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過去が先か、未来が先か

作者:

タイムトラベル、過去から未来へのつながり


「ねぇ、もしアナタが過去に戻れるとしたらどうする?」

「………。はぁ。」


午後過ぎ、二人でティータイムを嗜んでいると、彼女“早乙女(さおとめ) 詩音(しおん)”はそう言って微笑み、俺“五十嵐(いがらし) 紫苑(しおん)“はそれに対して呆けた返事を返すだけだった。


「どうする?」

「そうですね…今と昔の間違い探しで精一杯じゃないでしょうか」

「そうなのね」


唐突に謎かけが始まり、答えれば彼女はくすりと微笑んで満足気に頷いた。


俺と彼女は友人付近、恋人以下、主従以上と言った微妙な関係である。


彼女は俺と知り合う数年前に足を不自由にしており、気が合う友人として関わり始めた俺は彼女の従者、友人として世話を焼いている。


別に彼女が俺の世話を絶対に必要としているか、と言えばそうではないのだが、彼女は俺を従者として扱おうとするし、俺はそれを満更でもなく思い、楽しく過ごしているだけだ。


「昔ね、アナタに似てる友達がいたの」

「へぇ…俺に。話繋がってませんよ」

「アナタによく似て、優しくて、ワガママな私の言うことをよく聞いてくれて…」

「………」


思い出語りがしたかったらしい。


俺とよく似た世話焼きが友人とは、その人はもう彼女に会いに来ないのだろうか。

こうして足を不自由にし、家で過ごすことの多い彼女に見舞いに会いに来ることはないのだろうか。


所詮友人とはその程度なのだろうか…?彼女はその友人のことを思い出しながら笑って話していると言うのに。

その友人は、彼女のことを思い出すことはないのだろうか…?


「聞いてる?」

「聞いてません。」

「…嫉妬?」

「はい」

「可愛いわね、今も昔も一番の友人はアナタよ」

「昔もって…俺とお嬢様の関係はここ数年ですよ」

「ふふ、そうね」


彼女は楽しそうに微笑み、紅茶で唇を濡らす。


彼女にとってもその友人は、その友人より俺が一番に来る程度の関係だったのだろうか?あんなに楽しそうに話すのに。…本当に?


「どうしたの、難しい顔して」

「…いえ、ご友人の話をするお嬢様は楽しそうだな、と」

「ふふ、楽しいわ」


彼女はカップを置いて目を伏せた。


「大切な思い出なの」


彼女は噛み締めるように、呟いた。





彼女とのティータイムを終え、俺は日用品や食材などの買い出しへと向かう。

お金持ちの家なので、する必要はないのだが自分が気に入らないからやっている。


彼女との出会いは強烈だった。

学校では高嶺の花として有名だった彼女は、俺に目をつけると指を差し「見つけたァァッ!」と叫びながら車椅子で引き摺り回そうとしたのだ。


初対面の俺はドン引きしながらも体当たりされ、初対面じゃない周囲の生徒もドン引きしながら教師へ通報。彼女は犯罪者を捉えたかのように俺を睨みつけ、涙を浮かべながらも混乱する俺の胸ぐらを掴み上げて「どうして!どうして!」と何度も泣き叫びながら揺さぶられたのを覚えている。


周囲の生徒は俺が彼女に何かしたのかと誤解したが、俺は周囲にも彼女にも「何も知らない!初対面だ!」と弁明すると彼女は酷く傷ついたかのように俺を離し、パクパクと口を開いたり開いたりしたが何も言うことはなく、最終的に「ごめんなさい」と謝ったのが印象的だった。


それから学校でまた顔を合わせた彼女から再度謝られ、勘違いをしていたのだと話した彼女は、謝罪の礼として何か手伝えることがあれば言って欲しいとの申し出てくれた。


ならばと勉強などを教えてもらっていたのだが予想以上に趣味の気が合い、卒業した後も友人として、従者のような立ち位置で関係を続けているというわけだ。


彼女は大人びた雰囲気を持っているが、あの時の様子はまるで子供が癇癪を起こしたかのようだった。

大声で叫んでいたせいで誰もが口を開け、目を見開いていた気がする。


「っと…ここはどこだ…?」


ボーッと昔を思い出していると見知らぬ路地へと出ていた。


(マズイ、迷ったか?)


普段は変な道に入ったりはしないのだが意識がそぞろになって無意識に違う道を選んでいた可能性もある。見慣れぬ古い建築様式が並ぶ路地をキョロキョロと見回しながら来た道を戻るが、朧げに知っているような知らないような道に辿り着くのみ。


首を捻りながら歩いていると目の前を見覚えのある姿が視界を過ぎった。


「…え?」


目の前を横切ったのは彼女だ。

足を不自由にし、普通に歩くのもかなり無理をする必要がある彼女が、車椅子はおろか杖もつかずに平然と歩いている。


「お、お嬢様!どうして出歩いているんです!?買い出しなら俺が!」

「えっ、な、なに!?誰…?」

「はぁ!?ふざけてる場合ですか!?」

「アンタの顔なんて知らないわよ!あっ!アナタが最近よく聞く不審者ね!?お父様に言い付けてぶっ飛ばしてやるんだから!」

「不審者に会ったらお父様に言いつけるなんて喧嘩売る前に早く逃げて下さい!!」

「そ、それもそうね!」

「ちょ───」


有言実行の素直な少女は、言われた通り俺から逃げようとする。


しかしそちらは常時赤信号の車道だ。


「お嬢様!」

「きゃっ…」


間一髪。クラクションを鳴らしながら通り過ぎた車は彼女を轢くことなく去って行った。


「お嬢様、足は無事なのですか?」

「うぅ…足…?なんともないわ、健康そのものなんだから」


立ち上がらせた彼女についた土埃をはたきながら、本当に足は痛めていないのを確認する。


一体何が起きている…?


よく見れば彼女の姿は少女と言っていいほど幼く、中学生ぐらいの身長になっている。

流石にここまで小さくはなかった。


「ね、アンタいい人よね?私のこと助けてくれたんだし」

「あまりにも好意にチョロすぎる…人として当然のことです」

「お礼もしなきゃだからお父様に紹介するわ!」

「あーーー待って待って待って待って下さい」


少女とは思えないほどの強さでぐいぐいと引っ張られ、靴底を擦り上げながら引き摺られつつ抗議するが抵抗は無意味だった。


見覚えのあるようでない道、記憶と重なる道はあるが改修前のような店や家が多く目に入る。


やがて辿り着いたのは“変わらず”敷地を囲う堅牢な壁。

お嬢様の住む家だ。


「着いたわ、私の家よ!」

「妹が居たとは聞いてませんが…」

「私は一人っ子よ?」

「そうでしたか…」


非現実だとか現実逃避だとか考えている場合ではないかもしれない。


セオリーを考えてこれは、数年前にタイムスリップしている。






「君、あの子の専属執事として住まないか?」

「変わらないですねご主人殿」


少女に連れられ屋敷で会ったのは少女の父親、いや、彼女の父親だ。


大人の貫禄があるご主人殿は、たった数年では変わらない人としての優しさや魅力が数年前からあったようだ。


「君と会ったことがあったかな?」

「…いえ、それより俺が住み込みで働かせていただいていいんですか?」

「君、家がないんだろう?丁度いいじゃないか」

「親子揃ってチョロいな…」

「優しさと言ってくれたまえ、私は見る目がある方だ。君はきっと…この子に良くしてくれる」


初めて会った日もそうだった。

彼女に連れられ屋敷を訪れてご主人殿と顔を合わせた時、ジッと見つめられて「進路は決まっているのか?ここで働く気はないか?」と聞かれたのだ。


決まってないけど流石に無理です。

と断ったが……結局あの家で過ごす過程で、従者として働くことにはなった。

家賃も光熱費も一人暮らしならタダじゃないんだ。


「お受けします」

「それは良かった、部屋を用意しよう」

「ありがとうございます」

「友人としても、支えてやってくれ。歳は近いだろう?」

「これでも成人したばかりですよ」

「ははは、些細な差だな」


大人になれば確かに些細だが、学生生活の間は大きな開きだと思うのだが…まぁ友人として関わるのは得意だ。


ずっとそうしてきたのだから。


「専属執事?アンタが?」

「そうですよ。よろしくお願いしますね」

「イケメンだし私の執事として申し分ないわね!」

「受け入れるスピードが速い…流石お嬢様だ…」

「早乙女家の淑女なのだから当然よ!」

「そうですね」


自慢気に胸を張る可愛らしい少女の頭をぽんぽんと撫でてやると、嬉しそうにはにかんだ。








少女と過ごす日々は楽しかった。

お転婆な少女は川、山、海、と好きな時に好きなだけ遊びに行き、俺を連れ回しては楽しそうに笑った。


山では


「ねぇ!山頂まで競争しましょ!」

「絶対体が持たないのでやめて下さい死んでしまいます」

「大丈夫!だってこんなにも元気!」

「お嬢様のためにも競争だけはやめて下さい、せめてあそこに見える休憩所までならいいですよ」

「えー?仕方ないなあ」


結果は、大人の体力をもってしても途中でスピードダウンしてお嬢様に勝てなかった。


川では


「川釣りというのが聞いたことがあるわ、カジキマグロ釣りましょう!」

「お嬢様、カジキマグロは川では釣れませんよ」

「無理でも釣るのよ!」

「頑張りましょうね……」

「アナタがね!」

「無理ですから!」


結局、海でもないのに釣れるわけもなく、小柄な魚ばかりが釣れてお嬢様は頬を膨らませて拗ねてしまった。


海では


「向こうに島が見えるわね」

「見えますね」

「先にどちらがあそこまで着くかやってみない?」

「先にどちらが溺れるかの競いになりそうなので絶対に嫌です」

「どうしてよ!」

「死にたくないんですお嬢様、絶対にやらないで下さいね」

「うー、じゃあ砂でお城を作りましょう!」

「うわ超平和…」


お嬢様の誘いに乗ったはいいが、最終的に出来上がったのは縦横1m以上の、海で作り上げるには勿体無いほどの美しさを宿した城を建ててしまった。海だから良かったのか…?


正直子供の体力を舐めていたこともあり、着いていくので精一杯だったが、充実した日々を送っていた。


そして、とあるティータイムの午後。


「折角一緒にいるんだから一緒にお茶を飲みましょうよ」

「友人としてなら」

「友人として!」

「それなら」


彼女に紅茶を注ぎ、対面に座る。

学校ではこんなことがあった、寝る前にはこんなことをしていた。明日はアレがしたい。


と楽しそうに話す彼女に笑いながら相槌を打つ。

そういえば、と思い出した謎かけを彼女に問いかける。


「もし、お嬢様が過去に戻れるとしたらどうしますか?」

「えぇ?過去…?今を楽しむのに精一杯なのに過去なんて見てられないわ」

「お嬢様らしいですね」

「アナタは?」


お嬢様の俺の呼称も”アンタ“から”アナタ“へと昇格していた。

同じシオンの名前を持つせいで自分を呼んでいるようで嫌だと言ったお嬢様への提案でアナタ呼びにしてもらった。


声も、見た目もこんなに似ているのに、口調や雰囲気は子供っぽくて彼女に似ていない。

過去ではなくパラレルワールドにでも飛んだのだろうか?


「そうですね、俺も同じようなものです。お嬢様と過ごすのが楽しくて」

「あらそう?もっと夢中にさせてあげるわね!」

「流石に勘弁してください」

「なんなのよ!」


声を荒げても楽しそうに笑う彼女を見て微笑ましく思う、しかし考えてしまう。


俺が置いてきてしまった彼女は俺がいない間も笑えているのだろうか、と。


「お嬢様、こんな自分を専属執事としてそばに置いてくれて嬉しく思います」

「…どうしたの?急に」

「………。こういう日々を、大切にしたいなと思いまして」

「……変なの」

「だから、忘れないで下さいね。悲しいことも、楽しいことも、全て思い出になりますから」

「………」


しまった。感傷に浸ったせいで変なことを言って楽しいお茶会の雰囲気をぶち壊した。


内心冷や汗をかいているとお嬢様がカップを音を立てて置きながら、テーブルに目を落としたまま言った。


「…何言ってるかわかんない」

「左様ですか」


彼女はそれきりお茶会終了まで喋らなくなった。


自分はそうだが、彼女だってきっと話すことはなくても側にいるだけでいいと思っているのだろうというのがわかる。

お嬢様がお茶を楽しんでいる様子を眺めるだけで時間は過ぎた。


ティーセットを片付けていると視界の隅で揺らぐ歪みのようなものを見つける。

近寄ってみると光が乱反射して歪んでいるように見えるだけだったが……


本能的に理解する。これに触れば帰れる。と









歪みを見つけてから数ヶ月、そしてこの時間に来てからもうすでに一年。

このままここで過ごすのだろうかと考えていた。


今の彼女には俺がいるが、置いてきた彼女の側には誰もいない。

このままで良いのだろうか?と自問自答を繰り返して、結局答えは見つけられずに現状維持を選択し続けている。


ふと目線を向ければそこにある歪み、意識し続けなければ無意識に触れてしまいそうな片道切符。


時間は無為に過ぎていき、覚悟を決めるためにご主人殿に声を掛けた。


「次、お嬢様にお茶会を誘われた日を最後にお暇させて頂きたく思います」

「……。そうか」

「身勝手な理由で───」

「言わなくて良い。きっと君も苦渋の決断だったのだろう?その顔を見ればわかる」

「……はい。給与はお嬢様へお渡し下さい。三千円だけあれば、俺にはもう不要なものです」

「なぜ、たったそれだけ?」


ご主人殿は背を向けたまま問いかける。


「待っている人のために、買い出しに行かなければならなくて」

「………。そうか」

「……いつか、また会えます。その時は一から鍛え直して頂けると嬉しく思います」

「自分勝手なことを言うのだな」

「自分勝手に出ていくので」


ご主人殿はちらりと俺の方を見て、大きくため息を吐いている。


「はぁ…。はは……寂しくなるな」

「……。失礼…いたします」

「あぁ」


書斎を立ち去り、告げた言葉を己の意志に刻むように繰り返す。


俺は、元の場所に帰る。









次のお茶会は翌日に開かれた。

お嬢様は楽し気に喋り、俺はそれに微笑んで相槌を打つ。


言葉が途切れたタイミングで俺は、歪みに目を向けながらもう一度半年前の質問を問う。


「お嬢様は、過去に戻れたらどうしますか」

「…また、その話?」


訝し気な顔でお嬢様は俺を見る。

俺が向いてる方向が気になるのか歪みへと目を向けるが、やはりお嬢様にも歪みは見えないらしい。すぐにこちらへ視線を向ける。


「俺は、過去()未来()の間違い探しばかりで精一杯でした」


記憶にない路地、知らないお転婆お嬢様の一面、変わらないご主人殿やこの屋敷、知っていること、知らないこと全てが俺を歓迎して、この一年退屈することはなかった。


最初に問いかけられた時に答えた俺の言葉は間違いじゃなかった。

ここにきてからずっと、現在(さき)過去(いま)の間違い探しばかりしていた。


不安そうに揺れるお嬢様の瞳を見据える。


「お嬢様。お暇を頂きます」

「……どうして?」

「ずっと、待たせている人がいるんです。一人で、寂しくしていると思うんです」

「私はっ、私は寂しくさせても良いのっ?」

「お嬢様──」

「いやっ!」


拒絶の言葉を放ち、テーブルに両手を叩きつけ立ち上がる。


跳ね上がったティーカップは中身をこぼしてテーブルに広がった。


「絶対に嫌!離さない、逃がさない」

「お嬢様、俺は」

「嫌だ、聞きたくない!聞きたくないよ…っ…」


弱々しく叫ぶ少女、側に近付くと俺の裾を握った。


最初に会った時と変わらず力が強いなと、つい苦笑が漏れる。


「お嬢様、ひとつだけ叶えたいことがあるんです。でもそれは叶わないみたいで」

「なによ!何でも叶えてあげるわよ…っ…どうしてそんな風に言うの!?」

「お嬢様が立派な淑女になっていく姿を、ずっと見守っていきたかったです」

「ずっと見守っていてよ!どうして…どうしてっ…」


淑女らしくなく、俺の腹をぽす、ぽす、と殴りながら嘆く姿を見ているだけで胸が締め付けられる。


決めたことだ。ここで折れてどうする。


「手を離して下さい、お嬢様」

「いやっ…嫌だよ、行かないで!ずっといてよ!」

「お願いします」

「私のわがままなんでも聞いてくれたじゃない!今日だって聞いてよっ!?やだ…っ…やだ…ぁ…ぁぁ…!」

「お嬢様」


涙を流し、叫び、裾を掴む少女の手を包み、顔が良く見えるようにしゃがむ。


「お嬢様のことが一番大切なんです…忘れないで下さい。ずっと貴女のことを想っています」

「だったら…っ…!私から離れるな…ぁ…」

「すみません」

「うぅ、ぅ…」


少女の頭を優しく撫でる、それだけで少女の泣く声はさらに大きくなった。


ずっとそうしていると次第に泣き声は収まり、ひくついた声が上がるようになる。


「お嬢様、また会いましょう」

「ぁ…まって…っ」


お嬢様から離れ、歪みに手を伸ばす、消える瞬間を見られないように、少女が顔を上げる前に。


しかし、悲しいかな。

現実とは全てが望んだ通りに体が動くことはなく、しっかりと目が合って、視界がブレた。






虚空に消えた彼がいた場所を、呆然と眺めながらポツリと。


「どうして…どうしてアンタが泣いてるのよ…」








帰ってきた。見覚えのある道だと分かる路地、いつの間にか溢れていた涙を拭い、買い出しに向かう。


今と昔のの間違い探しは帰ってきてからも無意識に続けていた。


あぁ、もうあの店はもうやってないのだった。あの家の屋根は昔からずっと塗り替えていない。あそこに新しいビルが建っていたのか。あの公園は寂しくなったな。


なんてことを考えながら食材や日用品を買い漁った袋を両手に屋敷に辿り着く。


門を開き、一歩踏み入れると彼女はそこに居た。


「何やっていたの。ずっと」

「…少し、お暇を」

「許可もなしに生意気ですこと」

「すみません、自分勝手に出て行ったもので」


どれくらい留守にしてしまったのだろうか、一年丸々同じ時間を留守にしたのだろうか。


だとしたら彼女はトラウマのように刻まれたあの日々と、出会ってからの日々を思い出していたのかもしれない。


「アナタ、買い出しに行って行方不明になったわよね」

「そうなんでしょうね、どれぐらい時間が経ったのか分かっていなくて」

「ずっと…待ってたわ」

「申し訳ありません」


彼女は車椅子を押してこちらへ近づいてくる。


近くの戸棚に手荷物を置いて何が起きてもいいように両手を開ける。


「泣いたの?」

「そう見えますか」

「目元、腫れてるわ」


サッと触れてみるが自分では分からない。

彼女はしゃがめ、と手で合図し、俺は大人しく従い彼女の側で膝を付いた。


「あの時も泣いていたわね、私を置いて行ったあの日の最後」

「気付きませんでした」

「そうよね、笑ってたものね、でも泣いていたわ」


彼女は俺の輪郭をなぞるように撫でる。くすぐったい。


「私、忘れなかったわ」

「そうでしょうね、出会い頭に車椅子で轢き殺されそうになりましたからね」

「それは忘れて良いのよ」

「どう足掻いても無理だと思います」


彼女はくすくすと笑う。


「お嬢様」

「なにかしら?」

「立派になりましたね」


撫でる動きも、微笑みもピタリと止まり、俺を見つめる彼女の顔から涙がつぅ、とこぼれ落ちた。

そして車椅子から転がり落ちるように俺へと倒れ込んでくるのを、抱きしめて受け止める。


「ずっと、そう言われたかった…アナタに…っ…ずっと…認めてもらいたくて…っ…」

「はい…」

「がんばったの…アナタがいつ帰ってきてもいいように…いつ褒められても良いように…っ…なのにっ…!」


ドス、と腹に拳が突き刺さる。

少女の拳は大人になり、鋭さも重さも成長している。


「再開したアナタは何も覚えてなくてっ!私を想っているなんて言ったくせに!知らないって!初対面だって!!」


ドス、ドス、と拳が突き刺さる。

少女の痛みはずっと理解できなかった物だ。理解してしまった以上甘んじて罰を受け入れよう。


「私が…っ…わたしがどれだけ傷付いたか…っ…」

「すみません、お嬢様」


ぐずるお嬢様の頭を撫でて慰めると、彼女は襟を掴んでぐりぐりと頭を押し付けてくる。


「もう絶対に…逃がさないわ」

「もちろん、もう離れることもないですよ。ずっと一緒です」

「信用出来ないわ…」

「首輪でも付けておきますか?」

「そうね…手錠も一緒に」

「割と勘弁して下さい」


他愛無いやりとりを続けて、笑い合う。


あぁ…帰ってこれて良かった。


「お嬢様、ただいま戻りました」

「おかえり、待たせすぎよ」

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