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小説スランプ百瀬さん①

 クリスマス間近の街は華やかなイルミネーションに彩られていた。心なしかカップル達はそわそわと落ち着きがないような気がする。

 そんな、どこか落ち着きがなく浮き立つなか、物陰からラブホテルレッドハイルを見つめる怪しい人物の姿があった――。


 ここ最近の俺は、ずっと違和感を抱きながらレッドハイルで働いていた。

「百瀬さん、サンタ強盗のニュース観ましたか?」

 俺は隣にいる百瀬に喋り掛ける。

「サンタの格好をした強盗がコンビニでお金を盗んだまま現在逃走中なんですって。しかも拳銃を所持しているらしいですよ」

 しかし百瀬は俺の話に興味がないのか、へぇ、と相槌を打つ。

 そこへ、お客様が来館してきた。まだ熟していない青い果実のような若い女性と、酸いも甘いも経験しているような渋い男性カップル。二人はフロントの前に立つと受付をする。

「では、こちらがルームキーになります」

 慣れた手つきで俺はルームキーを渡すと、歳の差カップル(仮)はエレベーターに乗っていく。

 お客様を見送ると、俺は違和感の元凶である百瀬を横目で見た。

 百瀬は、フロントカウンターで販売しているアダルトグッズ――男性のソレを模したもの――を白魚のような美しい手で掴み、綺麗に並べている。それだけでも何か見てはいけないものを見ているような気分になるのだが、時折つく溜息が何とも艶めかしいのだ。

「ちょっと轟さん、最近の百瀬さんちょっと変じゃありませんか?」

 フロント裏にある事務所に俺は顔を出すと、事務仕事をしている轟に言う。

「あぁ? 変って何がだよ」

 轟はパソコン画面から顔をあげると、PC用の眼鏡を外しながら訊き返す。

「轟さんだってさっきのお客さんをそこのモニターで見ていたでしょう⁉」

 俺は事務所にあるモニターを指さす。そのモニターにはフロントの様子が映されていて、お客様が来館したらわかるようになっているのだ。

「さっきの客……あぁ、歳の差がありそうなカップルか」

「そのお客さんを見て百瀬さんは何も反応しなかったんですよ。いつもなら『きっとあの二人は教師と生徒の禁断的関係ね!』とか『俊樹は背徳感を覚えながらも興奮していた。今から自分は、教え子である優子を抱くのだ。まだ男を知らない優子の乳房を吸い、茂みをかきわけ花の芽を摘むのだ。』とか言うはずなのに!」

「お前……客になんちゅう妄想をしてるんだよ……まさかフロント業務している時はずっとそんな妄想をしてるのか?」

 口に手を当てドン引きする轟。

「違いますよ! これはいつも百瀬さんが妄想するストーリーで……っていうか轟さんも百瀬さんのスイッチが入る瞬間わかりますよね⁉」

 俺、大港大和は高校卒業間近になっても就職先が見つからなかったところを、レッドハイルの副支配人、本多から働かないかと誘われた。二つ返事で快諾したが、なんとそこはラブホテル。そこには、赤髪にピアスをしているヤクザのような強面の轟と、恥ずかしがり屋のあまりものすごいスピードで動き、姿を見せない影井、そしてモデルのように背が高く美人で官能小説家を目指している百瀬という個性豊かな従業員たち。そんな従業員たちに振り回されながらも俺はラブホテルレッドハイルで働くのだった。

 百瀬は小説のネタが浮かぶとスイッチが入り、卑猥なことを口走る癖がある。そんな百瀬に俺はいつもどぎまぎしているのだが、最近の百瀬は官能ポイントに触れても何も感じないのか大人しくしている。

「確かに最近の百瀬は少しばかり大人しいかもしれねぇな」

「ですよね⁉ 何かあったんでしょうか……」

 俺と轟は一度、百瀬に問おうとフロントまで顔を出す。

 すると、そこにはアダルトグッズ――男性のソレを模したもの――を左手で握りながら右手人差し指で()()()を撫でまわす百瀬がいた。

「ぶほぅっ!」

 あまりの光景に吹き出す轟。

「ちょ⁉ 百瀬さん! 何してるんですか!」

 俺は叫ぶと、憂い気な表情で百瀬が俺を見る。

「え? 何のこと?」

「手に持っているそれのことですよ! 最近の百瀬さんはおかしいですよ⁉ どうしたんですか?」

 百瀬は、あぁ、と頷くとアダルトグッズを元の場所に戻す。そして「実はスランプ中なのよ」と語り始めた。

 最近筆が乗らず、()()()()場面を見てもネタが浮かんでこないという。

「せっかく賞に出そうと執筆していたのに、このままじゃ応募出来ないわ」

 百瀬は、はぁ、と今日で何度目かの大きな溜息をつく。

「お先休憩頂きましたぁ……って、皆してどうしたの?」

 そこへ、休憩終わりの本多が戻ってきた。

「実は百瀬さん、スランプのようでして」

「あー、スランプねぇ」

 本多は、うんうんと頷く。

 まるで、スランプを経験したことがあるかのような物言いに轟が、

「本多さんも何かに対してスランプだったことがあるのか?」

 と訊く。

「あ、いや、その、作家にはスランプとか筆が乗らない時期があるって聞いたことあるからさ!」

 必死に誤魔化す本多。

 皆には内緒にしているが、実は本多は人気TL小説家、ぴんくすとろべりぃ先生なのだ。

 仕事のストレス発散として書いた小説を試しに賞に出したところ大賞を受賞してデビューしたのだ。

 小太りで眼鏡で髭を蓄えた冴えないオッサンがぴんくすとろべりぃだと知ったらファンは失望してしまうかもしれない……そう危惧した本多は開催するサイン会で俺にぴんくすとろべりぃの代役を頼んだことがあった。

「ちょっと本多さん。百瀬さんのスランプを脱却させる良い方法とかないんですか?」

 俺はこっそりと本多に耳打ちする。

「うーん……ネタは突然降ってくるものだからなぁ。書けない時は無理に書いても面白い物が出来ないから」

 困ったなぁ、と言いながらハンカチで顔の汗を拭く本多と腕組みする俺。

「こうなったら俺たちが百瀬のスランプをどうにかするしかねぇだろう」

 轟が、声を大にして奮い立つ。

 そんな轟が勇ましく男らしくカッコよく見えた。

「轟さん。困っている同僚を助けるなんて……俺、涙が出そうですよ」

 同僚想いの良い人だと思っていた。しかし、そうではないらしい。轟は、だって、と口にすると立てた親指を百瀬へ向ける。

「アイツがあのままだと変な噂が立っちまうだろう」

 轟が差す親指の先にいる百瀬は、心ここにあらず……上の空になりながらアダルトグッズ――男性のソレを模したもの――を左手で掴み右手でこするように上下に動かしていた。

 うん。これはマズイ。レッドハイルのスタッフに欲求不満女がいると噂が立ったら客が来なくなる……または変態が押しかけて来ることになる。俺にはそんな最悪の未来が見えた。


 と、いうことで俺たちは百瀬のスランプ脱却のために何か方法を考えることにした。


 ①本多の提案。

「スランプ中は一切小説のことを考えないで仕事に打ち込めばいいんじゃないかな? メリハリをつけるんだよ」

「仕事に集中するってことね……わかったわ!」

 百瀬は頷くと早速チェックアウトした客室の清掃へと向かって行った。

 さっきまでの心ここにあらず状態の百瀬と違い、やる気に満ちた百瀬の姿に俺と轟、本多はこれで一安心、と安堵すると各々仕事を再開させた。


 部屋を掃除することで、頭も心も清々しくすっきり冴えわたるかもしれない――。

 私、百瀬桃華は客室の清掃をすることにした。

 エレベーターに乗り客室フロアへと行く。

 普段清掃は影井さんがしているが、シャイな性格の影井さんは姿を見せたことがない。それに、夏にオーナーの別荘に社員旅行をした時に初めて会話したくらいだ。

「影井さーん。百瀬です。私も清掃の手伝いをしますねー」

 姿は見えないが一応声を掛けてから清掃に取り掛かることにした。

 客室に入ると、ベッドのシーツを剥がしていく。そして、浴室やトイレの掃除。アメニティの補充。

 本多さんが言っていた通り、小説のことを考えずに仕事に集中する。

 と、その時。隣の客室に新たなお客さんが入ってきたのか扉の開閉する音と微かな喋り声が聞こえてきた。


 新しくチェックインしたお客様を部屋に通してから数十分後、客室からフロントに電話が掛かってきた。

『ちょっと助けてくださいぃ!』

 俺が電話に出ると、声の主は影井だった。か細い声だけれど切迫感があった。

「影井さん⁉ どうしたんですか⁉」

『百瀬さん最初はしっかり掃除をしてくれてたんです。でも途中、隣の客室からの喘ぎ声が聞こえてきた途端、百瀬さんは上の空でぼーっとしながらコンドームをいじり始めて……!』

「すみません影井さん。早急に百瀬さんを回収しに行きます」

 俺は早口に言うと電話を切った。


 それからは酷かった。

 俺が百瀬のいる客室に行くと、百瀬はコンドームの伸縮性を試すかのように、それを伸び縮みさせていた。コンドームの潤滑剤でヌラヌラとテカっている百瀬の手が何とも色っぽいではないか。

「百瀬さん……百瀬さぁん!」

 俺は叫びながら百瀬の肩を揺らす。

「はっ……私ったら何を……やだっコンドーム⁉」

 憑き物が取れたように正気に戻る百瀬。

「フロントに戻りましょう」

 俺は憐れんだ目で百瀬に優しく声を掛けると、一緒にフロントへ戻った。



 ②轟の提案。

「本多さんの“小説のことを考えない”って案がダメならその逆をすりゃいいんだよ。他の作家の小説を読んでインスパイアを刺激すれば解決するんじゃねぇか?」

「なるほどね……早速本を読むわ!」

 勤務中に本を読むとはいかがなものか……そう思うが何を仕出かすか分からない百瀬がいるとまともに仕事ができない。ツッコミ役の俺だけど今は何も言わないことにした。


 私、百瀬桃華は轟くんの提案で小説を読んでいた。

 あ……主人公のこの言い回しが素敵だな。

 情景描写が綺麗……。

 頭の中で物語のビジョンが投影される。

 ふんふんと鼻息荒くさせながら読んでいると、

「おっ。調子がよくなって来たんじゃねぇか? そうだ、もっと頭に入れるためこうするのはどうだ――?」

 轟くんが、新たな提案を私にしてきた。


 轟と百瀬は事務所へ、俺と本多はフロントに立っていた。

 しばらく何事もなく過ごしていた。が、ぼそぼそと百瀬の声が聞こえてきた。

「……もうユウイチは我慢できなかった。幼馴染としてずっとカナの傍にいたというのに、カナは自分の親友のマモルしか見ていない。ユウイチはカナを押し倒すと今まで溜め込んだ欲望を発散させるかのように乱暴にカナの服を剥ぐ。すると……」

 俺はハッと目を見開く。

 これは百瀬のスイッチが入りいつもの妄想をしているのではないだろうか。

 俺は隣にいる本多を見る。

 しかし、本多は顔を赤らめ、胸に手を当てながらはぁはぁと息を荒くさせている。

「どうしたんですか本多さん!」

 何か持病があり発作がでたのではと俺は慌てふためく。

「今すぐに桃華くんを止めて……!」

 異常状態の本多に俺は理由も訊かず、すぐ裏の事務所に入る。

 そこには『トライアングルー幼馴染とその親友にめちゃくちゃにされる私ー』ぴんくすとろべりぃの本を音読する百瀬がいた。

 その後ろでは轟が満足そうに頷いている。その姿はまるで手の掛かる弟子の成長を噛み締める師匠のようだった。

 なるほど、俺は納得する。自分の作品を読み上げられて本多は羞恥のあまり悶えていたのか。

 俺はやんわりと百瀬からぴんくすとろべりぃの小説を取り上げると言った。

「次は俺の案を試しませんか?」



 ③大港大和の提案。

「それっぽい状況を作って百瀬さんのスイッチが入るようにするのはどうでしょうか? 例えば僕が女性役をするので、轟さんが彼氏役をして色んなシチュエーションを試す……みたいな」

 何かを掴み掛けているのか百瀬はやる気満々に頷く。

「想像力を膨らますってことね! 早速試してみましょう!」


 ということで、俺はなぜか薄桃色のワンピースタイプのナース服を着せられていた。

 男の俺が着ているとまるで罰ゲームで女装をさせられているかのようだ。

 そんな俺を見て笑いを必死に堪えている本多と轟。

「っていうか、どうしてナース服があるんですか」

「これは轟くんが企画したもので雰囲気を盛り上げるためのコスプレ衣装だよ。他にもメイド服やセーラー服、多数取り揃えているよ」

「ちなみに、コスプレ衣装は10代から50代に聞いたプレイ中に彼女に着て欲しい衣装のアンケート結果をもとに選んだんだ」

 訊いてもいないのに説明する轟。

「確かに俺、彼女役をするって言いましたけど。これ着る必要ありますか?」

 脱ごうとする俺を百瀬が止めた。

「大和くん。ただでさえ私はスランプ中なのよ? ネタが降りてくるためには見た目もそれっぽくする必要があるわ」

 だったらせめてカツラを被った方が良いのでは……だけどそれを言ったら色々と面倒なことになりそうなので、俺はナースの恰好をしたまま百瀬に付き合うことになった。


「轟くん。大和くんを背後から抱き締めてみて」

「こうか?」

「……うーん。いいんだけれど、閃かないわ」

 新人看護師と医師というシチュエーションで百瀬に言われるがままポーズをとったりしているのだが、百瀬のスランプは一向に改善されないようだ。

「もっと大胆さが必要だね。 轟くん、大和くんを押し倒してみせてよ」

 いつのまにか百瀬に代わり指示を出す本多がいる。

「――ちっ。大和相手じゃ乗らねぇんだよ。美人な姉ちゃんじゃないと」

 ぶつくさ言う轟に押し倒される俺。ただでさえ地獄であるのに、

「大和くん。もっと色っぽい表情をして! 愛おしい相手を見つめるように!」

 本多から熱の入った演技指導をされるものだからげんなりしてしまう。

 この案はやっぱり没にして違う案を出した方がいいかもしれない。

「あの……」

 俺が声を発したその時。


「ここにいるのはわかっているのよぉぉぉ!」


 突然ホテルレッドハイルに女性が乱入してきた。


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