ハゲ
幻影の森に到着してから五時間後。
「あ、あった……!」
ユメルはいくらか気持ちの高ぶったような声をあげ、ある一点に向けて駆け寄っていく。彼女の向かう先には、ぼんやりとした光を放つ“三つ葉”があった。それは周囲の草と比べても明らかな存在感を放っており、それが《ピムラ草》であることは想像に難くなかった。
「よかった! 無事見つかりましたね!」
「はい……! アデオルさんのおかげです!」
僕のおかげ。
Sランク冒険者にそこまで持ち上げられる理由はわからなかったが、しかしこれ自体はめでたいこと。
あとはこの《ピムラ草》を持って病院に戻れば、あのミスリアって子も回復するはずだ。
いままで来た道を引き返せばいいだけだし、帰る際はそこまで時間もかからないだろう。道中にいた魔物もあらかた倒してしまったので、それほど危険でもないだろうし。
「さて……。行きましょう、アデオルさん」
薬草をポーチにしまいつつ、ユメルは身を翻す。
「あなたには言うまでもないと思いますが、油断は禁物。比較的安全な道とはいえ、できるだけ早く戻ろうと思います」
「ええ……そうですね」
さすがはSランク冒険者というだけあって、油断することの危険性をわかっているようだな。ベルフレドは少し有利になると気を大きくしてしまうので、それが原因で戦況が覆ることも何度かあった。
だからいまも、念のため周囲に気を張っていたのだが――。
相方がユメルならば、そこまで肩肘を張る必要はなさそうだ。色んな意味で「高嶺の花」のような人だから、今後はもうこんな機会ないだろうけど。
「…………」
そうして魔物を警戒しまくる僕をどう思ったか、ユメルが感心したように言った。
「ふふ、いえ。失礼しました。あなたには無用なアドバイスでしたね」
「いえいえ、とんでもないです。本当にその通りだと思いますし」
「…………」
「……ど、どうしました?」
いきなり黙り込まれてしまったので、僕は思わず慌ててしまう。
「……ユメル、で結構です。敬語なんて使わないで大丈夫ですから、私とは普通にお話しください」
「え……?」
いきなり話題を変えられて、僕は目を白黒させた。
「いやいや、そんな。ユメルさんにため口なんて、さすがに恐れ多いですよ」
「……そ、そうですよね。いきなりため口をお願いされても、困りますよね……」
なんだろう。
事情はよくわからないが、なんだか物凄く残念そうにしているな。さすがに放っておくのも申し訳ないので、ここは勇気を振り絞るべき時だろうか。
「……ユメル」
「あ……」
数々の男たちを撃沈させてきた高嶺の花が、なんと嬉しそうに笑みを浮かべるではないか。
「ありがとうございます。あの、私たち、これでもうトモダチってやつ……ですよね」
「う、うん。そうだね」
トモダチ。
そのぎこちない言い方に違和感はあったし、そもそもSランク冒険者を相手に「友達」などとおこがましいにも程があるが――。
彼女の名前を呼んだとき、ユメルはとても嬉しそうにしていた。
Sランク冒険者、ユメル・ハーウェイ。
大勢の人から畏怖され、そして男性からは“高嶺の花”と思われている女性。
正直に言えば「少しとっつきにくい」という印象がある彼女だけれど、もしかすれば、僕の知らない一面があるのかもしれないな。
そんな印象を抱きながら、僕は彼女とともに森を引き返すのだった。
★
それから一時間ほど歩いただろうか。
「…………ッ」
ふいに怖ぞ気を覚えた僕は、補助魔法の《物理防御》を展開する。
ユメルも同様の気配を感じ取ったのか、僕と同じ方向へ向けて厳しい目線を向けた。
――その瞬間。
音もなく迫り寄ってきた矢が、目にも止まらぬ速度で僕の首筋を打つ。《物理防御》を事前に展開していなければ、いまごろ僕は即死していたに違いない。
トスッ、と。
見えない障壁に完全に勢いを削がれ、矢は乾いた音とともに地面に落下した。
「毒の矢……」
その矢を見て、ユメルも僕と同じことを思ったのだろう。
――いまもなお、ミスリアの生命を蝕んでいる毒魔法。
それと同じかどうかはわからないが、矢の先にはふんだんに毒の液体が塗りたくられているのだ。
間違いない。これは……!
「おやおや、これは驚きだな。まさか我らの矢を弾くとは」
自信に満ちた声とともに、黒いマントを被った男が背後から姿を現した。さらには漆黒の仮面も身に着けており、なんとも怪しげな雰囲気を漂わせている。
「そうか……またきたんだな」
胸のうちでたぎる怒りの炎を懸命に抑えつけながら、僕は精一杯に押し殺した声を男に放つ。
「答えろ! ベルフレドからの差し金か‼」
「ふふ……さあ、どうかね」
しかし男は飄々と肩を竦め、答えをはぐらかすのみ。
ベルフレドから依頼されているのかはわからないが、顧客情報を喋るわけにはいかない……ということか。
「ベル……フレド……? アデオルさん、まさか……」
僕の発言に驚いたのか、ユメルが大きく目を見開く。
「ククク……」
僕たちの反応を楽しんでいるのか、黒マントの男は含み笑いを浮かべた。
「アデオル・ヴィレズン。おまえのことはなんとなく窺っているよ。どれだけ訓練を積んでもレベル1から脱することができない無能。ベルフレド率いるパーティーのお荷物になっていたとな」
「…………」
「そんな無能のことだ。さぞかし、多くの人間に煙たがられていたのではないかね?」
「……っ」
その言葉は――いまの僕に効いた。
僕のせいで、ミスリアが命の危機に瀕している。
僕のせいで、こうしてユメルまでもが面倒事に巻き込まれている。
それもこれも、僕が無能者だからということに端を発しているのだから。
「レベル1……? そんな、アデオルさんが……?」
いまの話にショックをうけたのだろう。
ユメルが信じられないといった表情で、僕と男とを交互に見やっている。
「そして……そこにいる女は、たしかSランク冒険者のユメル・ハーウェイだったか」
僕への態度とは打って変わって、黒マントの男がややかしこまった様子で言う。
「私の目標は最初からその男だけだ。《ピムラ草》さえあれば君の用も済んでいるだろう。とっととここを立ち去りたまえ」
「…………」
「どうした。大事な友を救うためのタイムリミットが、刻一刻と迫っているのではないのか」
「……ふふ、なに勘違いしているのかしら」
ユメルは強気な笑みを浮かべると、鞘から剣を抜き、その切っ先を黒マントの男に差し向けた。
「その“大事な友”なら……私のいま隣にもいるわ。寝言は寝て言いなさい、このハゲ男」
「なっ……! ハゲは関係ないだろうハゲは‼」
男にとって痛恨の一撃だったのか、奴も怒り狂った様子で剣を手に取る。
「よかろう、そこまで言うのならわからせてやる! たとえSランク冒険者がいようとも、貴様らがいま袋のねずみだということをな‼」
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