第二十三話 水色の宝石の謎(前)
報告を受けた皇帝陛下は頭を抱えてしまった。
「流石はレージェだな」
ルレジェンネ様の愛称であるらしい。付き合いの深さを感じさせる呼び方だ。貴族はあまり家族以外には愛称を使わないからね。
「私も彼女に口で勝てた事がない。何回無理難題を押し付けられたことか」
さもありなん。優位に話を進めていたと思ったら、あっさりひっくり返されてこっちがルレジェンネ様の要求を聞く羽目になってしまった。しかも相手の手持ちは空札であるかも知れないのに。
しかしとりあえずルレジェンネ様の要求を叶える他なさそうだ。私は皇帝陛下にルレジェンネ様の言っていた水色の宝石について話してみた。
皇帝陛下は首を傾げていたが、やがてポンと手を打った。
「ああ、もしかしてあのブローチか? レージェが大事にしていた」
覚えがあったらしい。……のだが。
「細かいところまでは覚えておらぬ。確かに水色だったような……」
他人の、しかも毎日たくさんのアクセサリーを身に付けている女性の、特定の宝飾品を覚えるというのは結構な無理難題である。
男性である皇帝陛下に期待するのは酷だろう。宝石の外観や種類については他の方々、特に女性の皆様に期待するしかなさそうだ。
それより皇帝陛下には他にいくつか聞きたい事がある。
「ルレジェンネ様とはどの程度ご親密だったのですか」
皇帝陛下はそれはそれは嫌そうなお顔をなさった。あまりにも私が不躾な質問をしたために、さすがのガーゼルド様でさえ顔を青くしたわね。しかしこっちはそもそも陛下に無理難題を押し付けられている身。陛下には最大限私に協力する義務がある筈だ。
「……どの程度か。何処までレージェに聞いている? いや、レルジェの事だ。一を聞いて十まで理解しているだろう。そうだな……」
皇帝陛下は実に話したく無さそうだったが、慎重な口調で私の疑問に答えてくださった。
そもそも皇帝陛下、当時のカーライル殿下は先帝陛下の次男である。そのため、最初から皇太子殿下と定められていた訳ではなかったのだそうだ。当初からサイサージュ殿下の健康は不安視されていたけど、普通は長男が嫡男として跡を継ぐものだからね。
なのでカーライル殿下は比較的のびのびと育ったそうだ。多くの貴族の子弟と交流し、多くのご令嬢とも仲良く遊んだ。貴族は貴族同士の交流の為に子供を帝宮に集めて定期的に遊ばせるものなのだそうで、その時は木登りをしたり追っ掛けっ子をしたり、池に飛び込んだり山羊を追いかけ回したりと平民とあんまり変わらない遊びをしたそうだ。
そんな感じなのでカーライル殿下は現三公爵ともその夫人とも幼なじみで、他にも高位の貴族の中には何人も竹馬の友で今でも親友だと言える方々がいるらしい。確かにそういうお友達が沢山いた方が、貴族社会の結束も陛下の統治も盤石になるだろうね。
で、そんな中にルレジェンネ様がいた。幼い頃から圧倒的に美しく、そして頭の切れも抜群だった彼女は文字通り貴族令嬢達のボスだったらしい。あのユリアーナ様でさえ(年齢が少し下だったとはいえ)敵わなかったのだというから相当なものだ。
そんなルレジェンネ様だから当然男性達からは大人気で、侯爵令嬢という身分もあって、現三公爵やカーライル殿下など錚々たる殿方に囲まれていたらしい。当時は最低公爵夫人になる事は間違い無いと見做されていた。カーライル殿下は皇位に上らなかった場合、公爵の位を頂くと考えられていたからだ。
この頃はサイサージュ殿下はまだルレジェンネ様とほとんどお会いした事がなかったらしい。サイサージュ殿下は病弱な事もあり、あまり他の貴族の子女と遊ばなかったのだそうだ。サイサージュ殿下がカーライル殿下よりも四つ歳上だったという事もある。子供の頃の四つ差は大きいわよね。
十三歳で成人してからは、カーライル殿下は積極的にルレジェンネ様にアピールするようになり。周囲からは恋人だと見做されるようになっていったらしい。
「もっとも、レージェはなかなか手も握らせてくれなかったがね」
とは皇帝陛下の弁である。
このままいけばルレジェンネ様はカーレイル殿下のお妃となり、恐らくは公爵妃になられるだろうと周囲が思い始めた頃。
皇妃リキアーネ様のご意向でカーライル殿下が立太子される事になったのである。
カーライル殿下としては寝耳に水。かなり驚かれたし、兄を差し置いて自分が皇帝になるわけにはいかないと随分母君の意向に抵抗したらしいのだけど、先帝陛下から命じられた事もあり、結局は立太子を受け入れる事になった。
こうなると話は変わってくる。カーライル殿下のお妃選びは最初からやり直しになったのである。私は首を傾げた。
「ルレジェンネ様は侯爵令嬢でしたのに、皇太子妃には不足だったのですか?」
「当時、皇太子妃を出す事を希望している家が他に数家あった。父上としてもその意見は無碍にしかねたらしい」
有力貴族の権力の源泉は、皇族との近さである。皇族に直接要望を出して国政に反映させる事が出来るからこそ、貴族には力があるのだ。手っ取り早いのは皇族と親戚になる事である。つまり縁組だ。
当時、公爵家や侯爵家で帝室と血の繋がりが薄くなってしまい、発言力の低下を危惧していた家があった。それで特にカーライル皇太子殿下との縁組を強く求めてきたのが現皇妃フローレン様のご実家であるウィグセン公爵家だったのである。
公爵家が相手だと侯爵家出身のルレジェンネ様は分が悪くなる。特に彼女のご実家はウィグセン公爵家の係累だったのだそうで、本家から圧力を掛けられてルレジェンネ様はカーライル殿下と別れる事を余儀なくされたらしい。
同じウィグセン公爵一族のヴェリア様の時はむしろ公爵が後押ししたのだから勝手な話よね。まぁ、貴族の結婚は政治である。貴族同士の恋愛が結婚に結実するのは本当に難しいのだ。ヴェリア様が前の恋人と別れなければならなかったように。
貴族は結婚で恋人と別離した場合、愛人関係を結ぶ場合も少なくはない。しかしルレジェンネ様はあっさりカーライル殿下との関係を絶ってしまう。カーライル殿下が驚くほどあっさりしていたそうだ。
そしてその辺りからサイサージュ殿下との交際を始め、すぐに二人は親密になった。カーライル殿下はかなり複雑な気分を抱いたらしいけど、兄君の事は尊敬していたし、ルレジェンネ様が素敵な女性である事は良く知っていたので、二人の関係を祝福したらしい。
カーライル殿下がフローレン様とご結婚なさるのとほぼ同時期に、サイサージュ殿下は離宮を構えルレジェンネ様と同棲なさった。ただし、皇太子殿下、数年後には先帝が急死なさったので皇帝陛下となられたカーライル様は忙しくなり、サイサージュ殿下ともルレジェンネ様ともほとんど会わなくなる。
そしてサイサージュ殿下が亡くなってルレジェンネ様が残された時に、ルレジェンネ様の処遇が問題になった。ルレジェンネ様はご愛妾に過ぎないので、このままでは帝宮を出なければいけなかった。サイサージュ殿下との思い出深い離宮を出るのは辛かろうと、皇帝陛下はルレジェンネ様を慕っていた皇妃陛下がお勧めになった事もあり、自分の愛妾扱いで帝宮に残らないかとご提案なさったのだそうだ。
しかしルレジェンネ様はこれをお断りになり、帝都の外の離宮に移される事となった。皇兄殿下のご愛妾が自由に恋愛して他に嫁ぐような事があると面倒な事になるのでこれはやむを得ない処置だと私でも思うわね。
ちなみにルレジェンネ様がサイサージュ殿下のお子をお産みになったという話は確かに当時からあったのだけど、サイサージュ殿下の離宮が殿下の生前も死後も厳重に秘密をお守りになった為に、皇帝陛下でも真相は分からないのだそうだ。離宮の主だった者は今でもルレジェンネ様にお仕えしているらしい。
「皇帝陛下でも調べられないなんて事があるのですか」
「それはあるとも。いかに皇帝でも詮索してはならぬ事もある」
貴族の家庭事情は基本秘密主義で、実子だと届出られていた子供が実は庶子を養子にした者だったなんて事は良くある話らしい。
ただ、ルレジェンネ様の場合、お産みになった筈のお子がその後行方不明になってしまい、サイサージュ殿下の死後にも表に出なかった事から、真実は未だに分からないのだそうだ。
そんなわけで皇帝陛下はルレジェンネ様ともう十五年間は会っていないそうだ。離宮に隔離した手前、会いに行き難いとお考えのようだったわね。
皇帝陛下のお話を聞き終えて私は考え込む。
皇帝陛下は正直にお話して下さったようだったけど、いまいち肝心なところがよく分からない。
それはお二人のお気持ちだった。その、どれくらい愛し合っていたのかどうか。お互いに心が通っていたのかどうか。別れる時はどういう思いで別れたのか。辛くはなかったのか、未練はなかったのか。そういうところが分からないのである。
ただ、それを皇帝陛下に問い正すのはさすがに気が咎めた。
あまりにもプライベートな所に踏み込み過ぎるし、それが分からなければ水色の宝石とインペリアルトパーズの謎が解けないとも断言し難かったからね。既にかなり陛下の過去の微妙な部分に突っ込み過ぎていて、甥のガーゼルド様でさえ顔が引き攣っているのだ。これ以上は止めた方が良さそうね。
結局私は皇帝陛下にそれ以上の質問をすることを断念して、続けて皇妃陛下の所へお話を聞きに向かった。
◇◇◇
私が皇妃陛下のお話を聞こうと思ったのは、ルレジェンネ様から頻繁にフローレン様のお名前が出たからだ。今でもたまに離宮を訪れるともおっしゃっていた。かなり親しそうだと思ったのだ。
皇妃陛下もお忙しい身だと思うのだけど、面会のお伺いをするとすぐに会って下さった。皇妃陛下はまだ三十代後半でパッチリとした青い目のお方だ。皇太子殿下の瞳は皇妃陛下から継いだのだろう。お顔立ちも似ている。
「レージェに会ったのでしょう? 元気にしていましたか?」
皇妃陛下はご挨拶が終わるとすぐにそう尋ねてきた。私とガーゼルド様は顔を見合わせ、会見した時の様子を皇妃陛下にお話しした。
「随分、ルレジェンネ様と仲が良いのですね?」
私の問いに皇妃陛下はそのサファイヤ色の瞳を輝かせて言った。
「ええ。仲良くしてもらっているわ。あの方は私が子供の頃、憧れたお姉様だったのよ」
なんとまぁ。確かに皇妃陛下とルレジェンネ様では五歳くらいルレジェンネ様の方が歳上になる。大人になってしまえば大した差ではないけど、子供の頃の五歳上は子供と大人の差だ。憧れのお姉様扱いも頷ける。
私は慎重にルレジェンネ様からの依頼の件を話した。皇妃陛下にはインペリアルトパーズ紛失の件が伝わっているか分からないので、それは伏せてだ。
皇妃陛下は簡単に頷いた。
「ああ、覚えているわ。あの水色の不思議な宝石ね」
「不思議な?」
「見る角度によって色が変わったのよ。面白い宝石ねってみんなで話していたわ」
ルレジェンネ様はそんな事一言も言ってなかったわよね? 忘れてたって事はないだろうから意図的に隠したんでしょう。困ったお方だ。
「サイサージュ殿下が贈ったものに間違いありませんか?」
「ええ。レージェはそう言っていたわね。最初はちょっと困ったような顔をしていたけど……」
困った? 私が驚いた顔をしたのを見て、皇妃陛下はちょっとバツが悪そうなお顔をなさった。
「あ、そうね。言わない方がいいわね」
「待って下さいませ! 私はルレジェンネ様から宝石探しを依頼されているのです。手掛かりになるかも知れません。お聞かせください!」
私は必死に食い付いた。皇妃陛下は少し渋ったけど、結局は話して下さった。
「レージェは元々は皇帝陛下の恋人だったのは知ってる? そう、お家の事情で私が皇帝陛下に嫁ぐ事になって、レージェは皇帝陛下と別れたのよ。レージェは結構落ち込んでね。でも私を気遣って表面上はなんでもないような顔をしていた」
皇帝陛下は拍子抜けするくらいあっさりと別れたと仰っていたけど、どうやらそれはルレジェンネ様の強がりで、仲の良い女性には見抜かれていたらしい。確かにあの方はそういう見栄を張りそうなところはある。
「その時にサイサージュ殿下がルレジェンネ様をお誘いになったの。それまであまり接点が無かったお二人だから、レージェは戸惑ってね、最初はちょっと迷惑そうだった」
それは恋人と別れた所に、その恋人の兄がアプローチしてきたら戸惑うかもね。随分歳も離れていた筈だし。
「その最初の頃にサイサージュ殿下がプレゼントなさったのがその水色の宝石のブローチでね。最初はあんまりレージェは身に付けなかった。あの方はルビーとかエメラルドが好きだったから」
はで好みのルレジェンネ様には薄い水色の宝石は好みに合わなかったのだろう。
「でも、サイサージュ殿下は熱心にお誘いになって、私たちも皇兄殿下ならレージェに相応しいって後押しして、お二人はご親密になられたのよ」
最初は乗り気でなかったルレジェンネ様も、サイサージュ殿下に絆されたのと、皇妃陛下と恐らくはユリアーナ様たちに後押しされてその気になっていったらしい。
「お二人がご親密になって、私と陛下が結婚してすぐ位だったかしら。レージェから『あの水色の宝石はサージェに返した』って聞いたわね。詳しいことは聞かなかったけど、元々レージェの好みの宝石じゃなかったからお返ししたのかと思ったわ」
ルレジェンネ様はサイサージュ殿下が一方的に持って行ってしまったと仰っていたけど、そういう事情は皇妃陛下たちには話さなかったようだ。
皇妃陛下のお話で水色の宝石の情報はかなり集まった。薄い水色で色変わりする宝石だ。変色性がある宝石は珍しいからかなり絞り込める。
ただ問題は、これまでルレジェンネ様が宝石商人から同じ石を買おうとして、見つける事が出来なかったという点だ。水色で変色性がある宝石、という指定をすれば、宝石商人なら幾つかの候補に絞り込めると思うんだけど。
◇◇◇
私たちは次にユリアーナ様の所に向かった。ユリアーナ様に会うにはグラメール公爵家のお屋敷に行かなければならない。
ちなみに私はグラメール公爵家のお屋敷、つまりガーゼルド様のお家に行くのは初となる。そう。もう散々婚約者扱いされている癖に、私はまだガーゼルド様のお家に招かれた事がなかったのである。まぁ、私もヴェリア様のお世話でずっと忙しかったからね。
……気が重い。
なにしろあのユリアーナ様に、私はこれから「ルレジェンネ様のお持ちだった水色の宝石について教えて下さい」と言わなければならないのである。
あの油断ならないユリアーナ様にお願い事をするなんて自殺行為だ。見返りに何を要求されるか分かったものではない。一体引き換えに何を求められるやら……。
「良いわよ。教えてあげる」
あにはからんや、ユリアーナ様はあっさりと仰った。
場所はグラメール公爵城の公妃専用のサロンの一つ。そう。お屋敷どころかお城なのだ。ガーゼルド様のお家は。帝都の丘一つが城壁を巻いた石造りのお城になっていて、丘全体がグラメール公爵邸なのである。さすが三大公爵家。スケールが違う。
私は晩餐をご馳走になり、公爵家の皆様にひとしきり歓待されてしまった後、ユリアーナ様の寝室の側のサロンでお話を伺ったのである。ちなみに今日は私は公爵邸に宿泊の予定だ。客間を用意して頂いたので、専属侍女のリューネイに整えてもらっている。
どんなに意地の悪い事を言われるかと戦々恐々としていたんだけど、ユリアーナ様はあんまりご機嫌な表情ではなかったけど、一応は素直に私の質問に答えてくださった。理由は。
「レージェには悪い事をしたと思っているのよ」
との事だった。悪い事?
「私や皇妃陛下達でレージェとサイサージュ殿下のご関係を後押ししたのよ。それなのにサイサージュ殿下は早くにお亡くなりになって、レージェは難しい立場に追い込まれてしまった」
後悔しているという事だった。でもルレジェンネ様は別にサイサージュ殿下と内縁関係になった事に後悔は無さそうだったけどね。
「ユリアーナ様は水色の宝石を見たのですか?」
「見ましたよ。皇妃陛下からも聞いているのでしょう? 水色の、角度によって色の変わる宝石だった。レルジェなら石の種類の見当はついているのではなくて?」
うーん。幾つか候補はあるけども、一番可能性が高いのは……。
「ロイヤルブルームーンストーンでしょうか」
「……さすがね。私もそう思うわ」
ユリアーナ様も同意見で良かった。ただ、ガーゼルド様は首を傾げている。
「そんな名前の宝石があるのか?」
「ロイヤルブルームーンストーンは、薄い水色の宝石で、シラー効果と呼ばれる青い光の筋が特徴です。きれいな石なんですけど、脆くてカットが難しいので、あまりファセットカットしては使われません」
丸くカボションカットして使われる事が多いのだけど、そうなると少し地味な印象になってしまって、貴族の装飾品にはあまり使われないのだ。
「レージェの石はきれいにカットされていて、しかもかなり大きくて透明度も高かった。あんなロイヤルブルームーンストーンは二つとないかも知れないわね」
なるほど。それでルレジェンネ様は宝石商が持って来た石にピンと来なかったのか。あまり高価な石でもないからルレジェンネ様の前に出さなかった可能性もある。
しかし、ならば問題は片付いたも同然だ。帝都の宝石商人の在庫の中には一つぐらい大振りなロイヤルブルームーンストーンがあるだろう。それを見せれば良い。
私が内心ホッとしていると、ユリアーナ様が少し胡乱な目で私を睨んだ。
「貴女ね、レージェが本当に石の正体に気付いていなかったとでも思っているの?」
「え?」
「レージェは私に宝石の事を教えてくれたほどの方なのよ? ロイヤルブルームーンストーンを知らないわけがないじゃないの。それをあえて貴女に尋ねたのよ? その意味をよく考えなさい」
……ユリアーナ様に怒られて、私は呆然となる。そ、そんな事を言われても。しかし言われてみればルレジェンネ様の依頼には不自然な点が幾つもある。
ルレジェンネ様が記憶していた石の特徴を言えば、余程無能な宝石商人でもなければちゃんと目的の宝石を探し出しただろう。しかしルレジェンネ様はこれまで見付ける事が出来なかった。もしかしたら、ルレジェンネ様が探しているのは同じ種類の石ではなく、自分の手から失われたブローチそのものなのかも知れない。
どこにあるかも分からないたった一つのブローチを探し出す。それは結構無茶な話ではある。帝都は広いからね。ルレジェンネ様はそれを何年も掛けて探していたのかもしれない。そしてなぜか初対面の私に捜索を依頼してきた。何故私に?
……もしかしたら私が宝石の記憶を視る事が出来ることを察しての事かも知れない。私は匂わせる事もしなかったと思うけど、あの方は異常に鋭かったからね。私みたいな小娘が、皇帝陛下から直々の命を受けてインペリアルトパーズを探しているという点から感付いたのかも知れない。
となると、ルレジェンネ様は宝石の記憶を視る能力を知っていた事になる。七百年も使い手が絶えてしまった能力なのに知っていた。これは彼女が魔力や魔法、そしてその歴史に詳しい事を示す。そうね、初代皇妃の力だった事から考えても、皇族の歴史や事情にも精通しているんじゃないかしら。
皇族の事に詳しいルレジェンネ様。内縁の夫であるサイサージュ殿下がプレゼントした宝石。しかしそれはサイサージュ殿下に取り戻されてしまった。なぜ取り戻されたのか。「もう相応しくない」とはどういう意味なのか。
今どこにあるかも分からない宝石を、ルレジェンネ様は求めていらっしゃる。一体何故? なんで私に探させているのか……。
……あ。私は気付いて、ユリアーナ様の事を見詰める。ユリアーナ様は私の表情を見て薄らと笑った。
「気が付いたようね」
何もかもお見通しのようだ。それなら素直に全部教えてくれれば良かったのに。この方も大概意地が悪い。ルレジェンネ様と二人、その悪知恵で宮廷や社交界をさぞかし掻き回して恐れられていたんだろうね。私は言った。
「ブローチは、あそこにあるんですね?」
「ええ。元々あそこにあった物を、サイサージュ殿下が持ちだしてレージェに預けたのよ。レージェも察していたんじゃないかしら」
滅多にないほどの大きさのロイヤルムーンストーン。帝国に二つとないかも知れない。そう聞いた時に気が付くべきだった。
「帝宮の宝物庫。あの沢山の石の中にあるのですね」
「そうね。そこまで分かれば、レージェが本当に貴女に望んだ事も分かるでしょう?」
そうですね。思えばルレジェンネ様の思いは最初から一つだった。サイサージュ殿下がなぜ自分にロイヤルムーンストーンをくれたのか。そしてそれをどうして持ち去ってしまったのかが知りたい。
それを知るにはサイサージュ殿下亡き後方法は一つしかない。
石に聞くのだ。そしてそれが出来るのはこの世に私だけ。ルレジェンネ様は実に適切な相手に依頼を出したのである。
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