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甘夏と青年  作者: ささえ
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【第二章】雅紀と智明


 三津総合病院へ配達に訪れた智明。

 自転車を停め裏口に向かおうとしたところ、正面玄関前で戸惑っている様子の男性に気が付く。

 見舞客だろうか、土日は正面口が閉まっていることを知らないのかもしれない。


「あの、今日、日曜なので正面からは入れないですよ」


 智明がその旨を伝えようと近付くと、その男性は以前病院で見かけた、雅紀と名乗る青年であった。


「あ、そうなの?」


 智明の説明を受けた雅紀は困ったなと右手で喉を擦る。

 雅紀を厄介な青年と記憶していた智明は、声を掛けたことを少しだけ後悔した。


「土日は裏口から入れますよ。お見舞いですか? えっと、雅紀さん?」


 後に引けない智明は裏口の方向を指差し説明する。

 すると雅紀は視線を智明に向けたまま、驚愕の表情を浮かべてみせた。


「あ、すみません名前勝手に知ってて。この間受付で雅紀さんが病院の人とかと話している時に偶然居合わせて、何となく名前を憶えていたんですよね」


「今……俺の名前……」


「あれ? もしかして違いました?」


「違う、そうじゃなくて、雅紀って言ったよな? 樋口雅紀って、もしかして俺の名前ちゃんと聞こえているのか?」


 予想していなかった雅紀の反応を受け、やはりおかしな人なのかと智明は苦手意識を強くする。


「聞こえてますけど、樋口雅紀さん。それがどうかしたんですか?」

「君にお願いがある! 俺の話を聞いてくれないか!」


 雅紀は智明の肩を両手で掴み、勢いよく顔を近づけた。



「……はい?」



   *



 三津総合病院への配達を終えた智明は、雅紀と共に近くにある適当なファストフード店へと入る。

 レジで注文を済ませた二人はテーブル席に着くと向かい合う形で腰を下ろした。


「付き合ってもらってごめんな」


「いえ、特に予定もなかったから大丈夫です」


 成り行きとはいえ一緒にいる自分に智明は呆れてしまう。だがこうして正面から見る雅紀は、癖のない爽やかな普通の好青年に見える。


「驚かないで聞いてほしいんだが、俺、死んでるんだ」


 ……前言撤回だ。やはりおかしい。


「は?」


 智明は思わずタメ口で返事をしてしまった。


「俺、交通事故でさ、一度死んでるんだよ」


 表情を変えることなく同じ言葉を繰り返す雅紀。


「いやいやいや、俺とも普通に会話してるし、他の人とも会話してたじゃないですか」


 そんな雅紀に対し、智明は不快感を正直に顔に出してしまう。


「歳も近いしタメ口でいいよ。そうか、どう証明したら信じてくれる?」


 雅紀は、うーん、と思考を巡らせた(のち)、何かを閃いたかのようにパッと表情を明るくした。



「そうだ、もう一回自分で死んでみようか?」



「やめてくれ。笑えない」



 智明は遂に我慢できなくなり、強めの口調で反論した。



「……あんた嫌いだわ」


 何故のこのこと付いてきてしまったのか。智明はこの場を去るべく席を立つ。


「待ってくれ! もし癇に障ったのなら謝る。だけど本当の事なんだ」


 雅紀は反射的に智明の腕を掴み、話を聞いてくれるよう懇願する。

 しつこい雅紀に智明は諦めたように渋々着席しなおした。



「分かった、そういう設定でいい。ただ何でわざわざ俺にそれを伝えるんだ」


「それは君に俺の名前が伝わったから」


「は? どういうこと?」


 意味の分からない回答に更に苛立ちを募らせる智明。


「樋口雅紀っていうのは俺の生前の名前なんだ。だがどうしてか、今の俺がその名前を誰かに伝えることはできないんだよ。発音しても言葉が消えるんだ。試しにやってみる。見ていてくれ」


 雅紀はテーブル横を通り過ぎようとする若い女性店員に声を掛ける。


「店員さんすみません、ちょっといいですか?」

「はい、何でしょう?」


 愛嬌のある女性は笑顔で応える。


「俺の名前、樋口雅紀っていうんだけど、前会ったことあるよね?」


 智明は片肘をテーブルにつき二人のやり取りを呆れたように傍観する。


 ちゃんと発音できているではないか。それより声の掛け方が(たち)の悪いナンパにしか見えず、同席する智明まで恥ずかしくなる。



「えっと……すみません、もう一度よろしいですか?」

「樋口雅紀、思い出した?」

「あの……ですから、お名前は? どちら様でしょうか?」



 すると、女性の表情がみるみる怪訝なものへと変わっていく。



「え……?」


 嚙み合わない二人のやりとりに智明は目を疑う。



「樋口雅紀、樋口雅紀だよ」


「あの、すみません私呼ばれましたので。もし何かございましたらテーブルについている呼び出しのボタンを押してください」



 やばい奴に絡まれたと、女性は足早に去っていった。




「ーーな? 信じてくれた? 俺の名前、伝わらないんだ」


 雅紀は恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。


「彼女に嫌な思いをさせてしまったな」


 そして死角へと消え去った女性店員に対し、申し訳なさそうに呟いた。



「何で? 俺には普通に樋口雅紀って聞こえたんだけど」


「そう! お前だけなんだよ」



 混乱する智明に対し、雅紀は興奮するように声を上げた。



「どうしてかお前にだけは俺の名前が伝わるみたいなんだ」


 俄かには信じられないが、だが確かに先程のそれは異様なやり取りであった。言われてみれば目の前の青年がどこか微かな存在のように見えてくる。


 ーー不意に、雅紀が大輝の姿と重なった。




「だから今はマキって名前で過ごしているんだ。それだと相手に伝わるからな」


 注文したジュースのストローをくるくると指で弄る雅紀。


「分かった。今のやり取りを見せられたら流石に信じるよ。……それで、俺にどうしろっていうんだ」


 智明は困ったように額に手を当てる。



「俺、あの病院に妹が入院しているんだ。その子がまあ死にそうな顔で毎日過ごしていて。俺がまた消えてしまう前に、その子に元気になってほしいんだよね」




 ……またかよ。


 どいつもこいつも、自分の周りには死が付きまとう。



「ただ、俺今一人だからさ、俺の事情を理解してくれる仲間が欲しいんだ」


「要するに、上手く馴染めるようサポートしてほしいってこと?」


「そういうこと」


 智明の言葉に雅紀はパチンと指を鳴らす。



「君、名前は?」


「智明、皆はトモって呼ぶ」


「トモ、これからよろしくな。俺は雅紀でもマキでもいいよ」



 まだ手伝うと返事をしていないのだが。しかしここまで来ると何かの縁なのではとも思えてくる。


「それならマキって呼ぶよ。じゃないと他の人と居る時に辻褄が合わないだろ」


「おお、お前頭いいな」


 飄々と言葉を吐くマキに馬鹿にされているのだろうかとムッとなる。だが本人に悪気はなく、単にそういうタイプの人間なのだろうと、短い会話の中からも少しずつ雅紀の性格を掴めてきた。



「マキは今どこに住んでんの。家もないだろ?」


「どこにも住んでないよ。自由に消えられるし、そんで自由に現れられるから」


「本当に幽霊かよ……」


 現実離れした会話の内容に智明は頭を抱える。


「ただ服とかさ、いつも同じなんだよな。それは嫌だから貸してほしい」


「そういう問題か?」


「毎回同じ服のダサい奴って思われたくないじゃん」


 相手もそんな些細なことは気にしないと思うのだが。家族なら尚更どうでもよく思う筈だ。


「分かった、じゃあ一度俺の家に来るか?」


 今日の配達が全て終わったとはいえ、あまり長時間留守にすると千恵美から電話が掛かってきてしまう。話の続きは家で聞くことにする。


「ああ、頼むわ」



 テーブルの上のジュースを飲み干した二人は、智明の家へ向かうべく席を立った。




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