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初めまして、お隣さん

 一時は轟が仕事を辞めるかもしれないと気が気でなかったが、轟はレッドハイルを続けることになった。それからというもの、レッドハイルは穏やかな毎日を送っていた。

「今日は天気も良く穏やかな日だわ」

「ぽかぽか陽気が気持ちいいですね」

「僕、ピクニックしたくなっちゃったな」

「昼寝してぇ」

 皆でほのぼのしていたその時だった。

「ちょっとアキラぁぁ!!」

 叫びながらものすごい勢いで女性が来館して来たのである。

 その女性は顎のラインに沿って切り揃えたショートカットの髪を耳に掛け、キリっとした顔をしていた。見るからにキャリアウーマン風の女性だった。

「アキラ! 話があるんだけど」

 女性はカツカツとヒールの音を響かせながら中へ入っていく。

「おおおおお客様、落ち着いてください」

 俺は女性の迫力に気圧されながらも近付く。

 きっとこの女性は彼氏が浮気相手の女とレッドハイル(ここ)に入っていくのを偶然目撃し、乗り込んで来たに違いない。

 くそぅ、アキラめ……。せっかく穏やかに過ごしていたというのにぶち壊しやがって。俺はアキラを許さない……! 俺はアキラを憎んでいた、が。

「あれ、灯里ちゃん!」

 本多がにこにこと女性に近寄るではないか。

「アキラ! アンタ副支配人ならすぐに出て来なさいよ!」

 え⁉ 本多さんがアキラ⁉ 俺はその時初めて本多さんの下の名前を知ったのである。

 てかアキラって名前似合わねー、なんかこう……権三郎って名前がしっくりくるんだけど。

 話が見えずポカンとしていることに本多が気付いた。

「あ。皆に紹介するね。この人は赤坂灯里ちゃん。隣にあるラブホテル『アイヴィー』の支配人なんだ」

「え⁉ 隣って……」

 俺と百瀬と轟は口を揃えた。だって、隣の建物は……。

「廃墟じゃないわよ」

 赤坂が答える。俺達が何を考えているのか見透かされているようだった。

 そう。レッドハイルの隣には建物――ホテルがあるのだが蔦に覆われていて中が見えず、まるでお化け屋敷のようなのだ。そのお化け屋敷、もといホテルが、経営しているだなんて驚きだ。

「最初はオシャレな外観だったのよ。ホテルの名前であるアイヴィー……蔦が絡まってレトロな雰囲気で。なのに! まさかあんなに繁殖するなんて……」

 赤坂は顔を覆う。

「えっと、じゃあ蔦を除去すればいいじゃないですか」

 俺が言うと、キッと睨まれた。

「私だってそうしたいわよ! でも費用がないのよ! 客が来ないから金がないの!」

 畳みかけるように言うが、そんなこと俺に言われても。

「で、灯里ちゃんはどうしてレッドハイルに?」

「アキラんとこのホテル人気があるみたいじゃない。ずっと観察してたんだから」

 ふふふ、と赤坂は笑う。

「今日は人気の秘密を探らせてもらうわ! 出て来なさい! アンタ達!」

 パチンっと赤坂は指を鳴らすと、ロビーの観葉植物の後ろから二人の男が出てきた。

「こんにちハ、初めマシテ」

 一人は金髪碧眼の美青年。

「あ、灯里支配人、止めましょうよ、レッドハイルさんに迷惑っすよ」

 一人は金髪と黒髪を混ぜたヘアスタイルに三白眼をした――俺より少し年上くらいの男だった。

「灯里ちゃん、この人達は……?」

「二人はアイヴィーの従業員、チャールズと三倉よ!」

「まぁ。外国人? 日本語が上手ねー」

 感心する百瀬。

「ハイ! イギリスからやって来マシタ! 実は私の父はホテル王でして、家業を継ぐために他国で修行するよう言われてニッポンに来たんデス」

 えっと、それって――。

「お前、修行の場所間違えてんぞ」

 轟が言う。きっと、ここにいる誰もが同じことを思っている。チャールズが働くべきホテルは光城ホテルのような観光ホテルで決してラブホテルではない。

「え? 間違えているってどういう意味デスか?」

 チャールズは純粋な目で質問する。

「だからつまり――」

「ストップ!」

 そこへ赤坂が制止に入った。

「ちょっと! チャールズに変なこと言わないでくれる⁉ チャールズが辞めたら人員不足になっちゃうじゃない」

「どうせ客が来ないんだからいいじゃねぇか」

 正論を言う轟に赤坂はキィーっと掴みかかる。それを三倉が必死に止める。

 そんな三倉を見て俺は察した。あぁ、三倉も俺と同じで人に振り回される苦労性だと……。

「早速だけど秘密を探らせてもらうわよ! さっ、アンタ達も一緒に探るわよ!」

 赤坂はチャールズと三倉と一緒に館内を物色し始める。

「ちょっと、本多さんいいんですか? 勝手にあんなことされて」

「大丈夫大丈夫。ウチのホテルに秘密とかないし。灯里ちゃんは昔からやると決めたらやる人間だから」

「昔から……? あの、本多さんと赤坂さんってどういう関係なんですか? お互い名前呼びですし……」

「僕たち幼馴染なんだよ。灯里ちゃんは僕より3つ年下だけど。昔っから何かと僕をライバル視してねぇ」

「あの、失礼ですけど本多さんって今、いくつですか」

 赤坂は外見年齢(見た目)からしてまだ30代に見える。でも本多はどう見ても50歳くらいのオッサンにしか見えないのだ。赤坂が美魔女なのか本多が老け顔なのか。俺は疑問を本多にぶつけてみた。

「僕? 35歳だよ」

 少し照れくさそうに言う本多。どうやら後者だったようだ。老け顔な上に小太りな体型も相まって外見年齢を底上げしていた。

「ちなみに僕の奥さんは灯里ちゃんの親友なんだよね。お互い一目惚れさ」

 昔からライバル視していた男に親友を取られて赤坂はさぞかし悔しかっただろう。赤坂が本多に対して当たりが強い理由がわかったような気がする。

「ちょっとここのホテルはどうなってんのよ!」

 赤坂が叫びながら事務所から出てきた。

「事務所を物色していたら原稿用紙を見つけて……読んでみたら卑猥な文章が書いてあるじゃない!」

 赤坂はまるで性に慣れていない女学生のように顔を赤らめ涙目になっていた。

「しまったわ! 私が勤務中に書いていた官能小説が見つかった!」

「勤務中に何てものを書いているんですか!」

「でも今、ネタが浮かんだわ。性に慣れてないアラサーが開発されていく話なんてどうかしら」

「どうかしら、って言われても……。てか、そのネタは赤坂さんを見て思い浮かびましたね」

「職場にこんなものがあるなんて信じられない……ちょっと、チャールズは何か見つけた?」

 赤坂はチャールズに話を振ると

「あぁ……この紅茶の香リ……私の母国を思い出しマス」

 チャールズは本多が家から持って来た紅茶を美味しそうに飲んでいた。

「チャールズッ! 何を勝手にティータイムしているの!」

 大声で叫ぶ赤坂。

 いちいち騒がしいな、赤坂(この人)……。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 今度は三倉が叫びながらエレベーターの中から出てきた。しかも顔面蒼白で。

「灯里支配人、こここっこ、ここのホテルはヤバいっす。幽霊が出たっす」

「はぁ⁉ 何寝ぼけたこと言ってるの三倉」

「おおおお俺がフロアを探っていたら、誰もいないのに肩を叩かれて『何してるんですか?』って耳元で囁かれたんですよ!」

 半べそをかく三倉。しかし、その正体は幽霊ではなくレッドハイルの従業員である影井だ。

 影井はシャイな性格で、物凄い速さで動くことによって人に自分の姿を見せないのだ。

 だけれど俺は真実を敢えて口にしない。なぜなら早く赤坂一味にレッドハイルから出て行って欲しいからだ。

 ギャーギャー騒ぐ赤坂一味。誰か、この状況をどうにかしてくれ。そう心の底から願ったその時。

「あのさ」

 今まで黙っていた轟が口を開いた。皆が一斉に轟を見る。

「思ったんだが、レッドハイルを探るよりも、どうしてアンタらのホテルが人気がないのか原因を探った方がいいんじゃねぇの?」

 ポカンとする一同。その中にはもちろん赤坂の姿もあった。

「それよ! 敵陣に殴り込む前に自分のホテルのことを知るべきだったわ!」

 轟に指をさす赤坂。

 見た目はキャリアウーマンなのに中身はポンコツということが判明した。


 と、いうことで。俺と轟はアイヴィーが人気がない原因を探ることになった。

 レッドハイルを出ると、アイヴィーの前に若いカップルが二組いた。

「もしかしてお客さんじゃないですか」

「え⁉」

 目を輝かせる赤坂と三倉。

 しかし――。

「ここが噂の心霊スポット?」

「有名みたいだぜ。廃墟なのに人影を見たって」

「いやぁん♡ アユミ怖い~」

「大丈夫だぜ。俺がアユミを守ってやるから」

「たっくん、大好きぃ」


 アイヴィーは立派な心霊スポットになっていた。

 俺と轟と三倉は何とも言えない表情でその様子を見ていた。

 チャールズだけは「WAO! 心霊スポット! 母国にもゴーストハウスを巡るツアーがあるんデスヨ」と自分が働いているホテルが心霊スポット扱いされているにも関わらず、わくわくしながら語っていた。

「えーと、赤坂さん」

 さすがに可哀想に思った俺は赤坂に声を掛ける。

 赤坂は下を向き黙っていた。きっと、ショックを受けているのだろう。どう赤坂を元気づけようか考えていた次の瞬間、赤坂は顔をあげ、くわっと目を見開いた。そしてカツカツとヒールを響かせながらカップル達に近付くではないか。

「ここから立ち去れぇぇぇぇ」

 物凄い形相の赤坂。

「いやぁぁ! 出たぁ!」

 叫ぶカップル達。

「うおわぁぁ~!」

 怒りのあまり赤坂は咆哮する。

 そんな赤坂におっかなびっくりしたカップル達は腰を抜かしながら去って行った。

 隣にいる轟が目頭を押さえている。

「どうしたんですか、轟さん」

「いや、俺は一体何をしているんだろうって思ってな」

「それ、同じく俺も思っています」



 アイヴィーの建物は横に長く、客室数も8部屋でこぢんまりしたラブホテルだ。

 館内に入ると、窓に蔦が絡んでいるせいで暗かった。しかもロビーになぜか西洋の甲冑が置いてある。訊くとアイヴィーの社長が海外土産で買って来たものらしい。赤坂は、こんな役に立たないものを買って何になるんだか、とぶつぶつ文句を言っていた。

 それから俺達は客室を見て回った。部屋は隅々まで清掃が届いており、アメニティも充実していた。外観がお化け屋敷というだけで中身はちゃんとしたホテルだ。

 これなら、ちゃんと営業しているとわかれば客も来るだろう。

 轟は、出来る範囲でいいから自分達で蔦を除去しろと当たり前でごもっともなアドバイスをしていた。

「善は急げ、よ。三倉、チャールズ! 早速蔦を除去しましょう」

 赤坂は軍手をはめて脚立を小脇に抱えると、すぐに行動に移す。

 外で作業する赤坂達の様子を見守っていると、チャールズが館内に戻ってきた。

 おもむろに西洋甲冑を身体に纏うと、西洋甲冑が元あった場所に立つ。

「チャールズ! どこ行ったの⁉」

 時間差で赤坂がチャールズを探しにやって来た。

 俺と轟は何も言わずにただその光景を眺めていた。まさか、海外土産の西洋甲冑がサボり道具として役にたっているなんて誰が思うだろうか。チャールズはしばらく甲冑の中で休むと、また蔦を除去しに戻る。その時、赤坂に「腹痛でトイレにイマシタ」とさらりと嘘をついていた。

 それから小一時間が経過し、建物を覆っていた蔦も少しは取り除くことが出来た。暗かった館内も陽の光が入るようになり、お化け屋敷感がなくなった。

「見違えるようになったじゃない」

 感動する赤坂。そして、散々赤坂にこき使われて疲れたのだろう。ホテルの片隅に放心状態で転がっている三倉が不憫に思えた。

「今なら何でも出来そうな気がするわ! これを機に館内の雰囲気を変えましょう!」

 赤坂は転がっている三倉を叩き起こすと、倉庫から模様替えに使えそうな備品を引っ張り出す。

「テーマはキラキラ明るく女性が来館したくなるようなアイヴィーよ! お化け屋敷やら心霊スポットなんて、もう呼ばせないわ!」

「ならこれを飾るといいかもしれませんネ」

 チャールズも倉庫の奥から色々と持ってくる。

 赤坂とチャールズは楽しそうに飾り付けを始めた。


 俺と轟は目配せすると、アイヴィーから去る。

 やれやれ……やっとレッドハイルに戻れる。もう二度とお隣さんには巻き込まれたくない。


 翌日。

「ちょっと、これ見てよ!」

 百瀬がフロントにいた俺を事務所へ呼ぶ。

「どうしたんですか、そんなに慌てて」

「朝のニュースにアイヴィーが映っているのよ!」

「え⁉」

 驚いた俺はテレビを観る。そこには、


【深夜にお騒がせ! 廃墟に侵入してバカ騒ぎ!】


というテロップと共に昨夜の様子が映し出されていた。

『現場から中継です。私は今“廃墟を勝手にディスコ場にして遊んでいる”という通報があった場所に来ています』

 アイヴィーの前で深刻そうな顔をしているリポーター。その周りにはパトカーが何台も停まっていた。

 女性受けを狙ったのだろうか。建物を覆っている蔦に、ぬいぐるみが巻きつけられていた。(しかし、長年倉庫の中に眠っていたから、年季が入っていて所々ほつれている)

 そして、キラキラ明るくをどう履き違えたのか、アイヴィーの窓からは、七色に輝くミラーボールのギラギラとした光が漏れ出ていた。

 アイヴィーはいっきにおどろおどろしく、妖しい建物と化してた。

『ちょっと! 何で警察がいるのよ! 私はアイヴィーをリニューアルさせただけよ! キラキラ明るくて可愛いぬいぐるみもあって、女性が入りたくなるでしょう⁉ え⁉ 何言ってるのよ、ここは廃墟じゃないわ!』

 顔にモザイクをかけ、声を変えているが赤坂だということがすぐにわかった。

 赤坂は警察官に腕を掴まれパトカーの中に押し入れられていた。

『この異様な雰囲気が伝わってますでしょうか? 警察官の話によりますと、もしかしたら薬物中毒者かもしれないということで、建物の中にいた三名を事情聴取のため連行するそうです』


 そこで場面は変わりお天気コーナーになった。


 レッドハイルの隣にはラブホテル『アイヴィー』がある。そのホテルは蔦で建物が覆われていて廃墟に間違えられている。そして、この街の心霊スポットだ。

 先日、心霊スポットとしてアイヴィーに来ていたカップル達が投稿したのだろう。

 アイヴィー(廃墟)に近付くと、そこに眠る霊――ハイヒールの立ち去れ女が出るという新たな噂が加わったと共に、薬物中毒者の溜まり場でもあるとネットに書かれていた。


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