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ホテルスタッフ影井さん①

 俺、大港大和は高校卒業間近にも関わらず就職先が決まっていないところをホテルの副支配人である本多に声を掛けられ、ホテルに就職することになった。

 しかし、そのホテルというのがカップルの愛を深めるラブホテルだったのである。ラブホテルでさえ癖が強いというのに、スイッチが入ると卑猥な妄想を口にする官能小説家志望の百瀬。ヤクザかと間違えるほどの強面、轟。そして俺の人生を救ってくれて俺の人生を地の底に突き落とした本多。

 そんな悪い意味で個性豊かな人達と一緒にやっていけるのか不安を抱えるまま俺は今日も働くのであった。


「こちらがお部屋の鍵でございます。それでは、ごゆっくりお過ごしください」

 客にルームキーを渡しエレベーターに乗るのを見送ると俺は一息ついた。

「フロントの仕事、慣れてきたな」

 俺の隣で仕事ぶりを見ていた轟が声を掛ける。

「いえ。俺なんかまだまだです」

 謙遜するが、褒められるのは素直に嬉しい。

「この調子で頑張れよ。まぁ、ちいとばかし肩の力を抜いた方がいいかもな」

 そう言うと轟はジャケットの胸ポケットから煙草を取り出すと、ライターで火を点けるではないか。

「ちょ、轟さん⁉ 館内だし仕事中だしお客さんに見られたらクレームの元だし!」

 とりあえずツッコミどころ満載なんですけど。

「息抜きも大事だぞ大和。これは先輩からのアドバイスだ」

「そんなアドバイスは要りません!」

 こんな風にツッコミが絶えない毎日を送っている。一人くらいまともなスタッフはいないのだろうか。

「轟さん達の他にスタッフっていないんですか?」

「あぁ、他にもスタッフいるぞ。だけどお前は会えないかもな」

「え? それってどういう……」

「何何? 二人で何の話しているの?」

 百瀬がフロント裏にある事務所から顔を出す。

「影井さんの話」

 意味深そうに答える轟。

「あぁー、影井さんかぁ」

 何か納得するかのように百瀬が頷く。

「その影井さんっていつ出勤されるんですか?」

「毎日出勤しているわよ」

「毎日? もしかして夜勤とかですか?」

 もし影井さんという人が夜勤専属だったとしたら、昼勤しかまだしたことがない俺が顔を合わせていないのも納得である。

「いや、今働いてるぞ」

「え⁉ どこにいるんですか⁉」

 辺りを見回すが影井らしきスタッフはどこにもいない。

「大和くん。影井さんはね、ものすっごくシャイなのよ」

「は?」

「だから人と顔を合わさないように部屋の清掃の仕事をしているわ。ていうかここで働いて三年経つけど、影井さんの顔も見たことなければ声も聞いたことないわ」

「三年働いてて一度も⁉」

「俺も働いて五年経つけど顔も声も知らねぇな」

 そう言うと轟は煙草の煙を吐き出した。

 何だそれ……。そんな人いるのだろうか。いや、実際ここのホテルにいるのだ。

「そういえば忘年会には参加していたわね」

「忘年会に参加していたのに姿を見てないんですか⁉」

「何か気配があるなぁって思って見たら一瞬人影が見えるのよ。それが影井さん」

「ビールグラスも気付いたらカラになっているし、ちゃんとそこにいるんだけど誰も実体を見てないんだよな」

 それ、何だか怖いんだけど。

「そうだわ、確か本多さんが忘年会で撮った写真を持ってなかったっけ?」

「僕がどうしたの?」

 丁度、休憩から本多が戻ってきた。小太りで丸眼鏡を掛け、鼻の下に髭を生やして一見、人の好さそうなマスコットキャラクターのような外見をしている本多だが、言葉巧みに純情な高校生だった俺を騙し、ラブホテルで働かせた張本人なのだ。

「本多さん、忘年会で撮った写真持ってますか?」

「持っているよ。確か事務所の机の中に仕舞っていたかな」

 本多は事務所の机を漁ると、一枚の写真を持って来た。

「ほら、これが忘年会の写真」

 俺と百瀬、轟が同時に写真を覗き込む。

「これは……!」

 ビールやつまみが並んだ机を前に、座敷に座っている本多と百瀬と轟。そしてカメラを避けるように影井と思われる人影がピンボケして写っていた。

「さすが影井さん。顔がわからないわね」

「本人も嫌がるだろうし影井さんのことはこれ以上詮索しない方がいいぞ」

 轟はそう言うが、人というものは何かを隠すものほど見たがりたいものである。

「本多さんは影井さんの顔を見たことあるんですか?」

「あるんだけど思い出せないんだよねぇ。思い出そうとすると頭痛がするんだよ」

「何それ⁉」

 そこで、客が来館してきた。

「さっ、話はおしまいにして仕事に戻るよ」

 本多と百瀬は事務所へ入り、引き続き俺と轟がフロント業務をする。

「いらっしゃいま……ぶほっ」

 俺は思わず吹いてしまった。なぜなら来館してきた女は胸元の開いた服を着ていて、これでもかと言わんばかりにビッグバストを見せつけていたからだ。

「んふ。すいません、二時間の休憩コースでお願いしますぅ」

 わざとなのか女は腰をくねらし前屈みになると、ビッグバストを強調させながら上目遣いで俺に話しかけてくる。

 俺がフリーズしていると轟が手早く会計を済ませ女にルームキーを渡した。

「フロントが俺達でよかったな。百瀬がいたら変なことを口走っていたぞ」



 その頃。事務所では。

「女はある性癖の持ち主だった。そう、それは露出であった。自慢の大きな胸を男たちに見せつけて、ねっとりと欲望に満ちた視線を浴びるとぞくぞくとした快感を得るのである。」

「桃華くん⁉ ちょっと戻ってきて桃華くん!」

 事務所でフロントが映し出されたモニターを見ていた百瀬が妄想タイムに入っていた。


 ~場面はフロントへと戻る~

「それよりさっきの客の胸見たか? かなり大きかったな。久しぶりにいいもん見たぜ。なっ大和! ……大和?」

 返事をしない俺を怪訝そうに轟が覗き込んだ。

 ポタっと鮮血が大理石調のカウンターを汚す。

「轟さん、どうしましょう。鼻血が止まりません」

「おいっ大丈夫か⁉」

 轟が必死に呼びかける。が、俺の意識はだんだんと遠くなり、目の前が真っ暗になった。


 目を覚ますと俺は休憩室のソファーに寝かされていた。

 小声で話している声が聞こえてくる。

「はぁ~、大和くんが女体に弱いとは思わなかったわ」

「女の胸だけで鼻血を吹き出すとは俺も予想外だったぜ」

「大和くん、ここがラブホテルだと知った時に働くのを嫌がっていたけど、そういうことだったんだね」

 何だろう、この憐れむような雰囲気は。起きるに起きられない空気である。

 すると、三人は声を合わせて言った。

「まさか童貞だったとは」

「人が寝ている横で変なこと言わないでくださいっ!」

 俺は声を荒げながら飛び起きた。

「あ。おはよう大和くん」

「鼻血止まっているな」

「でもまだ顔色が悪いんじゃないかしら」

 さっきまでの話はなかったかのように振舞うではないか。

「そうだねぇ。まだ休んでいた方が良いかもね。ソファーじゃゆっくりできないだろうし、空いている客室を使っていいから休んできなよ」

 本多はルームキーを俺に渡す。

「えっ、でも……」

「仕事は私たちに任せて大丈夫だから」

「さぁ行った行った」

 轟は野良犬を追い払うかのようにシッシッと手で追い払う。

「それではお言葉に甘えて……」

 俺はルームキーを受け取った。


 

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