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【序章】そして、夢の終わりが訪れる
――八月××日
海が見える。
防波堤の先端には一人の影が伸びている。歳の頃は20歳前後だろうか。青年のビー玉のように透き通った薄茶色の瞳は、目前に広がる茫洋とした大海原を捉えている。
白いシャツに淡いブルーのデニムの装いが、群青色の空と陽の光を反射した海面に溶け込み、美しい光景の一部を担う。海上では数羽の野鳥達が羽を広げ気持ちよさそうに空を泳ぐ。
日本の、ある場所の、ある夏の日だ。
心震わせる波の音が耳に馴染む。
きらきらと落ちてくる光のおはじきが水面で跳ね、少しだけ生暖かい風が潮の匂いを運んできた。
青年は自身の右手の中にある、女性の顔写真が写った一枚の免許証に視線を落とす。
そのまま何を発することもなく一度だけ頷くと、それをデニムのポケットへとしまい、街中の方へ向け踵を返した――。