第三十四話 呪いのスフェーン(中)
あまりにも時間がなかったため、私は当事者を招聘することにした。
つまり、バリバース侯爵夫人とセルモーダ伯爵夫人を皇太子宮殿に呼んだのである。準皇族の私ではまだ大貴族の夫人たる二人に命令する事は出来ないので、ガーゼルド様の名義で招聘した。
場所が皇太子宮殿だけに、皇太子殿下は自分も同席したがったけど、なんとかご遠慮して頂いた。皇太子殿下まで絡むと話が大事になり過ぎて、とても三日で終わる気がしなかったからである。
皇太子宮殿の応接室に入ったのは私とガーゼルド様。そしてバリバース侯爵夫人とセルモーダ伯爵夫人。そしてサイタン子爵夫人だった。
サイタン子爵夫人は居心地が悪そうだった。彼女を呼んだのは一応「その占い師のことを聞きたいから」という事になっていたけど、実際には彼女がセルモーダ伯爵夫人と組んで、バリバース侯爵家を陥れようと企んだ可能性があるからだった。
この時、私とガーゼルド様の基本的な方針はバリバース侯爵家に味方して事件を穏便に解決するというものだった。理由は、最初に私を頼ってきたのがバリバース侯爵夫人だったからである。
ウィグセン公妃様からの紹介で私を頼ってきたという事は、言うなれば私に、グラメール公爵家に庇護を求めてきたということだ。これを無碍に見捨ててしまうと、私に「冷たい」という評価が付いてしまう。
貴族の社会は恩の貸し借りで成り立っている面があるので、上位の者は下位の者にドンドン恩を売って、味方を増やして自分の派閥を大きくする必要があるのだ。
私個人としては派閥などどうでも良いのだけど、事が嫁入り先のグラメール公爵家に関わる話では無視も出来ない。今回の場合、バリバース侯爵家を助ければウィグセン公爵に恩を売る事が出来るというのも大きい。
ただ、かといって一方的にバリバース侯爵家を贔屓して、セルモーダ伯爵家と本家のカルテール公爵家に恨まれても困る。なのであくまで公平な裁定を下しつつ、バリバース侯爵家を有利な風に導く、という風に話を進める必要があるだろう。
席に着いた三人のご婦人方を見渡す。一人目はもちろんバリバース侯爵夫人。名前はヘイメールという。赤茶色の髪に灰色の瞳。
コリュセリア・セルモーダ伯爵夫人は三十代後半。バリバース侯爵夫人の姉という事だったわね。言われてみれば顔立はよく似ている。髪も同じ赤茶色。瞳は青で違うけど。
そしてドリューシア・サイタン子爵夫人は三十代前半と見えた。ブロンドの豊かな髪が特徴的な美しい夫人だった。妖艶な雰囲気がある。若草色のドレスも胸元に輝くサファイヤのブローチもおしゃれでセンスのいいものだった。
バリバース侯爵夫人とセルモーダ伯爵夫人はあからさまに睨み合っていた。今にも掴み合いでも始めそうな顔つきをしていたわね。そういえば社交の場で引っ掻き合いに臨んだとかいう話だったんじゃなかったかしら。
姉妹なのにもう少し仲良く出来ないものなのかしらね。しかし、こうも敵意を剥き出しでいがみ合っているとなると、穏便に解決するのは簡単な話ではなさそうだ。私は内心で溜息を吐く。
「最初に、セルモーダ家の家宝だったというスフェーンについて聞かせてくれませんか、夫人?」
私はそう口火を切った。バリバース侯爵夫人を睨み付けていたセルモーダ伯爵夫人も、さすがに姿勢を正す。
「三代前、つまり夫の曽祖父の代まで我が家にあったものです。事情はよく分かりませんが紛失したと聞いています。非常にファイヤの美しいスフェーンだったと」
正直、セルモーダ伯爵夫人もそのスフェーンの事はよく知らないらしい。それは夫人も他所からの嫁入りだし、別にそのスフェーンの事が伯爵家で執念深く語られていたわけじゃないんだろうからね。不当に奪われたとかいう話ならともかく、紛失だしね。
「そのスフェーンとこの石が同じ石だという根拠はなんなのですか?」
私の前には蓋が開いた小箱があり、中では緑色の宝石が光を放っている。スフェーンは珍しい宝石だけど、この世に唯一これしかないわけではない。同じ産地で採れた石であれば、余程の特徴でもなければ完全に同じ石であると同定するのはプロでも困難だ。
つまり私は「この石はセルモーダ家から失われたスフェーンではない。だって証明できないから」という形で幕引きを図ったのである。それが一番面倒事が少なくて、早く解決する方法だと思ったのである。
セルモーダ伯爵家は不満を言うかもしれないけど、確かな証拠もなく上位の家であるバリバース侯爵家を責めたのはセルモーダ家の非である。これを不問にする事で上手く話をまとめられないかしら? と私は思っていた。
「そ、そうです! どこに証拠があるのです!」
バリバース侯爵夫人はここぞとばかりに叫んだが、意外な事にセルモーダ伯爵夫人は動じなかった。
「証拠はございます」
意外な言葉に私もバリバース侯爵夫人も目が丸くなってしまう。伯爵夫人は真剣な表情で続けた。
「失われたスフェーンには『瞳』という名が付けられていました。それはインクルージョンが瞳のように見える事から付けられたと聞いています。お確かめ下さいませ」
宝石にはさまざまな内容物があるのが普通で、それをインクルージョンという。
インクルージョンは表面を削り直したくらいでは変化しないため、宝石の同定に使われる。そ、それは……。
しかしこれは確認しないわけにはいくまい。仕方なく私はルーペの用意を命じ、箱の中からスフェーンを慎重に取り出した。幸い、特に砕けることも割れることもなかった。私はルーペで燃えるように輝くスフェーンを覗き込む。
すると直ぐに目が合った。いや、宝石の中には確かに「瞳」があって、それが私の方をジッと見ていたのだった。宝石の中はルーペで覗き込むと星空を見上げたような、水の中で目を開けたような不思議な広がりがある。その中に浮かぶ「瞳」は実に神秘的だったわね。
「……確かにございますね……」
ガーゼルド様も見たいと言うので私はスフェーンとルーペをお渡しし、一応バリバース侯爵夫人にもセルモーダ伯爵夫人とサイタン子爵夫人にも見てもらう。全員が「瞳」を確認出来た。
「これでお分かり頂けたと存じます」
セルモーダ伯爵夫人は勝ち誇り、バリバース侯爵夫人は真っ青になり、私は自分の計画があっさり頓挫した事に頭を抱えざるを得なかった。
◇◇◇
セルモーダ伯爵夫人の主張は、セルモーダ家には紛失と伝わっていたが、実はそれは間違いで、実際にはバリバース侯爵家の何者かによって盗まれていたのだ! というものだった。
まぁ、そうなるわよね。当時から仲が悪かった両家が、宝石の取引をするというのは考え難い。それなのにセルモーダ家で「紛失」した宝石がバリバース侯爵家から出てくればそう疑うのが自然だろう。
悪いことに、バリバース侯爵家にはこのスフェーンが、どこでどのように購入されたのかの記録がないのだそうだ。貴族の家なら宝石のような高額な物品の売買の記録は残すものなのだけど。
それが残っていないのだから、その入手方法が尋常な方法ではなかったのではないか、という疑いが残っても無理はない。
それ見たことか! と姉であるセルモーダ伯爵夫人は妹であるバリバース侯爵夫人を声高に責め始めた。
貴女は昔からそうだ! いつだって私の大事なものを奪う! 私が仕立ててもらったドレスを欲しがって、私は泣く泣く譲ったのだ!みたいな昔話から始まって、結婚の時のあれこれとか、妹に男子を先に出産されて私は肩身が狭かったとか、関係があるとは思えないことまで叫んでいたわね。
そもそも問題、例えスフェーンが盗まれたのだとしても、三代前の話である。現侯爵夫人の性格や所業には何の関係もないと思う。しかしそんな口を挟むと巻き込まれそうなので私は黙っていた。
叫び疲れたセルモーダ伯爵夫人が黙ったタイミングでガーゼルド様が言った。
「ふむ。ならばなぜ、セルモーダ家では『スフェーンは盗まれた』と伝わっていなかったのだろうな?」
セルモーダ伯爵夫人はキョトンとした顔になってしまった。
「それは……、気が付かなかったのでございましょう」
「それはおかしいな。例えば宝物庫から消えてしまったのなら『紛失』とは言わぬだろう。また、誤って落とした、置き忘れてしまって紛失したものを、バリバース家の誰かが拾ったのなら盗んだとは言えぬ。持ち主が分からぬのだからな」
ガーゼルド様の理路整然とした疑問に一瞬怯んだセルモーダ伯爵夫人だったが、直ぐに憤然と反論した。
「我が家がスフェーンを『紛失』して探していたのは有名な話でございました! バリバース家が知らぬ筈はありません」
ガーゼルド様は頷いた。
「それよ。現在はいざ知らず『紛失』当時のセルモーダ伯爵家はかなり大々的に捜索したらしい。バリバース侯爵家がそれを知らぬ筈はない。ならばどうしてこのスフェーンを呑気に保有していたのだ」
「それは……。我が家に対する嫌がらせでしょう!」
ガーゼルド様は首を横に振った。
「因縁ある相手が『紛失』した宝石を入手したのなら、届けてやって恩を売るのが賢いやり方だ。隠すなど愚の骨頂。ひょんなことでバレたら逆に相手への弱みになることは今ここで其方が証明して見せたわけだな」
確かにそれはその通りだ。嫌がらせにするには家宝の宝石は問題が大き過ぎる。バリバース侯爵家ほどの名家が犯すべきリスクだとは思えない。
敵対する相手ならむしろ家宝を紛失したという失態に対して、スフェーンを発見して届ける事で恩を売るとともに、自力で発見出来なかったセルモーダ伯爵家に恥をかかせた方が有効だろう。貴族的には。
「し、しかし、ならばどうして我が家の家宝がバリバース家にあったのですか! 隠していたに決まっています!」
セルモーダ伯爵夫人の言い分にも一理ある。人は理屈と損得だけで動くとは限らないからね。当時のバリバース侯爵家の誰かが、セルモーダ伯爵家憎しの思いだけでスフェーンを隠してしまったのかもしれないし。
……? ちょっと変だな。私はスフェーンの記憶を読み直す。
もしも何かの陰謀や恨みや、負の感情が紛失事件に絡んでいたなら、宝石の記憶のどこかに残っていたと思うのよ。
でも、そんな感じは全然ない。実に平穏なのだ。最後に箱に仕舞われるまでは。
そもそも、紛失したというのがいつなのかも分からないくらいなのだ。慎重に記憶を視ていくとある時に持ち主が代わっている事に気付いた。
それはこのスフェーンのペンダントが破損して、宝石職人の元でリカットされ戻ってきた時。
つまり、修理に出す前と後で宝石の記憶に映し出される女性が違うのだ。同じような栗色髪の女性だったから直ぐには気が付かなかったんだけど、別人なのだ。
これはおかしい。修理に出す前と後で所有者が代わっていたとなると、これは修理を期に売却されたと考えるべきだけど、セルモーダ家の説明には売却したという話はない。でも、宝石の記憶を見る限りにおいて『紛失』したと思えるタイミングはここしかないのだ。もしかして……。
「伯爵夫人。スフェーンを紛失したのは宝石を修繕した時ではありませんか?」
私の言葉にセルモーダ伯爵夫人は驚きを隠せないという表情になる。
「よ、よくご存知で。私も詳しい事情は存じませんが、破損した宝石を修繕に出した際、誤って紛失したとの事でした」
その説明だと、リカットの為に預かった出入りの宝石商人か職人が紛失したのかと疑われるところだが、そうではないらしい。どうも宝石商人の所から持ち帰る時に煙のように消えてしまった、と伝わっているらしい。
私は再度宝石の記憶を精査する。ネックレスが破損して宝石商人にスフェーンが預けられ、職人の手によって磨き直される。
そしてルースに戻ったその石は確かに宝石商人の立ち合いの元「修理に出した時に映った男性」と間違いなく同じ人物に引き渡されているようだ。普通に考えればこの男性はセルモーダ伯爵家の執事、あるいは当時の伯爵本人だろう。身なりからすると伯爵本人ではなかろうか。
しかし、修繕を終えて次に映るのは、修繕に出す前に映った女性とは別の女性なのである。これは一体どうした事なのだろう。
「紛失」がスフェーンをリカットした時に起きたのだとすると、修繕の前に映った女性は当時のセルモーダ伯爵夫人で、修繕後に映った女性は当時のバリバース侯爵夫人だと仮定出来る。それ以来、占い師が手に取るまでこのスフェーンが誰かに触れられる事はなかった。
宝石に最後に残された記憶はおそらくはバリバース侯爵夫人による「綺麗だけどこうも脆いのではねぇ」という一言だ。残念そうではあったけど、それほど深刻な響きはない。むしろ素っ気ない感じがしたわね。
……なんとなく聞き覚えのある響きだ。貴族になる前、宝石商人時代にたまに聞いたのよ。
そう。カップルでお店を訪れたお客様に色んな宝石をお勧めするのだけど、女性がイマイチ乗り気ではなく「どれでも良いわ」みたいな態度の時にこんな口調で話していた。
そういうお客様は大抵、訳ありのお客様だったわね。つまり普通の恋人同士ではなく、浮気だとか不倫だとか、そういう関係のお二人だ。熱烈に愛し合っている訳ではなく、特に女性の方は明らかに男性を愛してなどいない。それゆえに愛の象徴として贈られる宝石選びに熱が入らないのだろうと思われた……。
まさか……。
「……三代前から両家の関係が悪化したと伺いましたけど、詳しい理由は分かっているのですか?」
私の問いにバリバース侯爵夫人は首を傾げる。
「当時の我が家の夫人が、セルモーダ伯爵夫人と非常に不仲だったと伺っていますけど、理由は良く分かりません」
しかしここで意外な所から情報が入る。ガーゼルド様がしれっとこう仰ったのだ。
「不仲の理由は、当時の侯爵夫人と伯爵夫人も姉妹だったからであろう」
これにはその場の全員が驚いた。
「本当ですか?」
「私も調べてあまりの偶然に驚いたがな。しかし、先ほどの両夫人の言い争いを見ると、なるほど当時の両家の夫人の不仲が想像出来てしまう」
最上位者のガーゼルド様の皮肉に両夫人が流石に下を向いて赤面する。まぁ、世の中には仲の良い姉妹もいるけども、なまじ関係が近いだけに悪化するととことん悪化してしまうのが姉妹関係らしい。
しかし、三代後まで後を引く不仲の根本になった姉妹喧嘩とは。その原因はもしかして……。
「……少し休憩しましょう」
私は提案した。
◇◇◇
休憩で別室に下がった際、私はガーゼルド様に宝石の記憶を精査して気がついた事と自分の推測について話した。
「もしかすると当時のセルモーダ伯爵は、バリバース侯爵夫人と不倫していたのではないでしょうか」
詳しい事情は全く分からないけど、もしもそうなのであれば、あのスフェーンはセルモーダ伯爵からバリバース侯爵夫人に秘密裏に贈られた可能性が高いと思う。それを紛失と誤魔化したのではないだろうか。
私の推測を聞いてガーゼルド様はなぜか微妙な顔をした。感心したような、呆れたような表情だった。
「なんとも、奇遇も重なると奇跡に近くなるな。いや、因果な因縁が為せる技か」
「どういう意味ですか?」
「君はバリバース侯爵夫人とセルモーダ伯爵夫人の仲がああも悪い理由を知っているか?」
私は首を傾げる。
「姉である伯爵夫人が。妹が格上のお家に嫁いだ事を妬んでいるというお話ではなかったでしょうか」
「そうなのだが、それだけではないようだ。どうも結婚の事情からして複雑でな。最初にバリバース家が縁談を持ちかけたのは姉の方だったらしい」
両夫人はケッセレンク侯爵家の出なのだけど、侯爵家第一令嬢である姉の方は当然、高位の家への嫁入りが想定されていた。それでバリバース侯爵家との縁談が持ち上がった。ほぼ婚約というところまで行ったらしい。
ところが当のバリバース家の御曹司(現侯爵)がお付き合いのためにバリバース家に通っている内に妹に心変わりしてしまう。かなり揉めたらしいけど、結局は妹の方がバリバース家に嫁いだのだそうだ。
……セルモーダ伯爵夫人が「貴女はいつも私のモノを奪う!」と叫んでいたのはコレも含んでいたに違いない。それは仲がいい訳ないわよね。侯爵の心変わりは侯爵夫人のせいではないのかもしれないけど。
「これに加えて調べたところによると、どうもセルモーダ伯爵はバリバース侯爵夫人と不倫関係にあるらしい」
……どうやらバリバース侯爵夫人は男性受けするお方のようだ。ただ、夫人と伯爵の関係は夫人がバリバース家に嫁ぐ前からものであるらしく、バリバース侯爵家への嫁入りのために別れさせられたという話らしい。貴族の家ってそんな話ばっかりね。
なんというか愛憎入り乱れて大変な事になってきた。しかもこれに三代前の不倫が絡む。こんなの私の手に負えないんじゃないの?
「そう難しく考える事はない。我々の仕事は浮気や不倫の仲裁ではない。あくまで両家の関係が悪化し過ぎるのを止める事だ。そのためには口実であるスフェーン紛失の謎を解けばいいだけのこと」
ガーゼルド様はそうおっしゃるけど、どうもスフェーンの謎を解こうと試みるなら、三代前のその男女関係のドロドロに踏み込まなければいけなそうだから困るのだ。
「私はスフェーンは紛失したと装って、セルモーダ伯爵より浮気相手のバリバース侯爵夫人に贈られたのだと思いますけど、ガーゼルド様はどうお考えですか?」
「三代前の話は私の情報収集では何も分からなかったからな。君が宝石の記憶から推測したのならそうなのであろう。そう考えれば紛失の謎も解けてくるからな」
浮気相手に家宝の宝石を贈るなんて大問題なので、誤魔化すために「なくした」という事にしたのだろうね。
しかしそれでは当時のセルモーダ伯爵夫人を誤魔化しきれず、あるいはバレてしまい、セルモーダ家がスフェーンを探しているという事になったのではないだろうか。
ただ、この時にバリバース侯爵夫人にスフェーンが贈られた事がバレていれば、とっくに両家の間で大問題になっていたと思われる。伯爵と侯爵夫人の不倫関係をセルモーダ伯爵夫人が知っていれば「紛失」した宝石が侯爵夫人の所にあると予測出来ても良い筈だ。
なので当時のセルモーダ伯爵夫人は夫と侯爵夫人の関係を知らなかったのだと思われる。しかしながら女の勘とかそういうので怪しいと思ったから、大々的にスフェーンを捜索させたんじゃないかしら。
「ふむ。良い線だと思うが、少し疑問もあるな。まず、どうして当時のセルモーダ伯爵はバリバース侯爵夫人に家宝のスフェーンを贈ったのだ? 侯爵夫人は別にスフェーンに興味がなかったのであろう? それなのに妻にバレるリスクがある家宝の宝石を贈るのはおかしいと思うが」
確かにそれはそうよね。有力伯爵家当主の財力なら買えない宝石なんてそうは無い筈。何も家宝を贈らなくてもいくらでも高価な宝石を買って贈れた筈だ。
それをわざわざあのスフェーンを選んだのだから理由がある筈よね。侯爵夫人は特に欲しがらなかったにも関わらず、伯爵がわざわざ家宝のスフェーンを贈った理由が。
……気になるのはネックレスだったスフェーンが破損した後に侯爵夫人に贈られていることだ。つまりそれまでは家宝とはいえ宝飾品として使われていたという事だろう。
宝石の記憶によれば、着用された機会はそう多くなかったようである。スフェーンは脆いし劣化する石だからね。家宝だけに滅多に使用しなかったのだろう。
しかし、最後の着用機会の時、ネックレスは何かにぶつかった……。いや、これは、落とした? 事で欠けてしまったようだ。私はその場面を何度も見返す。そう。ネックレス視点だから人の顔は見えない。しかし、どうやら何やら言い争っているような気配がする。
そして「あなたが……、余計な……私の……!」という高い声が薄っすら聞こえた瞬間に、ネックレスは落ちて視界が暗転する。
……どうやらスフェーンが欠けたのは、なにやら争い事の結果であるらしい。そして最後に聞こえたセリフには何やら聞き覚えがある。
先ほどセルモーダ伯爵夫人が叫んでいたアレに、口調も響きもそっくりだったわね。詳しい内容は聞き取れなかったけど、どうもそんな気がする。
だとすればあの声は姉妹喧嘩。しかも姉が妹に向かって言ったセリフだと思われる。
「三代前の両家夫人は、どっちが姉でどっちが妹だか分かりますか?」
私の突然の質問だったが、ガーゼルド様はメモも見ずにスラスラと答えてくれた。
「今とは逆に、バリバース侯爵夫人が姉だったようだな」
……という事は私の予想が合っていれば、あの最後のセリフを叫んだのはバリバース侯爵夫人という事になる。姉であるバリバース侯爵夫人がセルモーダ伯爵夫人を何やら妬んで叫んだ。そしてその時の争いが元でスフェーンは破損した。
夫に浮気されていたのはセルモーダ夫人の方なのに、激昂していたのはバリバース侯爵夫人の方。そしてセルモーダ伯爵家の家宝がなぜか侯爵夫人に贈られた。
……何かが引っ掛かる。何か私が見落としている事があるような気がする。私はガーゼルド様に尋ねた。
「当時のバリバース侯爵家とセルモーダ伯爵家の力関係はどうだったのですか? セルモーダ伯爵家は三代前から大臣を出しているとおっしゃいましたよね?」
当時はまだセルモーダ伯爵家の権勢はバリバース侯爵家を上回っていなかったのかもしれない。
「そうだな。調べた範囲ではまだバリバース侯爵家の方が上だったようだな。それどころか、セルモーダ伯爵が大臣になるに当たってはバリバース侯爵の後押しがあったようだぞ」
「え? 当時から両家は不仲だったのですよね?」
「だから当時も不思議がられていたそうだ。ただ、貴族なら利益のために個人的感情と異なる判断をすることもあるだろう」
それはそうだろうけど、あまりにも不自然よね。それに不倫関係とスフェーンの謎を考え合わせると……。
「もしかしたら、意外に単純な話なのかもしれません……」
私が言うとガーゼルド様は興味深そうに目を細めた。
「単純とは」
「宝石の使い方は概ね二つ。飾るか売るかです。あのスフェーンは飾られませんでした。ならば売られたと考えるべきでしょう」
「ふむ。スフェーンが売られたとなると、対価はなんだ」
私は顎に手を当てて考えながら呟いた。
「今のセルモーダ伯爵家です」





