーゼルド様が待っていて、すぐに私の右手を取ると手の甲にキスをした。


「一際美しいな。レルジェ」


「ありがとうございます」


 素っ気ないやりとりだけど、私もガーゼルド様もお互いに、どうも相手を甘い言葉で褒めそやすのが苦手なようなのである。このくらいが私たちには合っていると思う。


 私たちが腕を組んで入場すると、ホールにいた方々が立ち上がって拍手を下さった。


「婚約おめでとうガーゼルド。ようやく、といった感じだな」


 ウィグセン公爵がガーゼルド様の肩を叩きながら言った。皇族の方々が次期公爵たるガーゼルド様の結婚がなかなか決まらない事にヤキモキしていたというのは有名な話だ。


「レルジェも、これから大変だと思うけど頑張ってね。協力は惜しみませんわ」


 とウィグセン公妃様がおっとりと仰る。この方はヴェリア様の侍女時代から親しくして頂いている。


「しかしさすがはガーゼルドだな。レルジェを選ぶところが実にお前らしい」


「どういう意味だルシベール」


「普通の貴族女性は選ばないだろうと思っていたがその通りだった」


 皇太子殿下が笑いながら仰る。


「其方はなんでも本質を見抜く目を持っているからな。其方が見出したのだから只者ではないとは思っていたが、想像以上だったな」


 確かにガーゼルド様は飾りに惑わされず本質を的確に捉えることが出来る人だ。その人に選ばれたことは、誇らしい事だと私も思う。


「私などに見切れるような人材ではないぞ。レルジェは」


 ガーゼルド様は郎らかに笑ったけど、私の方こそガーゼルド様の器の大きさを測りかねているのだけどね。


 他の皇族の方々も次々に祝福の言葉を掛けてくださった。もちろん皇帝陛下も皇妃陛下も嬉しそうに微笑みながら祝福して下さったわよ。


 カルテール公爵も公妃様ももちろん祝福の言葉を掛けて下さった。私とこの方々の関係も決して悪くない。カルテール公爵家としてはガーゼルド様にセレフィーヌ様を娶せようと考えていたとしても、あまりにもそれを主張し過ぎて次のグラメール公爵妃になる私との関係を悪化させ過ぎるのもカルテール公爵家としても得策ではないのだ。


 そのセレフィーヌ様は完璧な貴族微笑を浮かべて私の前に進み出てきた。


「このよき日に立ち会うことが出来まして、このセレフィーヌ、身が震えるような心地が致しますわ」


「ありがとう存じます。セレフィーヌ様」


 私も完璧な礼節を守って返礼する。私としては別に彼女と争うつもりはない。彼女がガーゼルド様に拘っていたとしても、既に婚約している私の座を奪うのは無理だし、この婚約式を終えればあらゆる意味で不可能となる。なにしろセレフィーヌ様も出席しているということは、私とガーゼルド様の婚約を認めた、と宣言するようなものだからね。


 セレフィーヌ様が素直にご挨拶に見えたということは、ついに彼女も観念してガーゼルド様を諦めたのだろう。私は少しホッとして、気を緩めた。


 そのタイミングだった。突然セレフィーヌ様が顔色を変えて表情を厳しくした。私は驚いて咄嗟に反応出来ない。


「レルジェ様。なんですかそれは?」


 セレフィーヌ様の厳しい声に周囲がざわつき、私も動揺する。


「な、何がでしょう?」


「その、アクアマリンです!」


 セレフィーヌ様が持った扇で指し示したのは、私の右手の指輪だった。確かにそこには薄水色のアクアマリンが輝いている。私は困惑した。


「確かにアクアマリンですが。これが何か?」


「まさか知らないのですか?」


「ええと、何がでしょう?」


 セレフィーヌ様は呆れたというように頭を振り、大仰に嘆くように言った。


「皇族の婚約式や結婚式ではアクアマリンは禁忌である事をです!」


 ……は? もちろん初耳である。しかし周囲の方々は一斉に「あ……!」という表情になっているので事実無根の指摘ではないようだ。


「それは四百年前の事です……」


 セレフィーヌ様が親切にも語ってくれたことによれば、皇族の婚姻時にアクアマリンが禁忌とされるようになった理由はこのようなものだった。


 四百年前、一人の皇女殿下がいらした。


 その皇女殿下が年頃となり、とある侯爵家に降嫁なさることとなった。しかしその話は婚約後になんらかの理由で壊れてしまったらしい。


 その事を嘆き悲しんだ皇女殿下は自ら命を絶ってしまうのだけど、その時、婚約衣装のメインの宝石だったアクアマリンが、皇女の死と同時にその鮮やかな海の色を失ってしまったのだそうだ。


 その事を驚き悲しみ、また恐れた当時の皇帝陛下が「今後、皇族がアクアマリンを身に付けることはまかりならぬ!」と叫んだらしい。


 それが皇族の婚約、結婚衣装でアクアマリンを身に付けてはいけない理由だそうだ。


 四百年も前の話とはいえ、勅命である。そのため、この禁忌は現在でも有効なものなのだそうだ。


 もっとも、最初はどんな場面であろうと着用してはならないとされていたものが、次第に緩和され、婚約式と結婚式にだけ残っているのだというから結構いい加減な話である。


 ただ、確かに慣習はあり、私はそれを破ってしまったらしい。私は目でイルメーヤ様を探す。目の端で捉えたイルメーヤ様は申し訳なさそうな顔をしていたわね。イルメーヤ様も知らなかったか忘れていたのだろう。


 私も知らずにヴェリア様の結婚式の宝飾品を準備してしまったのだから人の事は言えない。まぁ、アクアマリンはとある理由で結婚式にはあまり使われない宝石だから、私は最初からどなたにもお薦めはしていなかったけどね。


 しかし困った事になった。目を釣り上げて私を糾弾するセレフィーヌ様に私も咄嗟に反論出来ない。慣習というのは理屈ではないからである。皇族の決まりでこうなっている、という話には反論し難いのだ。


 つまりこれは明確に私の失点と見做される。この程度の失点で私がガーゼルド様の婚約者に相応しくないと見做される事は無いと思うけど、私がここで謝罪などを余儀なくされれば、今後のセレフィーヌ様に対する私やグラメール公爵家の立ち位置にまで影響してしまうかもしれない。


 私は瞬時に判断してガーゼルド様に囁いた。


「ガーゼルド様。私、少し気分が悪くなりました」


 ガーゼルド様は一瞬驚いた表情を浮かべたが、私の表情を見て何かを察したのだろう。父親であるグラメール公爵に向けてこう言った。


「レルジェの具合が良くないようです。一度控室に下がらせて頂きます」


  ◇◇◇


 戦略的撤退。つまり逃げたのである。あのままあそこにいたら、私は謝罪を余儀なくされただろうからね。控室のソファーに座り私は大きく息を吐く。


「大丈夫か? レルジェ」


 ガーゼルド様の心配は私の体調か、気持ちか、それとも今の状況を気遣ったものなのか。私は微笑んで言った。


「ええ。大丈夫です。あまり時間はありません。すぐに戻らなければ」


「ふむ。しかしアクアマリンにそんな謂れがあったとはな。私も知らなかった」


「アクアマリン自体が特殊な宝石ですからね。そもそも結婚式のような場面ではあまり使われないから禁忌もあまり気にされていなかったのでしょう」


 アクアマリン自体は人気のある宝石なのだが、若干扱いが難しいのだ。使用する場所や方法を間違えると、すぐに石がダメになってしまう。


 さっきセレフィーヌ様が語った四百年前の話も、私に言わせれば恐らくは……。


 ……ふむ。それでいきましょうか。でも。別にこのアクアマリンを犠牲にする事はないのよね。要するに宝石にはある種の特性があるものがあると分かってもらえればいいのだ。


「ガーゼルド様。二級品でよろしいのですけど、イエロートパーズを持っていますか?」


 唐突に尋ねられたガーゼルド様だが首を傾げつつもこう仰った。


「まぁ、イエロートパーズは君の瞳の色の宝石だからな。今日も複数身に付けているが……」


 確かにスーツのそこここに縫い付けられていたり、マントの留め具にも象嵌されていたりと、良く見ると彼の今日の衣装はイエロートパーズ塗れだった。要するに私の瞳の色を全身に纏って私への愛を表しているという事で、これはなかなか恥ずかしい。私が。


「これならどうだ?」


 ガーゼルド様が示したのはベルトの飾りの一つだった。目立たないところにあるせいか、大きさ優先で色が若干薄い。おあつらえ向きだ。私はガーゼルド様にそのトパーズを外してもらう。


「後は、これをどうにか高温で加熱出来れば良いのですけど……」


 昔職人がやっているのを見た時は、炭火を吹子で吹いて一気に燃え上がらせていたわね。あんなものは簡単には用意出来ないだろうし、どうしようか……。


「そこはお兄様の出番ではなくて?」


 得意そうな声に振り向くと、イルメーヤ様がニンマリと満足そうな笑顔を浮かべていた。それを見て私は全てを悟った。


「わざとですか? イルメーヤ様?」


「あら? なんのことでしょうか? お義姉様」


 おかしいとは思ったのだ。あまり典礼のように屋外に出たり長期間に渡って着用しなければならない時には使われないアクアマリンの指輪を、これみよがしにわざわざ選んだのは。最初からイルメーヤ様の企みだったに違いない。


「皇族の慣習を百も承知でアクアマリンの指輪を装いに入れたのでしょう? 私の隙を血眼で探しているセレフィーヌ様なら絶対に見逃さないだろうと分かっていて」


 最近はずっと友好的なので油断していたが、この方も一癖も二癖もある方だったのだ。私を陥れる機会を狙っていたのかもしれない。


 しかしイルメーヤ様はなぜかワクワクしたような表情だった。


「ふふ、盛り上がったでしょう? で、レルジェ義姉様、アレをやるのでしょう? ならお兄様の出番よ!」


 ……どうやら完全に面白がっているだけのようである。この仲良し兄妹は、どちらも「面白い」が行動原理になってるとこがあるのよね。


「どこにガーゼルド様の出番があるのですか?」


 私の問いにイルメーヤ様はなぜか自分が誇らしげに叫んだ。


「魔法よ!」


 それを聞いてガーゼルド様も頷く。


「ああ、確かにそれは良い手かもしれんな。雰囲気を変えるには」


 そういえばガーゼルド様は今や皇族の中でも希少だという魔法の使い手なのだった。私もまだガーゼルド様が魔法を使う所は見た事がないんだけどね。あんまりホイホイ使うようなものではない、とは聞いたことがある。


「セレフィーヌとカルテール公爵家に『分からせる』には良い機会だ」


「ね、やっぱりレルジェ義姉様とお兄様の凄さを見せつけてこその婚約式だと思わない?」


 どういう理屈なんだかは知らないけど、兄弟は納得したようだった。


「それでレルジェ。どのように事を運ぶ? 演出は君に任せるぞ」


 そう言われれば私だってせっかくの婚約式を台無しにしてくれたセレフィーヌ様にやり返したくはある。ちょっとセレフィーヌ様を凹ましてやらないと私の気が済まない。私はガーゼルド様とイルメーヤ様に自分の計画を話した。


「ふむ。良いではないか」


「さすがはレルジェ義姉様ね」


 二人は満足そうに頷いた。まぁ、ちょっと芝居掛かっているけども、こういうのはケレン味も大事だからね。


 私たちは手早く準備を終えると、私とガーゼルド様は手を取り合って、再び式場に乗り込んだのだった。


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由緒正しい家系で競争率高い方より、良くも悪くも有名税高くて立場不安定な成り上がりに注目して、粗探しとは暇人だなあ。 そして、アクアマリンのいざこざから、とうとう魔法初披露! 式の成否にまけずおとらず、…
毎回、わくわくさせられます 素晴らしい成り行きですが みんな優しいくせにイジワルですよねー 窮地に陥ったレルジュの鮮やかな大逆転を見たくてしかたないのです
加熱処理する気……!? え、こわ、魔法といえども、そんな目の前で?
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