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Sceneシリーズ

Scene-4

作者: 日下部良介

『やさしさとして、想い出として』のその後の話です。


今日は朝からい天気だ。

窓を開けると、部屋中が春の臭いで溢れだす。

もうすぐ桜の季節だ・・・




 史也(ふみや)は机の引き出しから便箋を取り出した。

こんな日は、あの人に手紙を書いてみよう。


~お元気ですか・・・


ペンを握って文字を綴りはじめると、懐かしい想い出が昨日のことのように甦ってくる。


 キッチンからは、軽快にまな板を叩く包丁の音が聞こえてくる。

「この音はキャベツの千切りだな・・・」


 懐かしい思い出をたどり、ペンを走らせる。

里中史也(さとなかふみや)は新聞社に勤務しながら小説家としても活躍している。

手紙の相手は、史也にそんな夢を持たせてくれた初恋の相手だった。

 手紙を書き終えようかという頃に史也の腹の虫が泣き出した。

ほんのりとした油の香りとともに、“ジュー”と言う音が空腹のお腹を刺激する。

 封筒に住所と宛名を書いて切手を貼る。

「ちょっと手紙を出してくるよ」

キッチンにいる妻にそう告げると、玄関の扉を開けた。

揚げたてのカツをトングで掴み上げたまま顔を出した妻が史也に声をかけた。

「里中~っ! もうメシの支度が出来るんだぞ! 寄り道しないで早く戻ってこいよ」

「わかったよ」

そう答えて、玄関のドアを閉めた。


 まったく、香奈(かな)ときたら、結婚してまで人のことを里中と呼ぶ。

里中香奈(さとなかかな)・・・旧姓は佐々岡。

香奈は大学時代に史也と同じサークルで部長をしていて史也より1級上だった。

結婚してから既に15年になろうとしているのに、香奈は当時と全く変わらない。

おかげで史也子供からもサトナカと呼ばれている。

 手紙をポストに投げ込むと、史也は春の空気を思いっきり吸い込んで、来た道を引き返した。


 部屋に戻ると、香奈が出来た料理を並べていた。

「おう! お帰り。 早かったな。相手はまた白衣の天使か?」

「まあね・・・」

「相変わらず、仲がいいな」

香奈は僕の妻であり、僕と彼女の良き理解者でもある。

「相変わらず、仲がいいな」

香奈のうしろから娘の真弓(まゆみ)が可愛らしいエプロン姿で顔を出す。

「おう、真弓も手伝ったのか?」

「そうだよ。サトナカ」

真弓・・・ 僕の初恋の人の名前・・・



 香奈が妊娠した時に言った。

「子供が生まれて女の子だったら私が名前を決めるからな」

生まれた子は女の子だった。

「どんな名前にするんだい?」

「決まってるじゃないか! マユミ・・・ 真弓だよ」

「冗談だろ?」

「大真面目だよ!」



 そんな話を真弓にしたことがある。

「香奈さんらしいわね。里中君、しっかり真弓ちゃんを育てるのよ」

まるで、他人事のように真弓は笑っていた。



 心地よい風が窓から吹き込んでくる。

どこから運んできたのか、桜の花びらが一枚迷いこんで来た。

「もう桜の季節だな。 この子も小学生になるし、しっかり稼いでくれよ。里中先生!」

「そうだぞ。しっかり稼いでくれよ。サトナカ!」

そんな二人を見比べて、史也は顔をほころばせた。


 名前は真弓だけど、真弓は何から何まで香奈にそっくりだ。

白衣は着ていないけど、小さな天使のために頑張ろう。

史也は心の中でそう思った。



 真弓の入学式の日、満開の桜の下、小学校の校門の前でお決まりの記念写真を撮った。

史也は三脚にカメラを固定し、セルフタイマーをセットして香奈と真弓の隣へ走った。

「はい、チーズ」

暖かな春の日差しがとても心地よかった。



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― 新着の感想 ―
[一言]  こんにちは、coachです。  春のふうわりとした温かさと家族のほわほわした温もりが良く伝わってくる佳品だと思います。冬の寒さにどんよりとしていた心が思わず軽くなりました。  香奈さん素敵…
[一言] 素敵なお話でした。 私も娘が居ますが、一応私のことは「おとうさん」と読んでくれます。ハラハラ。 連載の外伝的な本作Sceneということですので、やはり連載の方も読んでみたくなる、そんな雰囲…
[良い点] 気持ちがホンワカしてきます。素敵な夫婦に可愛い娘。いいですねえ。やはり、続きはこうでなくては。
2009/12/05 17:04 退会済み
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