第二話 ・・・へたれ言うな。紳士って言え。
だいぶ目も闇に慣れてきたので、もう1度あたりを見回す。ナツは俺の後ろ、海側にいるので意識的に見ないようにした。正直ちょっと見たいけど、ナツに嫌われたくない。
・・・へたれ言うな。紳士って言え。
月明かりで遠くの方に富士山をだいぶ小さくした感じの山のシルエットが見えた。山っていうより丘って感じかな。高いところから見下ろせばもう少し詳しく周囲の状況を知れそうだ。
「ナツ、とりあえず朝になったらあの丘を目指してみようか?」
できれば今すぐにでも向かいたいところだけど、今俺達がいる砂浜とその丘には深い森がある。さすがにこの闇の中見通しの悪い森の中に入る気にはなれない。
「ん。わかった。今は見通しの良い砂浜を海岸沿いにもう少し歩いてみようよ。
もしかしたらどこか風がしのげるところがあるかもしれないし。」
そーだな。このままここにじっとしてても凍えるだけだし、そうするしかなさそうだ。
俺の2、3歩後ろをナツがついてくる感じで、2人で海岸沿いに歩を進めていく。
「この島って結構大きいのかな?」
「ううん。泳いでるときにチェックしたけど、見た感じかなり小さな島だったよ。その気になれば歩いて一周できちゃうんじゃないか、な、・・・くしゅんっ」
「大丈夫か?」
足を止めて、顔を背けたままナツと並ぶようにする。右手をナツの肩に回して、身体と身体をくっつける。お互いの体温が感じられて、多少あったかいけど、それ以上に気恥ずかしい。
「あ、ありがと・・////」
「お、おう・・・////」
お互い赤面しながら歩き出す。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
急にお互いなんだか黙ってしまって居心地が悪くなったころ、視界の端で大きな影が動いた。
「ハ、ハル、あのさ・・・。」
「しっ」
なにか言いかけようとしたナツを手で制して、その影に注意を向ける。異変に気付いたのか俺の視線の先に目をやったナツが、硬直したのがわかった。
それは以上に大きなカニだった。2メートル近くあるんじゃないか?普通のサイズでさえあまり可愛いとは言えない外見だけど、2メートルもあるとかなりグロテスクだ。あのハサミではさまれたら俺らの体なんて簡単にまっぷたつだよな・・・。
「ハ、はるぅ・・・。」
隣でナツが泣きそうな声を出す。
「お、落ち着け。とりあえず刺激しないようゆっくり下がって。背中を見せたりすると一気に襲われるかもしれないし、慎重にな。」
声が震えているのが情けないけど、なんとかパニックにならないように自分を落ち着かせる。
一歩、二歩・・下がったところで急に後ろのナツが立ち止まり、ぶつかって背中に軽い衝撃をうける。
「ナツ、なにしてんだ・・・」
よ、と言おうと振り返って言葉が止まった。
俺らの後ろには、巨大ガニが5匹ほど、ハサミをがしゃがしゃと不気味に鳴らしながら待ち受けていたのだ。やばい、と思った時にはもう遅かった。俺らは完全に囲まれていた。
「は、ハル・・・。」
ナツが抱きついてくる。そうだよ。とにかくナツだけでも助けないと!
「ナツ。今から俺が道を作るから、全力で走って逃げろ。」
そう言ってから、返事を待たずに走りだす。恐怖で震える足を無理やり動かして、巨大ガニへと接近する。
「うわぁぁぁあああ!!!」
「ハル!!」
ばきっ!!!
思いっきりタックルしようとしたところで、巨大ガニが振り回したハサミがもろにわき腹に入った。
「ぐがっ!??」
やばい、肋骨折れたかも。なんて思った瞬間、世界が反転し、巨大ガニが自分の上に馬乗りになっていた。醜悪な顔がこころなしか笑っている気がする。不気味に動くハサミが首元にあてられる。
「いやぁっ!!誰か!助けて!!!」
ナツが叫んでる声が聞こえる。くそっ、息ができない。ナツ・・。俺、こんなとこでこんなわけのわかんないものに殺されるのかよ。苦しい。せめて、ナツだけでも助けたかったのに。ちくしょう。恰好悪いな、俺・・・。
ボンッ!!
その瞬間、周囲が急に明るく照らされた。爆発音ともに炎がはじけ、俺の上にいた巨大ガニの上半分が吹っ飛ばされる。同時におもりが無くなったことで酸素が俺の肺に供給された。
「ごほっごほっぐぅっ!ナツ!!!がっ!」
せき込むと肺に鋭い痛みが走る。でも、そんな痛みなんかにかまっている場合じゃなかった。
「ナツ!ナツ!!!げほっげほっ。」
あわてて周囲を見回すと、さっきの巨大ガニたちが文字通り泡吹いて逃げ出して行くのが見えた。ナツはその場に座り込んで、俺に背中を向けている。特に目立った外傷もない。よかった。無事だった・・。そう思ったとき、ナツが何かを一心に見つめているのに気がついた。
「久しぶりだな。ナツ。」
「・・葵、さん・・・?」
ナツのその視線の先には俺らが車にひかれそうになる直前まで探していた、3日前から行方不明だったはずの日向 葵の姿があった。