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甘夏と青年  作者: ささえ
18/43

マキとの約束




   *




「律はさ、退院したら復職するの?」



 ヨネとの会話から時間が経過し十八時を過ぎた頃、いつものベンチにマキの姿を認めると、律はその隣に腰を下ろした。


「どうだろう、仕事はしたいけど、前の職場には戻りづらいな」


 律は復職について、敢えて考えることを避けていた。

 以前の仕事は確かにやりがいがあり、復職したくないといったら嘘になるだろう。だが今回の急な退職が会社や取引先に迷惑を掛けてしまったことに間違いはなく、自分が復帰を望むこと自体が厚かましいことに思えてくる。


「ふーん、気にしすぎじゃない? 律が戻りたいなら戻ればいいじゃん」


 ぼそぼそと言葉を濁す律に、マキは理解できないといったように首を傾げる。


「勿論何かしらの仕事はするよ。一からまた頑張りたいと思ってる」


 しかし、もし以前の会社に復職したとして、また急な発作が起こってしまったら? 今度こそ邪険に扱われてしまうのではないか。

 一から関係を築く新しい会社で(うと)まれるならまだ耐えられるが、気の知れた大切な仲間達に嫌われてしまったのならば、今度こそ立ち直れなくなるだろう。


 律は病気というハンデを、それほどまでに意識していた。




「まあ、何でもいいよ。何でもいい。仕事しなくてもいい。サボってもいい。これからの人生どうなったっていいんだよ」



 マキは後頭部の後ろでぐぐっと両肩をほぐし、そこまま空を仰ぎ目を閉じる。



「ふっ、何それ」



 マキの適当な言葉に、律はつい吹き出してしまう。



「私、何してもしなくてもいいの?」


 わざとらしく眉を(ひそ)め問いただす律。



「うん。なんか分かんないけど今日も一日笑って終わったなーって思えたら、それでいいんじゃない?」


 マキは、あっけらかんとした表情で笑ってみせる。



「確かに。それは最高かも」


 あれこれと深く考えていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。マキの言う通りだ。



「でしょ?」


 マキはにやりと笑い律の顔を覗き見る。


「そのぐらいでいいんだよ」


 そして再び空を仰ぎ、穏やかな表情を浮かべてみせた。



 退院後のことは退院後に考えればいい。準備するに越したことはないが、まあ後手に回ってもいいかと思える。人生はまだまだ長い。


 マキと出逢うまでは生きる理由を見失っていた律だったが、今では長生きする前提の思考となっていることを、自分でも気付いてはいなかった。


 今はただ、今しか得られない感情や経験を大切にしたい。




「マキ、明日の夜、病院に来れる?」



「夜? 行けるよ」



 律の唐突な質問にマキは少しだけ考えるような素振りを見せたが、どうやら大丈夫なようだ。



「それなら明日の二十時、ここで待ち合わせ、約束ね」



 マキも詳細を話さない律を不思議に思っただろうが、「了解」とだけ返事をし、律がそれ以上詮索されることはなかった。



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