三倉くんの改造計画②
「まったく、散々な目に遭ったわ! 誰が薬物中毒者よ!」
赤坂灯里は閑古鳥が鳴くラブホテルアイヴィーのロビーで、ソファーに踏ん反り返りながら愚痴を吐いていた。
「僕、日本の警察署の中に入ったの初めてデシタ!」
目を輝かせながら語るチャールズ。
「アンタ、日本の警察署をテーマパークや観光スポットのように語らないでよ……」
そこで赤坂灯里とチャールズは違和感を覚える。
「おかしいわ。いつもなら他にツッコミ役がいるのに」
「そういえば三倉さんがいないですネ」
辺りを見回す二人。
すると、物凄い勢いで何者かがアイヴィーに入ってきた。
「ヒャッハー! お疲れ様っス!」
チャオ! とウインクしながら赤坂とチャールズに挨拶する三倉。
しばらく呆然と三倉の姿を見る二人。そして、変わってしまった三倉の姿を見て赤坂は泣き崩れた。
「まさか、あの三倉が本当に薬物に手を出すだなんて……!」
そんな赤坂を慰めるかのように背中をさするチャールズ。
そこへ、
「三倉くんがここに来ませんでしたか⁉」
三倉の後を追ってきた俺がアイヴィーに来館したのだった。
俺は事の詳細を赤坂に伝えた。
「なるほど、催眠術でねぇ」
赤坂は納得したかのように、ふんふんと頷く。
「ってことで俺は三倉さんの催眠を解くためにを連れて帰りますんで」
俺は三倉の首根っこを掴むとズルズルと引きずり帰る。
しかし、
「ちょっと待って」
赤坂がそれを止めた。
「三倉にパリピ願望があったのなら、もう少しだけこのままでもいいんじゃないかしら?」
「え?」
「催眠術に掛かっているとはいえ、三倉は自分がなりたい三倉になっているのだし彼をもう少しだけこのままにさせましょうよ」
優しい眼差しで言う赤坂に俺は心が動く。
あぁ、この人はちゃんと三倉のことを想い、考えてくれているんだ――。
赤坂のことを社畜暴走機関車だと思っていた俺は反省した。
「そうですね、そうしましょうか」
俺は拘束していた三倉を離したと同時に赤坂の目が光った。
それは一瞬だった。まるで猫のように三倉の襟首を摘まむ赤坂。
「何しているんですか、赤坂さん⁉」
「ふふふふ。私は繁盛しているラブホを片っ端から観察してきたからわかるわ」
不敵に笑う赤坂は目をカッと見開くと叫ぶ。
「ラブホを利用する男はだいたいパリピのリア充だということにね!」
「え……ん?」
赤坂の言っている意味がわからない俺は首を傾げる。
「つまりラブホのことはパリピに聞けってことよ! さぁ三倉! ここアイヴィーをあなたの好きなように改造しなさい!」
赤坂は声高らかに叫ぶと三倉の背中を押す。
「ひゃっほーい! 俺は自由だぜ! 俺の背中には翼がある!」
アイヴィー館内を駆ける三倉。
そんなカオスな状況を目の当たりにして俺は頭を抱えた。
赤坂のことを一瞬でも見直した俺がバカだった。赤坂はやはり社畜暴走機関車だ。
そして、純朴だった三倉はもういないとわかると俺は涙を流すのだった。
「泣かないで下さい、大港サン」
チャールズが俺の肩を叩くとハンカチを渡す。
「チャールズさんも大変ですね、キャラの濃いメンバーに囲まれて」
っといっても、主に赤坂のことだが。
「いえ、僕はここで働き始めて毎日飽きない日々を送っているから楽しいデスヨ」
そうだな、事態を治めるのはいつも他の人だからな!
満面の笑みで答えるチャールズに俺の同情心は吹き飛んだのだった。
「とりあえずクラブ作っちゃいましょ!」
パリピの三倉はミラーボールを天井に吊るすと、爆音で音楽を流し始めた。
「あら? この光景を私はみたことがあるわ」
どこだっけ、と思い出そうと目を細める赤坂。
そして、何かを予感したのかロビーに飾ってある西洋甲冑を身に纏うチャールズ。
と、アイヴィーの扉が大きく開かれた。
「いらっしゃいませ。ようこそホテルアイヴィーへ!」
満面の笑みで入っていた客をもてなす赤坂。
だが、そこに立っていたのは客ではなく、うんざりした表情を浮かべている警官だった。
「巡回していたら廃墟から騒音が聞こえると通行人に言われて来てみたら、またあなたですか」
「だから廃墟じゃないって言ってるでしょう⁉」
キーっと警官に威嚇する赤坂。
警官はアイヴィーを見渡すとはぁ、と大きく溜息をつく。
「ディスコの次はクラブですか。また署まで同行願いますよ」
どうやら警官は赤坂が独断で行ったことと判断したらしい。俺と三倉は連行される赤坂を真顔のまま見ていた。
「あれっチャールズは⁉ どこ行ったの⁉ チャールズ!」
赤坂の叫びも虚しく、チャールズは赤坂と警官がいなくなるまで西洋甲冑になりきっていた。
さて、赤坂の暴走も治まったことだし? 今度こそ三倉の催眠を解いてもらおう。
俺は三倉を連れて帰ろうとするが、パリピの三倉の暴走は続く。
「よし! 次はナンパに行くぜ!」
「ちょっと待ってください、三倉さん!」
俺の制止をよそに、ヒャッハー! と言いながら三倉はアイヴィーを飛び出すのだった。
「待ってください、三倉さん!」
俺は叫ぶが、三倉は待たない。止まらない。
「今の俺の背中には翼があるぜ! ヒャッハー!」
身も心も身軽になっている三倉は俺の声が聞こえないようだった。
丁度、歩行者用の信号機が赤になる。
俺はやっと三倉に追いついた。
「三倉さん……一体どこに、行こうと、しているんですか」
息切れしながら途切れ途切れに訊くと、
「ナンパしに行っちゃうよん!」
三倉は顔の横でピースサインを作りウインクしながら答えた。
「はぁ⁉ 何言ってるんですか!」
純情で心優しい三倉の口からそんな言葉が出てくるなんて……恐るべしパリピ、恐るべし催眠術。
「聞いてくれ、大和っち」
「や、大和っち……⁉」
「俺には女心を知る必要があるんだ。だからそのためにナンパしなくてはならないんだよ」
開いた口が塞がらない俺が呆然としていると、信号が青に変わった。
「ノンストップ・マイハート!」
そう声高らかに叫ぶと、三倉は街へと消えて行った。
俺は想像する。
パリピの三倉が女をナンパしているところを。
ナンパするのに選ぶ女はノリのいいギャルに違いない。
三白眼で取っ付きにくい顔をしている三倉でも、軽口を叩き、明るく振舞っていればギャルだって、
顔が怖いけど面白いオトコ☆ と認識し、心を開くに違いない。
それにノリのいいギャルのことだ。あれよあれよと盛り上がり二人はラブホ街へ。
そしてギャルは心だけでなく股をも開き――。
三倉とギャルの甘い吐息が脳内で再生される。
「うわぁぁぁ」
俺は頭を抱えた。
このまま純情純朴な三倉を俺は助けられないのか……!
「ちょっと君、さっきから挙動不審だけど大丈夫?」
声を掛けられ俺は顔をあげると、「うげっ」と声を出した。
目の前に、加持令二がいたからだ。
しかも、長い髪を横に流してひとつに結んでいたというのに、今は襟足を刈上げスッキリとした短髪にしている。
「その髪……」
俺は口をパクパクさせながら指さす。
「短髪にしてますますイケメンになっただろう?」
髪を撫でながらさらりと言う。
ムカつくけれどこいつがイケメンだということは事実だから仕方がない。
「で、大港くん。君、何か困っているんじゃないの?」
「実は――」
俺は加持に今までの経緯を説明した。
「なるほど。それは大変だね。僕も一緒に探すのを手伝おうじゃないか」
「いいんですか?」
「大和くんには何かとお世話になっているからね。早く三倉くんを探そう。三倉くんの貞操の危機なんだろう?」
「なななっ⁉ 貞操って⁉」
「君がぶつぶつ呟いていたよ? ギャルの股がとか」
「うわぁぁぁ!」
無意識のうちに自分が百瀬と同じことをしていたと知り、恥ずかしさのあまり再び叫ぶ俺。
朱も交わればなんとやら……。俺もレッドハイルの人たちのように染まっていくのだろうか。
私、佐々木早紀は街にあるオシャレなカフェテラスでお茶をしていた。
今日は貴重な休日である。
毎日仕事を頑張っている自分にご褒美をあげなくちゃ。
頼んだコーヒーは湯気と共に芳ばしい香りを漂わせている。
私はカップを持ち上げると――。
「ヘイ彼女、俺とお茶しない?」
突如、金髪に黒髪が混ざった頭の男が私の前に現れた。
……誰⁉
「君とこうして出会えたのも何かの縁。俺と一緒にロマンティックな時間を過ごそうぜ」
困惑する私をよそに男はべらべらと口を動かす。
「あの……私、一人で楽しんでいるから」
あっちへ行って? と目で訴えた。
これで男は諦めてどこかへ行くだろう。そう考えていたのだ。
しかし私の考えは甘かったようで、
「一人より二人の方が楽しいって」
男は私の前の席に座った。
なぜそうなる⁉
「お待たせしました。ご注文のザッハトルテでございます」
店員が頼んでいたケーキを持って来た。
「店員さん、オレンジジュースください」
「えっ」
「かしこまりました」
店員はにこやかに笑みを浮かべながらオーダーをとると店内へ入って行く。
せっかくの休日なのに。日頃の私へのご褒美だったのに。
何ということだ。私はこの嵐のような男とティータイムを共にすることになった。
「……これ一体どういうことですか」
「二人の世界ってやつ? 仲いいねぇ」
殺気だつ俺と、のほほんとしている加持。
俺たちはカフェテラス前の花壇に身を潜め三倉の様子を窺っていた。
パラソルの下で三倉と佐々木が楽しそうに? 会話しているではないか。
「ギャルじゃなくて清楚系だったね。大港くんの見解は大ハズレ!」
ぷぷぷ、と馬鹿にしながら笑う加持を殴りたいが、今は抑えろ、俺。
「三倉さん! 見つけましたよ!」
俺は佐々木と三倉の前に突撃した。
「大港くん!」
目を丸くする佐々木。佐々木の視線は俺から加持へと移った。
一瞬、佐々木の顔が引き攣った。
その表情で日頃佐々木が加持に対してどう思っているのかわかった気がした。
きっと加持に振り回されていることだろう。
「三倉さん、さぁ、帰りますよ。催眠術を解いてもらいましょう」
俺は三倉の腕を取る。
「催眠術?」
訊いてきた佐々木にまたもや俺は説明する。
俺が説明している間、三倉と加持は仲良くお喋りしていた。
「三倉くん。オレンジジュース飲んでるの?」
「実は自分、コーヒー飲めないんすよ。苦くて顔がイーッてなるんす」
可愛い会話をしている。
「それって――」
俺の説明を聞いていた佐々木が口を開く。
「三倉くんは灯里支配人に恋しているんじゃないの?」
「え⁉」
過敏に反応する俺に対して、佐々木は冷静に分析する。
「だって、元を辿れば三倉くんは灯里支配人のためにパリピになったってことでしょう?」
三倉は赤坂を助けたいと言っていたが、あれは恋心ゆえに役に立ちたいということだったのだろうか。そういえば三倉は赤坂に恩返しすると言っていた時、顔が赤くなっていたっけ……?
女の子って色恋に関しては鋭く敏感だ。俺は佐々木に感心する。
「まったく、大港くんったら鈍感で嫌になっちゃうんだから! ワタシも最初から分かっていたけど、黙っていた方が面白そうだったから知らないフリしてたのよ!」
いつの間にか加持がオネエ口調で会話に入ってきた。
てか、知ってたなら言えよ。面白がってるんじゃねぇ。俺は心の中で悪態をつく。
「ちょ、ちょ、皆してやめてくださいよぅ」
顔を真っ赤にして照れている三倉。
「そうだ。パリピになっている今の勢いで、三倉くんが灯里支配人に告白すればいいと思うの」
「え⁉ それはちょっとさすがに急すぎるんじゃ……」
だけれど確かに、このチャンスを活かさないのは勿体ない気もする。
「じゃあ赤坂さんの好みのタイプでも聞き出したらどうかな?」
加持の提案に、えぇ⁉ と三倉が反応した。
「ちょ、何言い出すんですか。急に」
顔を赤くさせながら慌てる三倉。くそ、可愛い奴め。
「じゃあ早速、赤坂さんがいるホテルアイヴィーに行こうか」
加持は店員を呼び、スマートに会計を済ませた。
一方その頃、ホテルレッドハイルでは……。
三倉の催眠術を解くまで逃げないように轟と本多が立川を見張っていた。
そんな二人は催眠術について妄想していたのだった。
「俺が催眠術を使えるとしたら世の中の美女を洗脳してハーレムを作ってやる」
「催眠術が使えるなら深山さんに掛けて〆切を伸ばしてもらって……」
「……二人して何ニヤニヤしてるのよ、気持ち悪い」
そこへやって来たのが百瀬だった。
本多から事の経緯を聞いた百瀬は身体を震わす。
もしかして仕事中に何やってるんだと怒っているのだろうか? 本多と轟が恐る恐る百瀬の顔を窺うと、
「やっだ! それって三倉くんが赤坂さんに恋してるってことじゃない!」
両手で口を押さえ、きらきらと乙女の顔をしている百瀬。
「え? 三倉くん、灯里ちゃんのこと好きだったの?」
「あんな社畜暴走機関車のどこがいいんだか」
「こうしちゃいられないわ! こんな面白いこと放っておけない!」
百瀬は長いポニーテールを揺らしながら、レッドハイルを出て行った。
「まったく、三倉のせいで散々な目に遭ったわ!」
そもそも警察署に連行されたのは、赤坂がパリピの三倉に“好きなように”させた結果だというのに、赤坂灯里は全部三倉が悪いことにしていた。
「お勤めご苦労様デシタ」
ミラーボールの片付けを手伝っているチャールズが言う。
「その言い方だと刑期を終えた私がシャバに出てきたばかりみたいだからやめてちょうだい」
「日本語難しいデスネ」
両手を肩まであげてホワイ? ポーズをするチャールズに赤坂は呆れる。
「そういえば私が連行された時、アンタどこにいたわけ? 名前呼んでも出てこないし」
「えーと、お腹が痛くてトイレに行ってマシタ!」
屈託ない笑顔で答えるチャールズに赤坂は、そう、としか言えなかった。
「三倉はまだ帰って来ないのかしら」
と、その時。ホテルアイヴィーの扉が開いた。からんからんとドアベルが鳴る。
「再びお邪魔します」
俺はおずおずと中に入る。そして佐々木、加持、三倉が順に入る。
「灯里支配人、俺――」
緊張した面持ちで口を開く三倉。
「三倉、あなたまさか……」
ハッと何かを察する赤坂。
「あなた、お客様を連れて来たの⁉」
佐々木と加持に近付く赤坂。
「いらっしゃいませ。ホテルアイヴィーにようこそ!」
満面の笑みで接客する赤坂に、
「違いますから!」
と俺は突っ込む。
加持はともかく佐々木を連れて来たことに後悔する俺。清らかな佐々木が社畜暴走機関車のいるこの場所にいるのは危険だ。
赤坂は俺の顔を見た後、何か納得するかのように、あぁ、と頷く。
「あなたも客で3P希望ってことね?」
「違いますよ!」
間髪入れず俺は突っ込む。
「奈保子は背徳感を感じながらも、快楽に抗うことが出来なかった。夫のモノを口で奉仕しながら、夫の部下である神崎に自身の身体を弄ばれる。奈保子よりも年下だというのに、神崎は奈保子の――女の悦ばせ方を熟知していた。」
いつの間にかアイヴィーに入ってきた百瀬が3Pという単語によりスイッチが入る。
もうめちゃくちゃだ。三倉は顔を真っ赤にさせて硬直しているし、百瀬は卑猥な言葉を口にしている。加持とチャールズはこの状況をニコニコしながら楽し気に見ていた。
「あのっ!」
そんな中、佐々木が声を発した。
皆の視線が佐々木に集まる。
「あの、三倉くんが灯里支配人に言いたいことがあるので聞いてあげてください」
皆の視線は佐々木から三倉に移った。
「お、俺、灯里支配人のことがっ」
トマトのように真っ赤な顔の三倉。俺は心の中で頑張れと応援する。
「あっあっ、灯里支配人の……好みのタイプって何すか⁉」
あ。最後の最後で怖気づいてひよったな。だけど、三倉にしては上出来だ。
俺と佐々木は小さくガッツポーズした。
「何よ藪から棒に……そうねぇ」
赤坂が考える。
「真面目で誠実な人がいいわ。チャラいのなんて論外」
きっぱりと言い切る赤坂。
チャラいのとか論外……チャラい=パリピという公式が赤坂以外の皆の頭の中で変換された。
「うっ……うぅ」
「大丈夫ですよ、三倉さん。本当のあなたはチャラくないので。さぁ、催眠術を解いてもらいましょう」
男泣きする三倉を俺はそっと抱き締める。
そして、気まずい空気のまま(チャールズと加持は笑うのを堪えていたが)各々アイヴィーから退散していくのだった。
俺はあの後すぐに、三倉と一緒にレッドハイルに戻り立川に催眠を解いてもらった。
こうして、長い一日が終わった。
再び、いつもの日常が戻ってきた。今日も俺はレッドハイルで働く。
「すいませーん。サインくださーい」
「はいはい……あれ?」
俺はピタリと動きを止めた。
リネン業者の人が、立川ではないからだ。見たことのない顔の人だった。
「あのぅ、いつもの……立川さんは……?」
「あぁ、その人なら辞めたよ。何でも、催眠術で世界を救うとか。変わった人だよなぁ」
苦笑いすると、リネン業者は額の汗を腕で拭う。
「サイン、ここでいいですか?」
俺は立川の今後の活躍を祈ると共に、納品書にサインをするのであった。
『俺、ラブホスタッフになりました』久々に投稿しました。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
このたくさんの物語があるなかで、私の作品を見つけ、読んでいただくということは本当に有難いことだと思っています。
今まで『俺、ラブホスタッフになりました』を投稿しなかったのは、ただのネタ切れで行き詰っていたからです(汗)だけれど今回、コメディーを思い切り書きたい!という意欲が湧き、筆を執ることになりました。
またネタが浮かんだら投稿しようと思っているので、その際は是非読んでいただけると幸いです。