バカ王子、追い出した婚約者が幸せになってて顔真っ赤
「僕はここに居るロデリンと結婚する!よってバーバラとの婚約は破棄し、バーバラとオーキラー辺境伯の結婚を命じる!」
オーキラー卿といえば醜い大男と噂だ。
突然の王子の独断発言に、夜会に参加しているご婦人何人かが気絶しかける中。
「殿下の御命令しかと承りました。」
勝手と言えど簡単に撤回は許されない。
バーバラは粛々とオーキラー辺境伯に嫁いで行った。
3年後。
オーキラー辺境伯領内を一台の馬車が走っていた。
乗っているのは不機嫌な王子と、胃を押さえる補佐官。
どこまでも広がる小麦の海に、王子は舌打ちする。
「むぎむぎ麦麦っ、まだ着かないのか。」
「い、今ではオーキラー領は国家を支える穀倉地帯ですが、かつて国境を護った砦を今も拠点とされていますから、もう暫くはかかるかと…。」
「そんな事はどうでもいい!」
「ヒィっ、っ申し訳御座いません。」
3年前、オーキラーとの結婚を罰のように扱った事で、王子は国王にこっぴどく怒られた。バーバラの生家にも背を向かれ、大きな後ろ楯を失ったせいで立太子は保留に。
未だに王妃にはネチネチ言われ、愛していたロデリンは何年経っても妃教育以前の問題で結婚どころではない。日に日にはち切れそうになるフリフリドレスを見るのも嫌になった。
「それに何だこの馬車は!最悪だ!」
「…それは殿下が無理矢理…。」
「うるさいっ!!」
「ヒェッ。」
思いついて飛び出した王子、城から乗って来た豪華な馬車が途中で轍に嵌り、立ち往生していた所に偶然通りかかったオーキラー領へ向う農夫の馬車に無理矢理乗り込んだ。
「だいたい、悪いのはバーバラだ。あそこは第二妃でもいいからと縋りつく所だろ、あっさり居なくなりやがって、僕が恥をかいたじゃないか。」
滅茶苦茶を言う王子、今度はいやらしく口を歪める。
「僕自らこんなクソ田舎から王都に戻してやるんだ、泣いて喜ぶだろうな。」
王子は年々強くなる風当たりに、評判のよかったバーバラを使って巻き返しをはかるつもりだった。
愛はないが愛人でも第二妃でも何でもいい、昔の様に面倒は全部バーバラに押し付けてしまえば良い。そんな考えを起こし、王子はバーバラに会いにオーキラー辺境伯領へやって来ていた。
ふと、高台を走る馬車が止まった。
「王子様、旦那様と奥様があそこにおりますじゃ。」
御者席の農夫が眼下を指差す。
「はあ?どこだ?」
目を細め窓の外を見下ろす王子の向いで、携帯してる単眼鏡を覗いた補佐官がオーキラー夫妻らしき人物を麦畑の中に見つける。
「ああ、いらっしゃいますね。」
「貸せッ!」
同じ様に覗いた先では、数人が集まって談笑しているようだ。
農夫の様な格好の領民らしき人が二人、それから筋骨隆々の大男、似たような癖毛の子供を肩車している。
「…バーバラ。」
大男の隣で微笑むバーバラはあの頃よりも美しくすらあった。
棘が抜け、美しさだけ残した様な、それでいて昔には無かった包容力も感じる美人。
同時に、抱える赤子が嫌でも目に入る。夜の妄想が霧散し、ワナワナと得体の知れない震えが王子を襲う。
食い入るように観ていると領民の一人がコチラを指差す。
やましい事は無い筈の王子は何故か、バレた、と思った。
バーバラが肩を抱き寄せられた、次の瞬間。
「ひゃぁぁっ!」
射抜かれたかのように王子が後ろに飛び退いて尻餅をついた。
馬車が揺れて、農夫は馬を宥めながら自慢気に笑う。
「旦那様は狩りが得意でしてなぁ、これくらいの距離、一発で仕留めちまう。」
農夫に悪意は無い。しかし、王子はもう震えが止まらなかった。
「め…、目…。」
確かに目があったのだ、それはもう恐ろしく冷たい目をしたオーキラー辺境伯と。
「バーバラ様が領にやって来られて儂らは幸せじゃ、あんな別嬪で優しくて賢い方は滅多におらん。旦那様も、こーんなちっさい頃、都会のお嬢さんに酷く言われてから俯いちまったが、バーバラ様が立ち直らせてくれた。お世継ぎに続いて女の子も産まれて、いやー、感謝感謝。」
のんきな農夫にカァーっと頭が沸騰した王子が尻を着いたまま、やみくもに馬車の中を蹴る。
「出せ!馬車を出せっ!出せ、出せぇっ!」
あまりの剣幕に農夫が慌てて発車させるが、怒鳴り声は止まらない。
「逆だ!帰る!僕は帰るっ!」
「ええ?ですがもうすぐ着きますぞ、旦那様方もきっと直ぐお戻りになります。」
「うるさいうるさい!僕が戻れと言ったら戻れ!」
農夫は首を傾げながら仕方無く旋回し、来た道を戻るはめになった。
土埃を上げて王子が逃げ帰ったその夜。
補佐官は毎日付けている日記にこう記した。
『バカ王子が追い出した婚約者めっちゃ幸せになっててめっちゃ笑える。惨めで顔真っ赤過ぎんの面白かったから近い内に辺境行きの用事作ったろ。』