すれ違い
……――
「あいつは内緒にしてほしいのだろうが、俺としては知っていてほしいかな。まあそういうことで。またな、樋口」
二人して病院の出入り口へと辿り着く。
そのまま互いに挨拶を交わし、望月はいよいよ仕事へと戻っていった。
律の中に、仕事の日々の感覚がうっすらと戻ってきたように感じる。闘志が湧き、やってやろうと心が躍る。
みんなにチャンスを貰えた今日という日が、この瞬間が、自分にとっての再スタートとなったのだ。
――ああ、マキに会いたい。この気持ちを伝えたい。
律は病室に戻ることなく、そのまま二人の場所へと向かう。もうすぐマキが見舞いに病院を訪れる時間帯だ。
中庭に到着すると、そこにマキの姿は未だ無かった。
律は先にベンチに座り、彼を待つことにする。
仕事の話を熱く語ってしまったなら、また色恋話じゃないと笑われてしまうだろうか。スマートフォンを弄りながらそんなやり取りを想像していると、同じベンチに座ろうとする男性がすぐ側まで来ていた。
男性に気付いた律は、慌ててベンチの端へと移動する。
「すみません。どうぞ」
下を向いてスマートフォンを弄っていたため、男性に気付くのが遅くなってしまった。
にやついた顔を見られていたらどうしよう、と気恥ずかしさが一気に募る。
同時に時刻を確認すると、とっくに十八時を過ぎていた。
「うーん、今日はお見舞いに来ていないのかな」
マキも毎日見舞いに来ているようではないため、今日のようにタイミングが合わず会えない日も当然ある。
それでも外の空気を吸うだけで気分転換になるので、律の中では中庭に出ることが習慣となっていた。
「あっ、座っていいですよ。私もう移動するので」
おそらく自分が居たら気まずいのだろう。男性がなかなかベンチに座ろうとしないため、律は腰を上げ、自分の病室へと戻ることにした。