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甘夏と青年  作者: ささえ
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それは唐突に訪れた



「おはようございます律先輩。昨日はありがとうございました」


 律ら三人で行われた祝賀会の翌朝、出社した律がデスクへ向かうと既に席に着いていた優から挨拶を受ける。


「おはよう優ちゃん。楽しかったね」


「はい! でもちょっと飲み過ぎて、胃がもやもやします……」


「優ちゃん結構お酒進んでたもんね」


 不快そうにお腹を擦る優。律はそんな彼女を(たの)しげに眺めながら、机の上に鞄を置く。


「そういえば、明日の本社会議は朝イチですか?」


「うん。休日出勤になるから午前中には終わると思うんだけどね」


「へえ。私、大きい会議に出席したことがないから想像つかないんですけど、なんだか緊張しそうですよね」


「うーん、どうだろ。でも私が何か発言するわけでもないし、なんとなくやり過ごすよ」


 着席した律は鞄から仕事道具を取り出し準備を整える。そのままパソコンの電源を入れ、よしっと気合いを入れるべく髪の毛をひとつに纏める。


「樋口! この間の報告書の内容で説明してほしい箇所があるんだが、ちょっといいか」


 すると、律の姿を確認した望月が、自身のデスクへ律を呼び出した。


「はい!」


 反射的に返事をした律は、足早に望月の元へと向かう。






「――っ!」




 突如、我慢できない程の頭痛が律を襲った。


 律はたまらず頭を押さえ、膝からその場に崩れ落ちる。


「……樋口? 大丈夫か!? おい!」


 律の異変に気付いた望月は、勢いよく彼女の元へと駆け寄る。

 望月が再度律に声を掛けるよりも先に、律は意識を失いその場に倒れ込んだ。


「誰か俺の車を正面へ回せ! 樋口! おい樋口!」


「律先輩!」


 望月は律を病院に運ぶべく、その場に居合わせた男性社員に指示を出す。

 優も慌てて駆け付け律に声を掛け続けるが、彼女の必死の呼び掛けに応えることもなく、律は苦痛に歪んだ表情のまま、遂にその場で意識を戻すことはできなかった。










   *




 ゆっくりと、(まぶた)を持ち上げる。



 律の意識が戻り最初に見た光景は、記憶にはない白い天井であった。



「律、大丈夫か」



 ふと、自分が横たわっているベッド脇から寺田の声が聞こえてくる。


「修吾……?」


 顔だけ横に向けると、そこには心配そうな表情を浮かべる寺田の姿があった。


「ここは……? どうなっているの?」


 未だに状況が掴めずにいるが、体の酷い不調だけは感じられる。腕には点滴の管が繋がれており、心電図モニターからは、ピッ、ピッ、と規則正しい音が響いてくる。


「律、今朝職場で倒れたんだよ」


 寺田は椅子に座りながら両手を組み、神妙な面持ちで律の事の経緯を説明する。


「え……?」


 思考が上手く働かず、それ以上の言葉が出てこない。確かに今朝望月に呼ばれ向かっていた際に、頭を鈍器で殴られたかのような痛みが襲った記憶がある。だがそれも一瞬の出来事で、それ以降の記憶は全く存在していない。


「そのまま意識が戻らなくて、直接この病院に連れてきたんだ。今もまだ熱が下がっていない。今日は念のため病院に泊まることになったんだよ」


「そんな……でも私仕事が――」


「無理するな、熱が高いから相当辛い筈だ。……それに、もう夜の九時だ」


 寺田から伝えられた時刻に驚く律。そんなに長い間気を失っていたのか。明日は会議に参加しなければならない。今日中に終わらせたい仕事もあった。


「明日の会議も今回は欠席するようにと、望月部長がおっしゃっていた」


 困惑している様子の律に、寺田は苦い表情で望月からの伝言を伝える。


「そんな……」


 初めての本社会議、ましては昇格の辞令をもらえる予定であったのに、体を壊しての欠席とはばつが悪い。何故このタイミングで経験したことのない症状が現れたのだろうか。望月や他の同僚にもさぞ心配を掛けてしまったことだろう。


「数日間は絶対安静みたいだから、仕事にも来るなよ」


 律が職場を気に掛けていることを察したのか、寺田は律を優しく宥める。


「でも……」



「大丈夫だから。大丈夫」



 寺田に額を撫でられる律。



「ほら、きついだろ。もう寝ろ。明日も会いに来るから」


「……分かった……ありがとう」


 熱が上がってきたのだろうか、脳内がぼやけて思考が回らなくなってきた。

 今は何もできない。起きてしまったことは取り返しが付かない。次出社した時に、部署の皆に謝罪とお礼を伝えよう――。



 寺田の優しい声色は、律を再び夢の世界へ誘うには充分であった。




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