閉話9 エルメス伯爵の苦労
明日、もう一話投稿します。お読みいただければ幸いです。
わしポール・エルメスは前大公の弟の次男として生まれた。わしの父は前大公である兄より文武ともに優秀で、前々大公からもとてもかわいがられ、大公位は弟であるわが父が継ぐのではないかと言われていた。
父も伯父を馬鹿にしており、それを公然と発言していたり、行動に示していた。
前々大公もそれを追認していたため、伯父は日陰者のように扱われた。
ところが前々王が突然亡くなり、大公位は第一王子である伯父が継ぐことになった。
立場が逆転した伯父は弟である父を断絶した伯爵家の跡取りとして押し込んだ。
役職も与えず、ただ伯爵としての捨扶持を与えられ、生きているだけの存在となった。
父はそのことを恨み、できのいい兄にすべての期待と愛情を注ぎ、いずれ大公位を取り戻すよういい聞かせた。
兄よりできの悪いわしは両親から放置されていた。全く関心を示さず、食事も別々で、普段全く会うことにない生活だった。
まあ、わしは冷めていたのだろう、その生活に甘んじていた。まあ、過度の期待を背負わされ、超過密なスケジュールでただひたすら学問と武術に明け暮れている兄の状況を見て、逆に兄のように優秀でなくてよかったと安堵したぐらいだ。
屋敷からぬけ出しても、誰も何も言わないため、よく町にも勝手に遊びに行き、身分を隠して平民の悪友たちと遊んでいた。
両親の見栄もあり、わしは兄と同じ王都にある貴族学校に通うこととなった。
そこで伯父の長男と友人になった。わしは成績も普通で、武術も普通、特にとりえのない人間だったが、唯一の特技が人当たりの良さだった。
敵を作らないような立ち回りや、グループや派閥の中に入り込み、いつのにかメンバーの中に溶け込むのが得意だった。
学校にはいくつか派閥があって、西部系列だと、伯父の長男の派閥と兄の派閥があった。本来なら兄の派閥に入るのが順当なのだが、わしは兄にも無視されており、とても兄の派閥には入れてもらえそうもなかった。
それならばと逆転の発想で、伯父の長男の派閥に入ることにした。
私の特技のおかげで、本来は敵対関係にある伯父の長男の派閥に難なく潜り込み、長男と友人になった。まあ、取り巻きの一人として目立たぬぐらいの立ち位置だったが、取り巻きの中ではまあ、中間よりやや上の位置をキープした。
つまり、パシリに使われるほど低くなく、敵対派閥、つまり兄の派閥から敵として目立つ地位ではないということだ。
そんな感じで平和な学生生活を送っていたが、父がクーデターを画策していることを偶然知ることとなった。
たまたま実家に帰っていた時に、兄と父が話しているのを聞いてしまったのだ。
普段いない者として扱われているわしであったから、気にすることなく話をしていたのだろう。
わしは悩んだ。どっちに着くべきかと。そして伯父の長男にこのことを知らせた。
証拠として父の部屋から勝手に持ち出した書類を渡した。
父は部屋にいつも鍵をかけていて他人に入らせないようしていたが、あるときその鍵を居間に置いて出かけてしまったのを偶然わしが見つけて、急いで町の鍵屋で合鍵を作らせたのだ。
何でそんなことをしたかって?
家を追い出された時、金目のものを奪って逃げるためだった。
父の部屋には窓はなく、四方を分厚い壁に囲まれた特殊な構造をしており、そのため父も金目のものをあちこちに放置していた。
試しに父の部屋にあった箱に入っていた金貨を数枚盗んでみたが、全然気づかない様子だったので、たまに入ってはこずかいを調達していた。
そのカギが役に立ったのである。
父と兄はすぐに捕えられ処刑された。家督はわしの物になり、この功績で地方に領地をもらい、更に役職も手にした。
まあ、もらった役職は複数名が任命されている俗務儀礼官という役職で、いわゆる宴会などの幹事役だ。どうも人当たりの良さが買われたらしい。
たいした権力はないが、余ったごちそうや使用済みの飾りなどを皆で分けられる役得があるので、ある意味おいしい仕事であった。
家督を継いだ家では、わしを無視していた雇人たちは皆首にし、新たに人を雇いなおした。子供の時、町で友達付き合いしていたものの親類縁者を雇った。平民にもかかわらず雇ってくれたことに感謝しているのか、わしにみな忠誠を誓っていた。
母親は、そのまま軟禁した。母は伯爵家の出であったが、父たちの反乱事件の後、事件の関与を疑われることを恐れた実家に絶縁されていた。
美人でスタイルもよく、とても子供を二人産んだとは思えない若々しさだったが、わしを無視しただけでなく、使用人に言って食事を与えさせなかったり、残飯のような食事にさせたり、他にもいろいろとわしをいじめてくれた最悪の性格の持ち主だった。
誰にも会わせず、手紙のやり取りも禁止し、部屋に閉じ込め、わしのおもちゃにした。
泣きわめいて許しを請う姿を見ると、少し胸の内がすっきりした。
もらった領地は山がちの土地で、たいして豊かではないが、俸禄は伯爵としての分と、俗務儀礼官の分があり、生活に困ることはなかった。
そんな中、領地に山賊が出たという。領民を守るのは領主の務めであり、これを鈍ると、領地没収、最悪身分はく奪の上追放ということもあり、財産から傭兵を雇って、討伐に向かった。
わしが山賊の出る山に軍(といっても傭兵10名、農民20名の隊だが)を進めると、山賊たち10名ばかりの死体が転がっていて、一人の男がそのグループのリーダーらしき男の胸倉をつかんで、何事か話していた。
我々が近づくと、「おや、貴族らしき方と兵士と農民の部隊かい。一つ聞くけどあんたら俺の敵かい、それとも山賊の仲間かい」といって、ものすごい殺気を飛ばしてきた。
こいつやばい奴だと、直感で感じたわしは乗っていた馬を降りて、礼をしていった。「私はこの地域を治める領主で、エルメス伯爵と申します。山賊が出たということで討伐に来ました。相当な実力をお持ちの方とお見受けします。山賊退治にお力添えをいただければありがたいです」と言って、微笑んだ。
すると、その男は毒気が抜かれたように「別に手伝うのは構わないけど、お宝は全部おれがもらうよ」と言ってきました。
「かまいません。ただ、もしよろしければ頭目の首だけ私共に譲っていただければありがたいです」と言うと、急に剣呑な感じになり、「頭目の首には金貨10枚が懸けられている。それをよこせっていうのかい」と言って今にも襲い掛かりそうになっていた。
「当然ただとは申しません。金貨20枚でいかがでしょうか」と言うと、ちょっとびっくりしたような顔になり、そしてにやりと笑うと、「つまりあんたは盗賊退治の名誉が欲しいってことだね。いいよ、金貨20枚で頭目の首を譲ろうじゃないか」と言った。
その男は捕虜にしていた男からアジトのありかを聞き出してから処分して、一緒にアジトに向かうことにした。
アジトには、このあたりのことをよく知っている農民の一人に案内させた。
アジトまでの道中で、この男の名をジョン・クサツと言うこと、ダイワ王国の武闘士であることを聞いた。
アジトは洞窟を利用したものだった。アジトに着くと、ジョン殿は走り出し、アジトに突っ込んでいった。見張りの二人をたちまち倒すと中に突入、悲鳴と怒号がいくつも聞こえた後、急に静かになった。
しばらくして、血まみれのジョン殿が出てきた。手には首が一つ握られていた。
「ほいよ、頭目の首だぜ」と言って投げてよこしてきた。
わしは思わずよけてしまった。転がった首を見ると、何かにびっくりしたような凶悪な顔が付いていた。
とりあえず、中を物色して、金目の物をもらうよと言って再び中に入っていった。
しばらくしてから戻ってきて、「あんまいいものなかったよ。あとは好きにしていいぞ。約束の金貨20枚、これからもらいに行きたいが」と言ってきたので、農民たちに中の片づけを命じて、村長の屋敷に行った。
このまま別れたら、後悔する。できる限り縁を結んでおくべきだと、わしの直感が働いたため、約束の金貨20枚渡した後、血まみれのジョン殿に風呂と食事を勧めた。
ジョン殿は快諾したので、屋敷で急いで風呂を沸かしてもらい、酒や料理を用意してジョン殿をもてなした。
夜は、村長と相談し、村の後家さんで、比較的きれいな者をあてがった。
ジョン殿は満足したようで、「田舎の女もいいものだな。エルメス伯爵いろいろありがとう。感謝するよ」といって、東の方へ旅立っていった。
相手をしてくれた女性には、わしから金貨5枚を渡し、労をねぎらった。
相手をした女性はとても恐縮しており、私なんかでよかったのかと言っていたので、ジョン殿はとてもよかったと言っていたと言ったら、女性もとても喜んでいた。
その後もジョン・クサツの名前はあちこちで聞いた。南部大公領での大活躍、東部で亜妖精を妻にした話など、吟遊詩人の物語になっているぐらいだった。
あれから何年か月日がたち、クサツ家の話を聞いてはあの時のことを思い出していた。
あるとき、わしの娘を国王に嫁がせるよう大公から命令があった。
大公には娘がおらず、一番近い縁戚のわしの家に白羽の矢を立てたのだろう。
止む得ず、娘を王に差し出した。さからえば、どうなるかわからないし、娘も嫌とは言わなかったからだ。
しかし、あるとき娘が突然孫娘を連れて帰ってきて、ユウシ・クサツ殿に助けられたと話した。びっくりして詳細を聞くと東部が反乱を起こして、危うく殺されそうになった。そして西部まで送ってもらったのだけど、西部大公がユウシ・クサツと敵対したという話を聞いて、わしは大公の屋敷に乗り込み「お前何考えているんだ」と怒鳴りつけた。
普段温厚で、逆らうことにないわしがいきなりやってきて怒鳴りつけたことに大公は目を白黒させていた。
「クサツがどういう者かはわかっているのか。生ける武神、死を呼ぶ悪魔、血を好む虐殺者など多くの二つ名がある者達だぞ。そんな者に敵対するなんて、自殺行為だぞ。悪いことは言わない、すぐに北部大公の元に直接出向いてクサツ殿に跪いて泣いて謝れば許しをもらえるかもしれんぞ」と言ったが、全く聞き耳を持たず、「謝罪の使者は送ってある。条件によっては味方についてもいいと言っているのだぞ。影武者を殺され、わしの部下たちを多数殺害したにもかかわらずこれだけの誠意を示しているのだ。十分すぎるぐらいだ」と言って聞かない。
繰り返し、説得したがしまいには「うるさい、貴様誰に口をきいている。不愉快だ。しばらく謹慎していろ」と言って、部屋から追い出された。
もう駄目だ、この西部も終わりだ、そしてわしもと暗い顔で大公の屋敷から出ていこうとすると、「どうしたのですか」と声をかけてきたものがいた。
わしの妻、ロンジーの兄のフレッシュ子爵だった。
わしは今までのいきさつを話した。私からクサツの話を聞いていた義兄は、青い顔をして「どうしたらいいでしょうか」と聞いてきた。
とりあえず屋敷に帰り考えてみると言って、わしは屋敷に帰り、部屋で考えていた。
すると、家令から客人が来たことを知らされた。
こんな時にと思いながら、客間に行くと10人ほどの顔見知りの貴族がフレッシュ子爵とともにいた。
フレッシュ子爵は「このままだと、我々は皆殺しにされるか、よくて財産没収の上追放です。ここは伯爵の知恵と縁故を頼るしかないと皆で参りました。どうか助けてください」と頭を下げてきた。
自分一人の身の置き場もないのにと思いながらも、泣きすがってくる知り合いたちを拒むことはできずに、何とかしよう、皆も協力してくれと言ってその場は解散した。
とりあえず、ジョン殿とユウシ殿に手紙を書いた。北部大公にもだ。ジョン殿には昔の友誼でユウシ殿との間をとりなしてほしい旨書き、ユウシ殿には昔あなたの父であるジョン殿とあって、友誼を結んだ中であり、あなたに敵対するつもりはかけらほどもない、どのような命令も聞くので助けてほしい旨書き、北部大公にも私とクサツの方々とは過去に友誼の関係を結んだことがあり、敵対の意思はない。どうか慈悲をかけてほしいと手紙を書いた。
しばらくして、西部大公から従軍命令が出た。わしと仲間たちはこれを拒否した。何回か翻意の使者が来たが、すべて拒否したところ、「この戦が終わったら処分する」との通知をもらった。
恐れおののきながら屋敷にこもっていると、西部軍は大敗、戻ってきた大公はすぐに国外に逃亡した。大公に従っていた他の貴族たちも次々と国外に逃亡した。当然わしらを処分なんてしている暇なく、おとがめなしだった。
わしは、わしの仲間達とともに行動を開始した。まず、海外につてがなく逃げる先がなくて残っているものにわしに従うかどうか尋ねて、従うものはわしの配下とした。
西部地域の安定に努め、徹底抗戦を叫ぶ者を除いて何とかまとめ上げた。
ユウシ・クサツが兵を率いてやって来ると、全権を委譲しユウシ殿の手足となって働くことを誓った。
「父上から聞いています。昔お世話になったとか。今回の西部の取りまとめ、ありがとうございました。このままわたしに協力いただきたい」と言って、手を握ってきた。
なんとか命は残りそうだ、本当に良かったと思った瞬間だった。
後はユウシ殿に全面協力、身を粉にして働いた。
そして、賞罰の場面、私は恐怖のあまり震えが止まらなかった。
降爵はやむを得ないとして、それ以外の処分はどうなるのか、仲間たちはどうなるのか、不安が抑えられなかった。
結果、ユウシ殿のおかげで、降爵も何もなく、西部の副総督に任じられるという昇格といえる人事が行われた。
わしは今まで張りつめていた緊張が解けたことで思わず気絶してしまった。
気が付くといつの間にかユウシ殿の妻の話になっていた。この機会を逃す手はないと思い、孫のエリー王女の婚姻を取り付けた。
急いで屋敷に帰り、娘と、孫にこの話をすると、娘はニコニコと、孫は照れたように喜んでいた。
わしはこれであのクサツと縁戚になれると大喜びした。
わしは仲間たちを集めて、無事を祝う宴会を開いた。みな涙を流しながら喜んだ。
なんせ、わしらと仲間、配下となった者以外では、国外に逃げたものを除いてほとんどが財産没収のうえ家族ともども処刑だからだ。
ジョン殿との縁が、我々を助けてくれたのだ。わしはあの時の直感をもたらしてくれた神に感謝の念を送った。
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