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甘夏と青年  作者: ささえ
36/43

ルール



 くるまだに到着した智明とマキ。二人は店の脇にある家の玄関口から中へと入る。



「千恵姉ただいま」


 智明の声が届き、家の奥から千恵美が姿を現した。


「お帰り、遅かったわね。あれ、あんたこっちにも友達いたんだ」


 千恵美はマキの存在に気が付くと、エプロンをはたきながら挨拶を交わす。


「初めまして、智明の叔母の千恵美です」


「初めまして、突然お邪魔してしまってすみません」


 智明の横で千恵美に対し会釈をするマキ。


「友達の雅紀っていうんだ」


「……? 誰?」


「雅紀」


「だから誰? なんで口をパクパクしているのよ」


「マキといいます。よろしくお願いします」


 智明と千恵美の会話を遮るように、マキは自分の名前を彼女に伝えた。

 千恵美への挨拶を済ませた二人は智明の部屋へと向かう。


「お前、試したな?」


 マキは呆れたように智明に視線を寄越す。


「名前が聴こえないって本当なんだな。驚いたよ」


「別にいいけど、千恵美さんからしたらお前相当変な奴だぞ」


「身内だから試せたんだよ」


 部屋の中に入ると、智明はマキに対し適当に座るよう促した。


「トモの家は弁当屋さんなんだな」


 家に到着した際に表のくるまだの看板を視界に捉えていたマキ。病院で智明と会った時に彼は腰にエプロンを巻いていたのだが、配達途中だったのかと腑に落ちる。


「いや、ここはじいちゃんち。俺の実家は東京にあるよ。夏休みの間だけこっちに居るんだ」


「へえ、そういうことか」


 マキは興味深そうに部屋の中を物色する。


「なんかいいな。都会に住んで、田舎にも家があるって」


「まあ毎年こっちに来てる訳でもないけどな」


「そうなの?」


 その言葉の通り、今回智明が三津市を訪れたのは約二年振りとなる。


「それで、まずは服だったよな。今必要か?」


「いや、今はいいよ。準備してくれていたら勝手に現れて着ていくから」


「お願いだからちゃんと玄関から訪ねてこいよ。もし急に現れたところを千恵姉とかが見つけたら大騒ぎになる」


「分かった分かった、そうするよ」


 果たしてマキは自分がイレギュラーな存在だと理解しているのだろうか。智明は危なっかしい彼に肝を冷やす。


「でもさ、自分の兄ちゃんがどんな服だろうと妹さんはどうでもいいんじゃない?」


 智明は脱ぎっぱなしの服をいくつか手に取りマキ用にと仕分けを始める。


「ああ、妹は俺の正体に気付いていないからな」


 けろっとした表情で発言するマキ。


「……え? ……いやいや、名前は伝わらなくても顔を見れば分かるでしょ」


「それが、どうやら分からないみたいだ」


 マキの言葉を受け智明の手が止まる。


「この間病院で色んな人と話してた俺を見たって、トモ言ってたよな?」


「……ああ」


「あの人達俺の知り合い。因みに一人は父親ね」


 智明は以前病院で見かけたマキと男性達との会話を思い返す。相手側はマキの正体に気付くも何も、明らかに迷惑そうな対応しかしていなかった。


「……そうなのか」


 自分の知り合いや、ひいては家族からも忘れられているということだ。通りでその時のマキの表情が暗かった訳だ。


「妹も、ああ、律っていう子なんだけど。何度か会話したらその内気付いてくれるかなーって思ったんだけどね。きっと気付くことはないんだろうな。恐らくそういう()()()なんだ」


 他人事のように話すマキ。折角また家族に会えたというのに、じりじりと、真綿で首を絞めるようとはこういうことなのではないのだろうか。


「でもトモが気付いてくれたから。俺にとっては初対面なんだけど、何でかトモといると、俺、生きてるんだなって感じがするんだよな」


 マキは、カラッと笑って見せる。

 数か月程前に、同じようなセリフを別の人からも言われた。


 ーーだがその言葉を投げてもらえたからといって人は救えないと、過去の自分が非情に呟いた。




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