前日
向かった先はナルミヤというお茶屋。
レスター国のみならず近隣の国からのお茶も取り扱っている店で種類は豊富だ。
店に入ると常連客だろうか、店主の女性と話している客がいた。
「ブロンズねぇ…」
「しかも年下らしいわよ」
ここでもアルバート様の噂話をしていた。
その話を聞こうとせず私は軽く見渡し、すぐに買って帰ろうとした。
店内ではその常連客以外には私しかいなかった。
商品を選ぶ私に気づいた二人がこちらをみてるような視線を感じた。
「……ねぇ」
「いやいや、あの子は」
商品に手を伸ばしかけた私だったが、すぐに手を引っ込め俯いてしまった。
「他に特徴とか知ってないの?」
「……んー」
常連客は考える言葉を口に出し頭を少し動かし考えているようだった。
(早く行こう…)
私はここにも居たくなくなり目の前にある銀色の包装に入った紅茶を一つ手に取り店主へと近づいていった。
「あの…これを……」
伏目がちに商品を渡し、お金を払おうとした。
すると、常連客が口を開いくる。
「あー、そうそう!目がエメラルドだったとか聞いたような」
その言葉を聞き、私は渡そうとしたお金を手から滑り落とした。
カチャン…と音を鳴らし落ちる数枚の銀貨。
床を転がっていく銀貨をこの場にいる者は誰も拾う行動を取らずにいた。
「……ちょっと」
店主の言葉に我に戻り、慌てて拾って手渡すと商品を震える手で受け取り店の外へと急いだ。
後ろからは私の事を見ているのだろう、痛いほどの視線が突き刺さってきた。
ーーーーーー
「はぁ…はぁ……」
私は街を駆けるように走り、家の扉を強引に開け入ると、その場にへたり込んだ。
(ブロンズ、エメラルド……)
街で聞いた噂話を頭の中でグルグルと巡らせていく。
聞けば聞くほど姉の特徴が一致していく。
そして、何より明日、ココに本人が来てしまう…。
もし街の人にそんな事が知れたらと思うと私は気が気じゃなかった。
そんな思いでいる私に容赦ない言葉が降ってきた。
「……何してるのよ、あんた」
姉だった。
そんなに時間も経ってないはずなのにもう家に帰ってきた。
いや、違う。
時間は経っていた。
街で話を聞いていたりしていた私は思っていた以上に時間を過ごしていた。
「邪魔なんだけど」
へたり込む私に早く退けと足で私のお尻を軽く蹴ってきた。
「…ごめんなさい」
「ここでなにしてるのよ?あー…そっか、床までちゃんと掃除していたのね、偉いわね」
部屋を終え、家の中を掃除していると思い込んだ姉は賞賛の声を掛けるが、私は逃げた。
「なんで逃げるのよ!」
(もう来るなんて…どうしよう…)
逃げた先の厨房に買った紅茶を乱雑に置くと、隅へと隠れるように移動した。
「ねぇ、逃げる必要なんてある?」
追ってきた姉は置かれた紅茶を見て、私に話してきた。
「買ってきてるじゃない、やれば出来るんだし逃げる意味がわからないわ。……なんでそんな隅にいるのよ?」
「こ、こないで」
「は?お腹でも痛いの?」
「……」
「……まぁ、いいわ。夜が楽しみだわ!うんと高いの買ったんだし、明日アルバート様に見せるのが楽しみだわ」
父に相当高いのを強請ったようだ。
上機嫌すぎる姉は足も軽やかに部屋へと戻ろうとしていた。
「待って!?」
厨房を出た私は姉に急いで声をかけ引き止めた。
「なによ?」
振り返り姉は私が引き止めた事に少し不満げな顔を見せてくる。
「あ、あの、まだ……」
「まだ?……ってなにが?」
「その、あと、少し残ってて……」
私は嘘をついた。
手付かずの姉の部屋に入られては癇癪が酷そうだからだ。
だからもう少しで終わると嘘をつき、部屋に入るを食い止めた。
「……はぁ?」
口を少し半開きにしつつ疑問符を投げかける姉に私は必死に謝り、すぐ終わらせると約束した。
何度も頭を下げる私に姉は30分だけよ、と言うと代わりに私の部屋で待つと告げてきた。
「ありがとう……」
なんとか部屋に入るのだけは食い止め姉は私の部屋の方へと歩みを進めた。
カッカッ、と足を鳴らし去る音を耳にしつつ急いで姉の部屋へと入った。
(酷い…)
姉の部屋はとてもじゃないが綺麗とはかけ離れた感じだった。
クローゼットは開きっぱなしで服はいくつも床に落ちている、姿鏡に備え付けられた赤いカバーは捲れたまま、ベットにある羽毛の毛布も飛び起きた状態のままにされていた。
「なんで平気なんだろう……」
姉の部屋の惨状を見て私は動き出すのを躊躇った。
この状態をアルバート様がみたらショックを受けるに違いない。
いや、むしろ受けて欲しいとも願った。
とはいえ、今は時間が無い。
気の短い姉の事だ。
30分といってもそれよりも前に部屋に戻ってくる事は容易に想像できた。
だから、私は体を動かし始め一気に片付けた。
クローゼットに落ちた服を畳み、備え付けられた木箱の中に締まった。
カバーは戻し、ベットも毛布だけじゃなくシーツもシワがなくなるようにセットし直した。
そうこうしているとやはり姉がノックもなく入ってきた。