甘夏畑を抜けた先に
街中を歩いていると、道路の至る所に八月末に開催される花火大会ののぼり旗が設置されてある。どうやらここから近くの海辺が開催場所のようだ。
――そうか、いよいよ始まるのか。
青年は自身の少年時代に思いを馳せる。
住宅街を数分程歩き進めると、フェンスに囲まれた、そう広くない甘夏畑が左右に広がってきた。その中央の道をまっすぐ進むと、とある一戸建住宅が正面に現れる。
青年は玄関口へと足を運ぶ。玄関付近には多彩な花を灯す植木鉢が所狭しに並んでいる。
インターホンを一度だけ押す。
すると、家の中から「はーい」と、女性の返事が聞こえてきた。
引き戸の扉が開き中から現れたのは、恐らく五十代半ばに見える、少し痩せ型の女性であった。
「何かしら?」
女性は、玄関の外に佇む青年に声を掛ける。
「これ、免許証を近くで拾って、こちらの住所だったので、もし探していたらと思いまして」
青年は先程ポケットにしまった免許証を取り出し、目の前にいる写真の本人へと手渡した。
「やだ、私ったら落としていたのね。危ない、気付かなかったわ。どうもありがとう」
「いえ、たまたま拾っただけなので」
青年の爽やかな笑顔に、女性もつられて顔を綻ばせる。
「お礼をしたいわ、今ね、美味しい甘夏が沢山なっているの。ちょっとここで待っていて頂戴」
「いえ! お礼は結構ですよ!」
青年の声が届く前に、家の中へと消えていく女性。青年はそんな彼女をせっかちだなと思いながらも、玄関から覗く家の中の風景をひとり遠い目で眺めて待つ。
その瞳は少しだけ寂しげな、それでいてどこか温かな感情を帯びている。
「――きゃっ!」
突如、家の奥から先程の女性の叫び声と、何かしらの落下音が飛び込んできた。
衝撃音に、はっと意識を戻す青年。
彼女が怪我をしたのではないかと、もしもの想像が脳内を過り、勝手に上がり込むことは失礼だと理解しながらも、急ぎ声の発生元へと向かった。
「大丈夫ですか!?」
今しがたの物音は、どうやらこの家の台所から発生したようだ。
そこには床に座り込む女性の姿と、高い位置で開きっぱなしの戸棚の扉、そして床にはいくつかの甘夏と木製の大きな受け皿が転がっていた。
「いたたた……」
座ったまま腰を擦る女性。
「驚かせちゃってごめんなさい。やーね、上からお皿ごと甘夏を取ろうと思ったら、予想以上に数が多くて……。支えきれなくなって頭から被ってしまったわ」
青年は女性の傍へ駆け寄ると、そのまま彼女の肩を支え、ゆっくりと立ち上がらせた。
「怪我はないですか?」
「大丈夫よ、何から何まで、恥ずかしいわ」
恥ずかしそうに頬を赤らめる女性に青年は安堵すると同時に、思わずくすっと笑いをこぼしてしまった。
「折角だわ、うちで食べていって頂戴な。これじゃなくて、冷蔵庫で冷やしてあるものを剥くから」
女性は床中に転がる甘夏をひとつずつ拾い上げ、側にある棚の上に載せていく。
「それなら、少しだけご馳走になっていこうかな」
青年は言われるが儘に居間へと案内され、テーブルの椅子へ腰を下ろした。