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小説スランプ百瀬さん②

 女性は40代くらいでニットのセーターに高そうなコートを羽織っている。上品な出で立ちをしているというのに、

「出てきなさいよ! オラァ! ビビってるのかぁ!? 粗チン野郎! 腐れビッチとあの世に送ってやるよ!」

 目は血走り、見た目にそぐわない下品な言葉を連発している。

「お、お、お客様!? 一体どうされましたか!?」

 本多が慌てて女性に駆け寄ると、女性は本多の胸ぐらを掴んだ。

「私の主人と不倫相手がここに入っていくのを見たんだから! 主人を呼んでちょうだいっ」

 物凄い剣幕で本多に突っかかる。

「え? ご主人が、その……奥様ではない女性と?」

「そうよ。最近主人の様子がおかしいと思って尾行してたら、ここに入って行くのを目撃して。もう40分も経過しているのよ! これは絶対に黒よ!」

「轟さん、40分ってどういう意味ですか?」

 俺は轟に耳打ちする。

「ホテルに入っていく所を目撃しただけじゃ不貞を働いた証拠にならないそうだ。なんでも、()()()()()なら40分以上は滞在しているだろう、という見解らしい」

「40分以上経ったから旦那は不倫相手とズッコンバッコンしているに違いないと言いたいわけね」

 うんうん、と頷く百瀬。何とも下品な解釈だ。

「早くウチの主人を出してちょうだい。客室に電話があるでしょう?」

「そう申し上げられてもお客様のプライバシーが……」

 胸ぐらを掴まれたままでいる本多。だんだんと顔色が青紫色になっていく。

 現在、レッドハイルには二組のお客様が滞在している。そのお客様がいる客室に“奥様がお見えになられてます”だなんて連絡できるはずがない。だけれど、奥様の怒りは止まらない。このままでは自ら客室に怒鳴り込む勢いだ。

「奥様。心中お察し致します」

 百瀬が一歩前に出た。百瀬が履いているピンヒールがコツリと音を立てる。

「ご主人が不倫されていると知った時は悲しさや悔しさ、怒り、やるせなさ……色んな感情を抱いたことでしょう」

 背筋を伸ばし、堂々とした振る舞いの百瀬は、とても格好よくみえた。

「だけど奥様……大変申し上げにくいのですが、奥様にも原因があるのではないかと」

「何ですって……?」

 奥様の血走った目が、百瀬を捉える。

 奥様の標的が百瀬へと移った瞬間だった。

 奥様が本多を解放する。本多の顔色が青紫色からどんどん血が通った色に戻っていき、俺はホッとする。しかし、安心するのはまだ早い。俺は百瀬と奥様を見つめる。

「奥様。最近ご主人と()()だったんじゃありませんか?」

「な、何を」

 図星なのか、奥様の顔に動揺の色がみえた。

「きっとご主人は奥様とマンネリになってしまって、新しい刺激を求め、結果不倫してしまったのではないでしょうか」

 百瀬の言葉にわなわなと震える奥様。あんなに怒り心頭していたというのに、床に座り込むと、わっと泣き始めた。

「私が悪いって言いたいの? 私は主人を20年以上も支え続けてきたというのに、こんな仕打ち酷すぎるわ。確かに、最近レスだったわ。だから下着だってスケスケセクシーランジェリーを買ったというのに、あの人は興味を示さないんだもの!」

 すると、百瀬は奥様の肩に優しく手を置く。

「奥様が新たな扉を開けばいいのです」

 百瀬の表情は菩薩のように慈愛に満ちていた。そして、百瀬は続ける。

「私が協力しましょう」

 百瀬は奥様をどこかへ連れて行き、それから数十分後……。

「お待たせ〜」

 何やら楽しげな百瀬の声がして、俺は振り返った。

「百瀬さん。一体何をして――――ぶはっ!!」

 俺は盛大に吹く。

 そこには、SM女王様の格好をした奥様がいたからだ。

「百瀬。それはやりすぎだ」

 珍しく轟が百瀬を嗜める。

「俺は歳上に興味がないのに、こんなんじゃ()()()()しまうじゃねぇか」

「そこですかっ!?」

 叫ぶ俺をよそに百瀬と轟は固い握手を交わす。

「従業員が大変失礼致しました。奥様も早く着替えて下さい」

 俺は頭を下げる。しかし、奥様は首を横に振る。

「私には思い切りが足りなかったのよ。スケスケセクシーランジェリーだなんて子供騙し。これくらいしなきゃ主人を魅了出来ないのよ!」

 奥様は新たな扉を開いてしまったのか、持っていたムチで床を叩く。パァァァァンと良い音が響いた。

「あわわ……本多さん何とかして下さいよ」

 しかし本多は、

「ふぅむ。SM女王様か……だけど看護師も捨てがたい……」

 何やら一人ブツブツと喋っている。

 あぁもう、どうしよう。どうして俺の周りにはツッコミ役がいないのだろうか。

 と、その時。チーン、とエレベーターが一階のフロントに着いた音がした。

 エレベーターの扉が開かれる。

「すみません。彼女が怒ってしまい部屋から閉め出されてしまいまして……スペアキーとかありますか?」

 恥ずかしそうにフロントへ顔を出した男性――それは、最初に俺が接客した酸いも甘いも経験しているであろう渋い男だった。

 そんな渋メンはさっきまでお楽しみだったのだろう。警察官のコスプレをしている。

「あ、あなた!!」

「直美!? どうしてお前がここにいる……てか何なんだ、その格好!」

「それは私のセリフよ!」

 わーお。何だこの展開は。まさか奥様の旦那が渋メンだったとは。

「私は見たんだから! 教え子とあなたがここに入っていくのを!」

「えっ……教え子って……」

 俺は記憶を思い返す。渋メンの隣にいたまだ熟していない青い果実のような女性を。

 まさか、本当に教師と生徒の関係だったなんて……!

「はははははは、犯罪じゃないですか」

 両手で口を押さえ震える俺。

「君、変な誤解をしないでくれ。教え子と言っても彼女は童顔なだけで、大学生だ。ちゃんと成人している。だから大丈夫だ」

「いやいや、大丈夫じゃないですよ! そもそも不倫がだめですからね!?」

「そうよ、私を裏切って! 警察官プレイなんかしてこの変態!」

 パァァァァン!

「痛いっ、ちょ、直美。落ち着けよ」

「私に命令しないでちょうだいっ」

 パァァァァン!

 ムチで叩くその姿は奥様ではなく、まさに完璧で完全な女王様だ。

「やばいやばいやばい」

 俺はこの状況をどうすればいいのか必死に考えていた。すると、

「メリークリスマァス!」

 サンタの格好をした男がレッドハイルにやって来た。

 もうコスプレは間に合ってます! そう叫びたかった。しかし、俺は息を飲んだ。そのサンタの手に黒い拳銃が握られていたからだ。

 これは、ニュースでやっていたサンタ強盗だ! 俺は瞬時に理解した。

 まさか、逃走中の犯人がレッドハイルに来るだなんて。

「てめーら動くな! 金を出せ……え?」

 サンタ強盗が一瞬狼狽する。その視線の先にはナースのコスプレ……もとい、女装した俺の姿が。そして警察官のコスプレをした渋メンの姿。サンタ強盗は渋メンを巡回中の警察官だと思って怯んだようだった。しかし、その警察官は四つん這いになり女王様から踏みつけられている。

「ちっ、ビビらせやがって。おい、金をこの鞄に詰めろっ」

 サンタ強盗は()()()()プレイだと理解したらしい。金を要求して来た。

「……博司の中で、閃光が走った……」

 小さい呟きが耳に入ってきた。 何だ? と俺は思いながら声の主を探す。

「今、自分は新たな扉を開けたのだ。それはSM――女王様にいたぶられなじられる。女王様が博司に打つムチは博司の背中に紅い跡をつける。痛い。でも止めないでくれ……気付けば博司は涙ながらに女王様に懇願していた「もっと下さい」と。」

 淀みなくスラスラと言葉を紡ぐ――スイッチの入った百瀬だった。

「やりましたね百瀬さん!」

「桃華くん! スランプ脱却できて良かったね!」

 俺と本多は百瀬に駆け寄ると喜んだ。

「おい、ふざけんじゃねぇぞ!」

 計画通りに進まず、苛つきをみせるサンタ強盗。手にしていた拳銃を百瀬に向け、引き金を引こうと手を掛ける――。

「ふざけているのはお前だろうが」

「え?」とサンタ強盗が振り返った刹那、轟の右ストレートが炸裂した。

 轟の拳はサンタ強盗の顔面に綺麗に入り、衝撃でサンタ強盗はその場に倒れた。

「これは正当防衛だからな」

 轟はサンタ強盗に言う。しかし、本人は鼻血を出しながら気を失っているようだった。


 と、いうことで。

 サンタ強盗は本物の警察官に連行された。

 百瀬はスランプを脱却し、新たな刺激を手に入れた渋メンは奥様の手を取り仲直りしているようだった。

 これにて一件落着……と、その時。

 チーン、とエレベーターが一階のフロントに着いた音がした。

「もう! 私を放置するなんて慎介さんったら酷いわ!」

 そこには、セーラー服の(ピー)学生……いや、セーラー服のコスプレをしたまだ熟していない青い果実のような女性がプリプリ怒りながらエレベーターから出てきた。

 警察官とセーラー服って一体どんなシチュエーションでプレイをしたの!? 俺がツッコミを入れるよりも早く奥様が動いた。

「何が大丈夫よ、これは全然アウトでしょうがっ!」


 パァァァァァァァンッ!!


 怒声と共に今日一番に良いムチの音がレッドハイルに響いたのだった。


 ちなみに、大人気TL小説家ぴんくすとろべりぃ先生の次回作は元SМ女王様の新人看護師とドМエリートイケメン医者ものになった。


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