初戦の章 おじじは猟師の巻
光と共に現れたのは古びた猟銃。でも、アタシはこれを見たことがある。
おじじはアタシが二歳になる前に亡くなった。だからアタシのおじじの思い出は写真の中でも偏屈そうな表情を浮かべる姿。
おじじの猟銃はおじじが亡くなってすぐ警察に回収され、現物は当然ながら残っていない。家に猟師がいなくなったためだと聞いたことがある。写真に写るおじじが猟銃片手に四匹の猟犬を引き連れて山にもぐろうとしている背中が妙に印象深かった。
…そうだ。その写真のおじじがかついでいた猟銃。
それが今、アタシの手にある。
まるでずっとそうしていたかのように扱いなれてないはずの、銃をぶっぱなす。
轟音が響く。油断しているイノシシ野郎の眉間に銃弾がめり込むのがわかった。
「やった!!」
ウサ子が歓声をあげる。たしかにきれいに目と鼻の部分にはいった。
でも、こいつは普通のイノシシじゃない。断言できる、今の一発じゃ絶対死なない。
ピョンピョン跳ねるウサ子の手を取り距離をとる。
―グォオオオオオオ!!!―
イノシシ野郎の雄叫びが山に木霊する。やっぱそうだよねえ…。
「怒ってる…!どうしよう…どうしたら」
「大丈夫」
「え…?」
今にもとびかかってきそうな奴を前に不安を口にするウサ子の手をしっかり握る。
そう、大丈夫。何故なら…
「もう手はうってあるから」
奴はすでにアタシの、おじじの技術で負けることが確定してるのだ。
地面を揺するほどの疾走。まっすぐアタシたちの方へ突進してくる。やっぱ、魔物とはいえイノシシはイノシシ。その突進は危険極まりないものかもしれないが、思惑通りの行動だ。
迫りくる巨体。アタシたちとの距離が100mをきった瞬間、巨体は態勢を大きくずらした。
物凄い音とともに倒れこんだイノシシ野郎をめがけて、アタシはもう一度イノシシに猟銃を向ける。
「おじじ、アタシを助けてくれてありがとう…」
生きていた頃のおじじをアタシは覚えていないけれど、おじじは確かにアタシを、家族を愛してくれていた。だからこそ今アタシはこの局面で生きている。おじじが守ってくれたから。
ありがとう、おじじ…。
止めの一発を最後に、魔物は動かなくなった。
「ありがとう。逆に私が助けられちゃったわね」
動かなくなったイノシシをみて一安心したのか、ウサ子が声をかけてきた。何をいうのか。助け、守ろうとしてくれたのは彼女の方なのに。大体アレを倒したのはおじじ、おじじのスキルだ。
なんとなくオタク脳的にはもうわかっている。
今までスキルがどうたら言ってた声とか、次女・三男・曾祖父のくだり。
そう、おそらく…
「こいつ急に倒れこんだわね…。さっきの貴方の攻撃が効いたのかしら…」
「それもあるけど、それだけじゃないよ」
「え…?」
「そいつの足元、見てみ」
「?…、あっ」
アタシの言葉に従ってイノシシの足を見たであろうウサ子が声を上げる。
「足を何かが挟んでる…これって、罠…??」
「そう。おじじ、アタシのスキルの元になってる人は猟師さん。銃をつかった狩りもしてたけど、一番利用してたのはこういった罠だったの。
いやー、便利だねスキルって。
ホントならちゃんと生き物の特性を考えて罠を設置するものなのに、設置場所を目視したらできちゃうなんてさ」
これがアタシのうっていた手。トラップだ。
きれいに右前足を挟んだ罠。よく漫画とかで見るタイプの鉄製のものだが、あのイノシシの巨体に合わせて大分デカい。
獲物によって大きさも変幻自在かぁ。超便利じゃん。
「よくわかんないけどボアボアも倒せたし、一安心ね。貴方どうせ迷子でしょう?麓の村の出身かしら。送ってあげるから教えて頂戴」
ヤバいなこの子。どこまでも優しいじゃん。
「あー…。その、大変言いづらいのですが…」
「…もしかして、家ないの?」
「いや、その…えっと…」
どうしよう。せっかく異世界で出会えた優しいウサ子ちゃんの心配そうな視線にうっかり口が滑りそうだが、しかし待て。異世界から来ましたーなんて馬鹿正直に言って大丈夫なものだろうか?
下手したら不審者扱いされないかな??数々の異世界転生・転移ものを読み漁ってきたが、みんな結構誰かしらにカミングアウトはしていた。
でも、このウサ子ちゃんにもそれらと同じ扱いをしてもらえる確約はない。
どうしよう…。言っちゃう??はっきり言っとく?異世界の山からこの山に迷いこんだって。
…遭難してた経緯をしゃべったら呆れられそう。やだぁ…、こんなかわいい子に冷たい視線浴びせられたら寝込む自信しかない。
でも、しかし。命の危険を冒してまで助けようとしてくれたこの子に嘘はなんだか不義理な気がしているのもまた事実。よく一番上のお姉にも「義理と筋は通せ」なんて言われてたっけ。
…よし。
「あのね?アタシ、実はこの世界とは別の世界から来たの…」
「あぁ、異界人なのね。じゃあ帰る家はこの世界にはないってことね」
あっれ~????軽くない?反応がめっちゃ軽いよウサ子さんよぅ…。でも把握。
あれだ。異世界人とか珍しくないんだ、この世界。よかった~…。
「じゃあ私の住んでる集落にいらっしゃい。ここにいるより落ち着けるでしょうし、異界から飛ばされてきたばかりなら知らないことも多いでしょ!」
「え…いいの?」
「ここまで来たら最後まで面倒みてあげるわ!さっき助けてくれたお礼もしたいし。私たち”ルナ族”は受けた恩に報いるの!」
は~~~…?尊い。お姉が好きそうなキャラだわ、この子。
アタシたち人間の子供くらいの身長で精一杯背伸びして胸張ってはるぅ…。かっわいい…。
んで、ウサ子の種族は”ルナ族”って言うんか…。そこもかわいいな。好き。
「じゃあ、お世話になります。アタシ絹穂、キヌホ・ヤマグチ。よろしくね」
「キヌホね!私はフィムよ。フィム・ポルチース、フィムって呼んで」
名前もかわいいね、お嬢さん。
優しいウサギさんもとい、フィムはまたアタシの手をとって歩き出した。
異世界にやってきてわずか数時間のうちに山で遭難するは、現地民のウサギさんと出会うは、でっかいイノシシと遭遇するは、おじじの銃で応戦するはで…いや~、濃い。
時間の配分が濃厚すぎやせんかね。
アタシこんなんで元の世界に無事帰れるんかねぇ…。
一抹の不安を抱えながらフィムに導かれるまま山の奥に進んでいく。
いざ!ウサギさんの集落へ!!!