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甘夏と青年  作者: ささえ
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外の世界



 退院当日は天候に恵まれ、朝から穏やかな気持ちで迎えることができた。

 長かった入院生活もいよいよ終わりを迎えたのだ。

 退院の支度をする律は、脇にある自身のベッドを見て少しだけ寂しさを覚える。昨夜は長い時間ヨネと会話をしていた。退院後も見舞いに行こうとは考えているのだが、それでも別れは名残惜しく、時間が許す限り話をしていたかった。



「本当に行っちゃうのね。寂しくなるわ」


 律が荷造りを済ませカーテンを全開にしたタイミングで、隣のベッドから姿を現したヨネに声を掛けられる。


「はい、ヨネさん。本当に、本当にありがとうございました」


 律はヨネに向かい、深々と頭を下げる。


「こちらこそありがとう。おかげで楽しい入院生活だったわ」


 にっこりと笑顔を返すヨネ。


「またすぐに会いに来ますね」


 そんなヨネに律は再会の約束を結ぶ。

 部屋の入口から出ようとしたところ、「りっちゃん、またね」とヨネの言葉が背後から聞こえてきた。

 ゆっくりと視線を戻した律は、ヨネに向かい満面の笑みで静かに頷くと、いよいよ病室を後にした。





 予定では正午過ぎ、あと十分程で豊が病院まで車で迎えに来てくれる。それまで時間に空きがあるため、律はいつもの中庭へ足を運ぶことにした。

 マキとは先日の一件から再び会うことなく今日を迎えた。喧嘩別れなのかどうかも分からないが、その後中庭へ行こうという気持ちになれなかったのだ。


 しかし、だからといって律の心は不安定な訳ではない。確かにショックは大きかったが、感謝の気持ちや楽しかった思い出は律の中にしっかりと残っており、前向きな気持ちでこれからのことを考えられている自分がいる。




 ――ただ、それでも最後にもう一度、彼と会えるのなら……。




 中庭に着くと、いる筈がないと分かっていてもついマキの姿を探してしまう。

 ベンチに目を向けると、いつもの様に笑顔で律を迎えるマキの姿が浮かんで見えた。



「マ――」



 ……だがその姿も一瞬で消えてなくなる。

 自分は幻影を見る程に女々しい女になったのかと、律は呆れたように笑ってしまった。


 それ以上その場に留まることなく踵を返したと同時に、ポケットの中からスマートフォンの着信音が鳴り響く。どうやら豊が病院に到着したみたいだ。




 駐車場に着き辺りを見回すと、車から降り律を待っている豊の姿を視界に捉えた。



「お父さん、迎えありがとう」


 律が車に駆け寄りお礼の言葉を伝えると、豊は無言で頷いた。


 律は荷物を後部座席に載せ、自身も助手席に座りシートベルトを装着する。


 豊が車のエンジンをかける。


 計三か月足らず、密度ある時間を過ごした病院を、律はゆっくりと後にした。




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