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きらら登場

 事務所の裏口を少し開けて中を確認すると、事務所には誰もいなかった。よし、ここから中へ入ろう。俺は大きな音を立てないよう事務所の中へ入る。きっと俺の帰りが遅いせいで轟は怒っているに違いない。でも、買えなかったはずのカスタードクリーム入りメロンパンを轟に差し出せばきっと機嫌を直してくれるはずだ。うん、きっとそうだ。俺は息を大きく吸い込むと、事務所からフロントへ顔を出した。

「轟さん。今、戻りま――……え?」

 フロントには轟はいなかった。轟だけじゃない。本多も百瀬もいなくて、なぜかこの場所に相応しくない小学生の女の子がフロントに立っていた。

 外見からするに九歳くらいだ。ピンク色の靴を履いて、ピンク色のランドセルを背負って、ピンク色のボンボンがついたヘアゴムで髪を二つ結びにしている女の子だ。この子はピンク色が好きなんだなぁと一目でわかった。

 いや、そうじゃなくて。俺は俺にツッコむ。どうして小学生がここにいるの⁉ まさか従業員の誰かの子供とか⁉ いや、それはないだろう。俺は冷静になる。だって百瀬の子だったら百瀬は十代で出産していることになるし、轟の子にしては顔が可愛すぎる。本多は――まず、結婚してないだろう。いや、できないだろう。絶対に口には出せないような失礼なことを頭の中で考えていると、女の子が俺に気付いて目が合った。

「え、う、あ……」

 どう声を掛ければいいのか分からず一人慌てる。すると女の子は俺を見てすぐにコイツは遊び相手にならないと察したのか、ぷいと顔を逸らした。

 マジでどうすればいいの⁉

 女の子はどこからか踏み台を持って来たかと思えば、フロントカウンターの前に置いた。踏み台に乗るとフロントの隅にあるアダルトグッズの見本をむんずと手に取り観察しだす。

 ちょっ、ちょっと待ったー‼

 あまりもの光景に目を奪われていると、女の子は極太バイブのスイッチを入れる。うぃんうぃんと動くバイブ。女の子はそれをただただ見つめている。

 何この光景―‼

「この動きはヘビをイメージしているのかしら? いや、でも形からしてナマコのようにも見える……」

 大人びた顔をしてぶつぶつ独り言を言い始める。

 だ、誰か助けて~~~~‼

「きららさんっ、お越しになられてたんですね」

 本多、轟、百瀬が慌ただしくエレベーターを降りるとフロントカウンターに駆け寄る。

「えっと……きららさん、どうしてそんなのを持っているんです?」

 引きつった顔をした百瀬が、女の子――きららが持っている極太バイブを見つめる。

 百瀬の引きつった顔を見て、これは遊んではいけないものだと理解したのだろう。きららは暫く黙り込んだ後、

「……あのお兄ちゃんがこれを使って遊んで見せてって言ったから」

 さらりと嘘を吐き、俺を指差した。

 俺を軽蔑する百瀬の顔。冷ややかな目で俺を見る轟。俺の顔を一切見ないでどこかに電話をかけようとする本多。

「ご、誤解ですから! ていうか、どうして小学生がここにいるんですか? ここはラブホテぶっ⁉」

 轟に口を塞がれた。

「そういえば大和、お前チョコレート買って来たんだよな? きららさん、ティータイムにしましょうか」

 轟は精一杯の笑顔できららに笑いかけるが、俺から見ると不気味すぎる。


 事務所で本多はきららのために紅茶を淹れていた。その隣では、俺が買って来たカスタードクリーム入りメロンパンを小動物のように頬張るきらら。俺と轟と百瀬はきららの動向を気にしつつ話す。

「え⁉ きららちゃんがオーナーのご令嬢なんですか⁉」

「きらら〝ちゃん〟じゃなくて、きらら〝さん〟な。子供だけどオーナーのご令嬢なんだから」

 轟が釘をさす。

「大和くん。きららさんはここをラブホテルじゃなくてテーマパークだと思っているのよ。子供から見たら外観がお城だし、ラブホテルだなんて知らないはずだしね。きららさんはたまに視察という言葉を使ってここへ遊びに来るの」

 百瀬は続ける。

「だから絶対にここがラブホテルだということをきららさんに知られてはダメ。今日ここはテーマパークだということを頭に叩き込んで働いてちょうだい」

「じゃあフロントにあったアダルトグッズは何なんですか。危うく俺は警察に連行されるところだったんですよ」

「あれは単純に片付けるのを忘れただけ」

 てへ、と舌を出して笑う百瀬。やばい、殴りたい。

「でもテーマパークって言ったって外観がお城なだけで中は普通のホテルですよね? 一体どこがテーマパークなんですか」

「それはこれから案内するさ」

 轟はニッとニヒルに笑うと、きららに言った。

「夢と希望と愛のテーマパークへようこそ。今日は思い出をたくさん作りましょう!」

 うわぁ。轟の口から夢と希望と愛だなんて言葉を聞く日が来るなんて……。どう見ても暴力と酒と煙草が似合う面をしているのに。


 皆でエレベーターに乗り込み、目的の階に着くと本多が先導して歩いた。

「それでは、まずはこちらをお楽しみください」

 ルームキーをかざしドアを開けると、きららの顔が輝いた。

「メリーゴーラウンドだぁ」

 その部屋には、メリーゴーラウンドがあった。電源を入れると音楽が鳴り、四頭の馬が七色に光り回りだす。

「へぇ。こんな部屋があったんですね」

「いつもは客室として使っているんだけど今回はきららさん専用にしたわ」

「きららさん専用って?」

 不思議に思い止まったメリーゴーラウンドに近付く。馬は可愛い顔をしていた。もしかして顔を替えたのかな? と思い馬に跨ろうとした時だ。違和感に気付いた。馬に跨った時、お尻が当たる部分に何やら突起物があったであろう痕跡が馬の背中にあった。まるで、突起物を取り外し、穴を塞ぎ、メリーゴーラウンド本来の馬に作り直したかのようだった。

 あー、これは……。察する俺。そんなことも知らず、きららは馬に跨ると、きゃっきゃっとはしゃぎながら遊んでいる。無垢なきららを目の当たりにして心が痛んだ。汚れた大人でごめんなさい。

 次に案内された部屋はミラーハウスのように部屋全体に鏡がはりめぐらしてあった。上下左右に皆の姿が映っている。

「鏡の迷路!」

 きららは興奮して一人で走り出す。

「きららさん、走ったら危ないですよ!」

「ミラーハウスの部屋は初めて見るな」

「こんなこともあろうかと新しく造っておいたんだよ」

「ちょっと皆さん待ってください……うわっ」

 慣れない鏡張りの部屋に翻弄されて鏡にぶつかる俺。地味に痛いんだけど。ちょっと泣きそうになった。

「ったく、大和は鈍臭いな。先に行ってるから、お前はゆっくり来い」

 姿は見えないが轟の声が聞こえてきた。どうやら皆はだいぶ先に進んでいるようだ。俺はその場に座り込む。めまいがして気分が悪くなってきた。

「うっ、酔った」

 楽な姿勢をとるため鏡の壁に寄りかかる。すると、俺の体重で鏡の壁がぐるんと回転し、俺は壁の裏側へと誘われた。

忍者屋敷かよ⁉ いやいや、突っ込んでいる場合じゃない。俺は冷静になる。

「誰かーー! おーーーい!」

 ……助けを呼ぶが応答はない。壁を叩いてもびくともせず、鏡の部屋にも戻れそうになかった。

 俺は閉じ込められた部屋をぐるりと見回す。六畳ほどの小さな部屋だった。そこに机と椅子、本棚が置かれてあった。そして、机の上には散らかった原稿用紙。原稿用紙を手に取ると書かれた内容を読む。



 翔子は急病で早退した花岡の代わりに、仕上げなければならない資料を作っていた。もうとっくに就業時間は過ぎている。

「終電に間に合えばいいんだけど」

 ぽつりと翔子は呟く。

「お前、まだ残っていたのか」

「あ……センパ――大嶺課長」

 大嶺は翔子の高校時代の先輩で元カレである。まさか本社から配属された新しい課長が元カレの大嶺だったとは翔子にとって予想外であった。

「なんだ、資料作りか?」

 大嶺は翔子のパソコンを覗き込んだ。

「……はい」

 翔子の隣で大嶺はネクタイを緩めた。大嶺の匂いがする。その匂いに思わず頭がクラクラした。

 駄目だ、しっかりしなきゃ。

「私、飲み物を買ってきます」

 大嶺から逃げようと席を離れる翔子。すると、大嶺は後ろから翔子を抱き寄せた。

「ちょっと先輩⁉ やめてください」

 大嶺の腕を振りほどこうとするが、翔子の力ではびくともしない。大嶺にとって翔子の抵抗は猫がじゃれてくるのと一緒だった。大嶺は翔子のブラウスのボタンを一つずつ丁寧に外していく。

「駄目、嫌だ……」

「嫌じゃないだろ? 発情したメスの顔をしていたくせに」

 ブラウスがはだけ翔子のブラジャーが露わになる。大嶺はブラジャー越しに翔子の敏感な乳頭を弾いた――……。



 そこで俺ははっと我に返る。つい気になって読み進んだけど、これってエッチな小説じゃん!

 真っ先に百瀬の顔が頭に浮かんだ。まさか百瀬がこんな秘密の部屋を造って執筆していたなんて……。

 本棚には『簡単SM入門』『人妻は愛を吐く』『愛縛~私の彼は身も心も縛り付ける~』と怪しいタイトルの本がずらりと並んである。

 後で必ず百瀬に撤去してもらおう。俺は軽く本棚を叩いた。すると、

ガコン!

 いきなり床が開いたかと思えば俺は真下へと落下した。

「うわぁぁぁ」

 照明がない暗い空間を急スピードで、時には一回転しながら滑り落ちていく。時間にして一分ほど滑っていると正面に光が見えた。光が俺を包み込む――ドボンっ!

 気付けば俺はプールの中だった。

 プールにはピンクのワンピース水着姿のきららがアヒルの浮き輪を使ってぷかぷかと浮いている。ここのホテルはプールがある部屋まであるのか……。

「大和くん⁉ 今までどこに行ってたの」

 突然天井から降ってきた俺に驚く本多。

「忍者屋敷へ迷い込み、ジェットコースターに乗せられました……」

「何言ってんだ、お前。あー……制服がびしょ濡れじゃねぇか」

 呆れる轟。

「しょうがない子ねぇ」

 百瀬がタオルを取りに部屋を出ていく。

「本多さん、制服の予備あったっけ?」

「ロッカーに入っていたかなぁ。あ、轟くん。ロッカーは鍵がかかっているから僕も一緒に行くよ」

 三人が部屋を出て行き、俺ときららだけが残される。

 きららと目が合った。あどけない顔をしているが利発そうで、ふいに大人びた表情をするきららが、ちょっと怖くもある。

「あ、すみません。すぐに出ますので」

 プールで遊んでいるきららに邪魔したことを詫び、慌ててプールから上がろうとする。

「せっかくだからお兄ちゃんもゆっくりしなよ?」

 俺はきららの言葉に甘え、大の字になってプールに浮かんでいると、きららが近寄ってきた。

「お兄ちゃんは初めて見る顔だけど新人さん?」

「はい、そうです。大港大和と申します」

「仕事って楽しい?」

「楽しいかって言われるとどうかな……」

 子供の純粋な質問の返答に困ってしまう。

「パパは仕事ばっかしで全然きららと遊んでくれないの」

 ぷくぅと膨れるきらら。

「パパはいくつものホテルのオーナーをしていて忙しいんだって。特に力を入れているのがここのホテルみたい」

「ん?」

 今この子何て言った?

「えっと、きららさん? ここはテーマパークですよ」

「お兄ちゃん自分が働いているホテルのことも知らないの? ここってラブホテルでしょ?」

「あ、あ~! ラブリーなホテルってことですね」

「お兄ちゃん、馬鹿なの? ここは男の人と女の人が裸で――」

「うわぁ、わかってますから! これ以上何も言わないで下さいっ」

 必死になってきららの口を塞ぐ。

「えっと、きららさん⁉ きららさんはここをテーマパークだと勘違いしているって情報があるんですけど」

「うん。表向きはね。でも本当はラブホテルってこと知っているよ。知らないふりしているけど」

「何のために⁉」

「きららの一挙一動であたふたする大人達を見るのが楽しいから。このホテルの人達は毎回きららを楽しませてくれるから好き。特にお兄ちゃんは百面相していて面白いから一番好き」

 にっこりと屈託なく笑うきらら。悪魔じゃ……この子は子供の皮を被った悪魔である。

「大和くんっタオル持って来たよ~」

 百瀬が戻ってきた。

「お兄ちゃん」

 きららが俺の腕を引っ張ると耳元で言う。

「今の話はお兄ちゃんときららの秘密だからね。誰かに言ったら……わかっているよね?」

「ひぃっ」

 ビビる俺。身体ががくがくと震え、止まらない。

「ほら、いつまでもプールに入っているから唇が青紫色になっているじゃない」

 俺は百瀬に引っ張り上げられた。




「疲れたわ……」

「今回もなんとか誤魔化せたね」

「終始笑顔を作ってたから表情筋が痛いぜ」

「コドモコワイ……」

 きららが帰り、ぐったりとする俺達。特に俺のダメージは半端なかった。

「あ、そうだ。百瀬さん、いくらなんでもあの部屋はどうかと思うんですけど」

 俺はさっき迷い込んだ執筆部屋について百瀬に言及する。

「え? 何のこと?」

「とぼけないで下さいよ。官能小――」

「しかし大和くん。買い出しから戻ってきたら、きららさんがいてびっくりしたでしょ?」

 本多が話に割り込んできた。

「えぇ、まぁ。最初はスタッフの誰かの子供かと思いましたからね」

 あははと笑う俺。釣られて笑う本多。

「まぁ僕の娘もきららさんと同じ年齢だけどね」

「え?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 僕、結婚していて子供もいるんだよ」

 本多さんでも結婚できるの⁉ 衝撃のあまり、開いた口が塞がらない。

「なんだ大和、知らなかったのか?」

「娘さんがいるからか動物の絵を描くの上手よね」

「いやぁー、照れるなぁ」

 頭を掻く本多。

 そこで俺は魔法使いの恰好をしたウサギの絵を思い出す。

「まさかアダルトグッズのポップの絵を描いたのって本多さんですか⁉」

「そうだよ! あれは最高傑作だったなぁ」

 てっきり描いたのは百瀬かと思っていたのに……。

 人は見かけによらないと痛感した俺なのであった。


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