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甘夏と青年  作者: ささえ
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マキの願い




「やべえ、空箱回収しに行くの忘れてた」



 ある日の夕方、三津総合病院に赴き前日の弁当の空箱を回収する智明。

 弁当箱を専用の回収籠に入れ駐輪場へ向かおうとしたところ、ふとマキが律と過ごしていると言う中庭が気になった。


「確か入院棟の方? って言ってたよな」


 腕時計を確認するとまだ時間に余裕がある。智明はこっそり二人の様子を覗きに行くことにした。




 院内マップを見ながら中庭に辿り着くと、花壇近くのベンチに二人の男女の姿を確認する。

 マキと、マキより少し年上に見える綺麗な女性だ。

 おそらく彼女が律という名前のマキの妹なのだろう。彼女に対し隠しきれていない愛おしさの詰まったマキの眼差しがそれを証明しており、智明はいけないものを見てしまったように感じ気恥ずかしさが生じる。


「あんな顔しちゃって、どんだけシスコンだよ」


 だがそれ程までの愛情を受けている彼女も、例外なくマキの正体に気付けていないというのだ。

 マキは、またこの世界を過ごせることが奇跡だと言っていた。

 だがそれは果たして本当に奇跡なのだろうか。

 大切な人達から気付かれない時を過ごすことは、マキにとって拷問なのではないのだろうか。


 ……いや、自分主観で物事を判断することはやめるべきだ。マキが今、律と笑い合って過ごしていることは紛れもなく真実なのだ。

 それに暇な時間はどうせ智明の元に遊びに来る。というより、ここ最近は皆勤賞だ。



「あいつ、今日もうちに来るんだろうなあ……」


 仕方ないから遊び相手になってあげるか。


 智明は遠巻きに二人の姿を確認しただけで、その場から立ち去りくるまだへと向かった。








「――なあトモ、今度近くの海で花火大会があるじゃん? その日の天気ってどうなってる?」



 智明の部屋で智明とマキの二人がだらだらとゲームをしていたところ、不意にマキが話を切り出す。



「ああ、毎年やってるやつね」


 マキの言葉の指す花火大会とは、恐らく地元で毎年開催されている花火大会の事だろう。智明も幼い頃に何度か行ったことがある気もするが、正直詳しくは覚えていない。



「日にちは?」


「三十日」


「ちょっと待って」


 智明はスマートフォンを手に取りその日の天気を調べ出す。



「晴れだって。律さんと見に行くの?」


「うーん、見れたらいいなって」


 いつになく弱気なマキに、智明は目をぱちくりとする。



「約束してないの?」


「約束してた。俺が死ぬ前、律が小さい頃。だからもう覚えていないかもな」


「また約束すればいい話じゃん」


 何をそんなに気にしているのだろうか。常に自信家なマキの珍しい姿勢に智明は素朴に疑問を抱く。





「俺、そろそろかもって思えてきたんだ」



 マキはゲームのコントロール機を床に置くと、ぐっと体を捻り背中の骨を鳴らす。



「何が?」


「多分、そろそろ消えてしまう」



 マキの唐突な告白を受け、智明は思わず目を見張った。


 確かにマキがこのまま永遠に存在し続ける訳ではないと理解はしていた。だがいざ言葉にされると、短い時間しか共に過ごしていない智明ですら切ない感情が込み上げてくる。



「俺が死ぬ直前もさ、家で待つ律に、すぐ帰るって約束していたんだ。でもその約束を守ってあげられなかったから。また約束して、それでもってまた裏切ってしまったら……ってね」


 マキは困ったように眉尻を下げ苦笑する。



「そっか……」


 やるせない気持ちが強い智明だが、自分が直接何かできる訳でもない。マキの想いを尊重することが彼にとって一番だと判断し、それ以上追及することをやめる。



「でもな、この間、うっすら花火大会の話だけはしたんだよ。だから、もしかしたら最後にその場所で二人で見れるかもしれない。正真正銘、最期の花火」



 希望と不安とを交互に抱き、言葉を紡き続けるマキ。



「見れるよ」



 智明は根拠もなく即答する。


 マキが生前何をした訳でもない。たかが花火を妹と見るだけだ。それぐらいの褒美はあって当然だと、智明は強く思う。



「……ありがとう」


 智明の力強い肯定の言葉を受け、マキは嬉しそうに表情を和らげた。


 どうせなら浴衣でも貸してやろうか。祖父のもので良ければこの家にもあるかもしれない。もし無くても二人の思い出作りの手伝いができるのであれば買ってあげても構わない。


 智明は当日の二人のプランを考えると、まるで自分の事の様に心が躍り出した。








 ――しかし、この日の会話を最期に、マキが智明の前に姿を現すことは二度となかった。





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