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甘夏と青年  作者: ささえ
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再会


 左右に広がる甘夏畑を抜けた先。実家の前に到着した律は、一度深く深呼吸をする。

 随分と長く帰っていなかったが、やはり実家を前にすると懐かしさと安堵感が込み上げてくる。


「ただいま」


 ガラガラと玄関の引き戸を開ける。そこから覗く家の中の景色と懐かしい匂いは、数年前の記憶と同じものであった。



 ……ああ、帰ってきたんだ。


 律はしみじみと実感する。

 入る前は多少の緊張もあったのだが、一歩玄関内へ足を踏みいれると、それらの緊張は一瞬で消えてなくなった。



「――おかえりなさい」



 律がかがんで靴を脱いでいると正面から声が聞こえ、ぱっと顔を上げる。



 ――何年振りだろうか。



 優しい母、雅美の姿がそこにあった。





「お母さん……」



 情けない気持ちや恥ずかしい気持ち、会えて嬉しい気持ちの何もかもがひっきりなしに沸き上がり、それ以降の言葉に詰まってしまう。


 言いたいことは沢山あるのだ。伝えたい想いが沢山ある。




「会いたかった」


 雅美は目の前にいる自分の娘の顔を見て、愛情が溢れんばかりの尊い母の表情で、優しい声を律に掛けた。




「――私も!」


 律は、気付けば泣いてしまっていた。恥ずかしい程に喉を鳴らして泣いていた。会いたくて、甘えたくて仕方が無かった自分の気持ちが爆発する。


 律はゆっくりと雅美の元に近寄り、そっと抱き着く。



「ただいま、お母さん」



 自分の帰る場所は、ずっとここにあった。

 やっと母の娘に戻れたと、律の心は今、紐解かれたのだ。






 ――




 二人して居間へと足を運ぶと、先程振りの豊の姿もあった。


「おかえり」


 豊は椅子に座り、マグカップを手にしながら律に対し声を掛ける。


「ただいま」


 律は少しだけ照れた表情で言葉を返した。


 そこからは家族三人で久し振りに会話を交わし、ゆったりとした時間を過ごし始める。

 今までこんなにも素直な気持ちで家族と向き合ったことは無かったのかもしれない。

 当たり前かもしれないが、律から見る雅美は以前に比べ少し老けたように感じる。話を聞くとどうやら体調はすこぶる快調のようで、ここ何年かは無理のない範囲でパートをし、家事全般もこなしているらしい。


 律の帰りに合わせて準備をしていた料理の数々をテーブルへと運ぶ雅美。


「懐かしい。お母さんのこの料理、よく食べていたな」


 律はいただきますと合掌し、目の前に広がる雅美の手料理を次々と口に運んでいく。それらは忘れることもない律の大好きな母の味で、油断するとまた涙が出そうになってしまう。


「どうかしら?」

「美味しいよ、すっごく」

「それは良かった」


 雅美はほっと胸を撫で下ろし、律の反応を素直に喜ぶ。



「ほんのこの前男の子に会ったのだけれどね、律の話になって、お母さんの料理を食べさせてあげてくださいって言われたの。だからね、張り切って作っちゃった」

「そうだったんだ」


 ニコニコと話す雅美に律の心がほっこりと和む。近所の子どもだろうか、自分の知らないところで自分の話題が出るのは少しだけ(くすぐ)ったい気持ちになる。


「律、前のお仕事の話も聞きたいわ」

「おい、律も退院したばかりで疲れているだろう」


 矢継ぎ早に質問を続ける雅美に、豊は呆れるように釘を刺す。


「大丈夫だよ」


 そんな両親のやり取りを目にし心が熱くなる。律の中だけで止まっていた家族の時間が、再び回り始めたように思え胸に迫った。




「私、ちょっと自分の部屋を見てきてもいいかな?」


 一通り会話が盛り上がった後、律は自分の部屋を覗きたくなり雅美に確認を取る。



「勿論よ」


 雅美の返事を貰うと、律は早速二階にある自室へと向かった。

 そんな律の後姿を豊らは微笑ましそうに眺める。



 ふと、雅美が不思議そうに首を傾げる。





「――……そういえば、あの男の子の名前、何だったかしら……?」






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