強者
「これ、わかるかしら?」
姉はポケットから一枚の紙を出し私達の前に披露した。
私はそれが何か分からずキョトンとしたが、父は違った。
先程よりも額に汗を滲ませ姉を見ている。
「どこでそれを?」
「もちろんお父様の部屋よ。悪いと思ったけど少し開いていた扉から入らせてもらったわ」
「そうか……」
すると父は姉へと近づいて行った。
だが、姉も紙を取られてなるものかとテーブルを挟んで父と向かい合った。
「レナ、あんたコレが何か知りたいでしょ?」
「レナ、聞くんじゃない!」
二人の意見は真っ二つに別れており、私は困惑し、お互いを見るしか出来なかった。
「……なになに、ふーん、まさかそんな事なんてね」
ここで披露するより前に見ていたに違いない姉だったが、分かりやすいようにもう一度紙の内容を読み、ニヤニヤと笑い出す。
「やめろ、レオナ!?」
「レナ、お父様はね……」
「聞くんじゃない!?」
「借金してるのよ、しかも考えられない額をね!」
「しゃ、借金?」
姉が私にぶちまけると父は椅子の背もたれに手をつき項垂れた。
「えっ、借金ってお金を借りてるってこと?誰から?」
私は項垂れる父に声をかけるが、何も返事が無い。
「いい、レナ。あんたお父様が夜いない時あるのは知ってるでしょ」
「それは、まぁ……」
父は会食に行くと言い、夜出かける事は何度かあった。
だけど、それは造船所を営む父の付き合いだと思い、何も不審には思わなかった。
「でもね、行き先は賭博場よ」
「賭博?」
「えぇ、この紙に書かれてる名前、聞いた事あるわ」
「なんでお姉様がそんな名前を知ってるの?外にはあまり出歩く事もないのに」
「簡単よ、要職達の子よ。それなりに位のある家の子なら情報くらい簡単に手に入るわ。
それより借りてる額、聞きたい?」
その問いに私は父を見るが、今だに伏したままの状態だ。
「金貨10万枚よ」
「えっ!10万!?」
レスター国では金貨1枚に対し、銀貨20枚と交換できる。
普段の生活では金貨を使う機会はさほど無い。
少し高価な物を買う時や奮発した時に使う感じだが、それを10万枚も借金している。
10万枚もあれば父が営む造船所の船がいくつも買える量でもあった。
「ここまで借りるなんてねー、もう返せる額じゃないと思うなぁ」
姉は紙をひらひらと揺らしながら父に言葉を投げかけていく。
「……何をすればいいんだ」
父は伏しながら姉に要求はなんだと告げてくる。
「そうねぇ、……アルバート様が来るんだからもちろん服ね。明後日に来るんだから明日すぐに仕立てて貰える場所に行きたいわ。
レナ、あんたも欲しい物あったら言ったら?
今ならなんでも買ってくれるわよ」
「そんな……」
「こういうのを『チャンス』って言うのよ。掴める時は掴まないと損よ」
「なんでそんな事を」
「あぁ、そうそう、お父様」
「……なんだ」
「私とアルバート様が婚姻したらこんな借金すぐに返せるわ。だってアルバート様はお金持ちなんだから。
そのためには良い噂を流してもらわないとね」
紙一枚。
たったそれだけなのにこの威力。
父は自身の秘密がバレてしまい、屈服するしかなく、姉の要求を飲む事にした。
「じゃ、明日、すぐに買いに行くから宜しく」
勝ち誇った顔を見せ、紙をひらひらと揺らしながら大広間から部屋へと戻っていった。
その道中、姉の高らかな笑い声が大広間にいる私達に突き刺さってきた。