68話 Side エルバード② 冒険者からの嘆願
精霊の案内の下、木々を伝りながら《暗視》を駆使して暗闇の森の中を進むことおよそ二十分。眼下に人族の集団が映る。
「なんだよこの数!!」
「処理しきれねぇ…。」
「クソッ!!スレアス、エーレオ。ランクFたちの援護行けるか!?」
「すまない!!無理だ!!」
「こっちも手一杯!!」
見たところ野盗や奴隷商のような危惧していた連中ではなさそうだった。身なりからして、冒険者…なのだろうが、装備の少ない者がチラホラいる。
おまけに小さな蜘蛛型の魔物に襲われているようで、負傷者も多数出ている。
「仕方ないですね。氷結冷気」
それを見かねたティアンネが《氷雪魔術》を発動させると辺りを冷気が侵食し始める。それは蜘蛛の魔物に留まらず、半径百メートル圏内の人族を除く全ての生物や草木が氷の彫刻と化する規模だ。
「こ…これは!?」
「なんだなんだこれ?」
「何が起きたんだ!!」
「こ…ここ氷?」
消えそうな松明を掲げながら各々呟く彼らの前に降り立つ。
「あ…あなたたちは何者ですか!?」
「それはこちらのセリフです。君たちこそ何者ですか?そもそもこんなところで何をしてたんですか?」
わたくしは警戒しながらも丁寧に問い返す。無論、ここで不穏な回答をした場合は容赦はしない。
「あ…危ないところを助けていただきありがとうございます。私たちは近くの街イルゼンから来た冒険者です。先日、ゴブリンスタンピードの掃討を行い、その帰還中に…蜘蛛の魔物に襲われました。」
わたくしの目を見て真摯に話す少女。とても嘘をついているようには見えないし、真実なのでしょう。
ただ気掛かりなのは、ゴブリンのスタンピードを相手取るにしては戦力が少な過ぎるということ。目の前の少女とこの集団のリーダーらしき青年、あとはちらほら戦える者がいるくらいで、とても対処しきれたとは思えない。現にわたくしたちが助太刀するまで蜘蛛の魔物にすら苦労する有様でしたし。
まぁ、単に規模が小さいかったから乗り切った線もありましょう。
「そうですか。でしたらわたくしたちは戻ります。」
「イルゼンならこっちの方角へ進めば街道に出るはずよ。気を付けてね。」
害がないのなら問題はない。そう判断したわたくしが去ろうとした時だった。
「ま…待ってください!!その…お二人はエルフ…なのですか?」
「……そうですが?」
確認とも取れる発言に再度警戒度を高める。
「お、お願いです!!助けてください。」
「む?」
「ん?」
何やら逼迫した様子で訴える冒険者の少女。何か重大な事象でも起きたのだろうか?
アナベルと名乗る少女に詳しく事情を聞いてみることにしたが、それは想定していた以上に厄介な問題だった。
「そうですか。厄介なことを…。」
何も知らずにあれの巣を突いたのか?
だがそれについて問い掛けるも冒険者たちは何も知らなかった。不良冒険者についても考えたが、ナディアという人物が厳しく統率してたらしく、その線は薄そうだった。
なら何だ?何が原因だ?
そう思った時、一人の美しい少女の姿が脳裏に浮かぶ。『魔物を狩ってくる』と言っていたが、まさか…ね。
「とにかくまずいですね。」
「そのナディアという方の実力はどうであれ、あれは私も手は出したくない魔物ですし…とにかく急ぎましょう。」
「ちょ…ちょっと待ってください!!」
そこに待ったを掛けるように、一人の青年が声を掛けてきた。
彼は確かナバーロと言ったか?この中じゃ実力者の彼もわたくしがあれを相手するのは不安を感じているのでしょうか?
「大丈夫です。こう見えてもわたくし、昔は幻鋭と呼ばれていた元ランクA冒険者です。」
「私も同じく氷結なんて言われた元ランクAですので。」
その瞬間、冒険者たちがざわつき始める。冒険者でランクAともなれば、大国に二人か三人いるかどうかぐらいであり、実力は国家間の軍事バランスにまで影響を与える程。まさに全冒険者の憧れの存在だ。
彼らからすれば、引退したとは言え、国を代表する英雄を前にしている気分であろう。
「そう言うことです。わたくしは行きます。ティアンネは冒険者たちを見ててくれますか?」
「え…お留守番?」
「でしょうね。」
予想はしていたが、出端を挫かれてすごく嫌そうにするティアンネ。元よりあれの相手はわたくし一人では厳しいですからね。
ただそうなると誰がこの者たちを見張るのか…。迂闊な真似はしないと信じたいですが…。
それにこれだけの数を里に一晩、留めるのは不可能。僅かながら客室はあるが、ヘレン様が使っておられるところに人族を一緒にさせる訳にはいかない。そもそも待遇を差別化すれば軋轢を生みかねない。
ならどうするか?最悪はここでしばらく待ってもらう必要も…。
そう葛藤していた時、里の方角から何者かの気配が近付いてきた。
「あなたたち!!ここで何してるんですか!?」
「辺り一面氷なんですけど…ってエルバード様とティアンネ様!!どおしてここに?」
その者たちは夜間の巡回をしていた子たちだった。
「実はですね———。」
冒険者たちの事情をわたくしから説明するとやや難色を示しながらも納得してくれた。
「ですがエルバード様がわざわざその者を救い出すのはリスクに対してリターンが少なすぎませんか?」
巡回のエルフの一人キャサラからかなり鋭い指摘が入った。
「確かに全く関係のないことなら断るのが正解です。ですがあれを放置すると森の秩序が破壊され兼ねません。それはわたくしたちエルフにとっては死活問題。その者の救出は次いでです。こうして話してる間にもあれは暴れ続けているでしょうし、ティアンネ、行きましょうか。」
「フフッ。楽しみですわ。」
ティアンネは不適な笑みを浮かべつつも、その身からは闘気が立っており、やる気十分と言えた。
だがその瞬間、少女の声がわたくしたちを止める。
「あの!!良ければ、あたしも付いていってもよろしいでしょうか!?」
その言葉を発したのはアナベルだった。この中だと実力は確かな方だが、あれの相手が務まる程ではない。
ただその目には不退転の決意に満ち溢れていた。それは死ぬことすら厭わないとわたくしに思わせる程に。
さらに彼女の言葉に賛同するように次々と志願者が出始めた。数は全体の三割程。中には装備や武器がボロボロで、もはや戦力外と言わざる得ないような者たちまでいた。
「はぁ〜。仕方ありません。断っても付いて来そうな方もいますし、途中で逸れられても困ります。好きにしてください。」
結局、わたくしが折れる形で容認してしまった。
「ですが、わたくしたちはあなた方を守る義理はありません。同行する以上は覚悟しておいてください。」
わたくしの"守る気などない。一切責任は取らない"宣言にたじろぐ者が数名いたが、大半の者は覚悟を決めた眼差しをしていた。
そこからナディアという人物が冒険者たちから慕われていたことがわかる。
「キャサラたちはこの者たちを…そうですね…訓練所まで案内しておいてください。必要とあれば治療もお願いします。」
「わかりました。エルバード様、ティアンネ様…ご武運を。」
「フッ、わたくしは族長であり、里最強のエルフですよ?すぐに終わらせます。」
「朝食前には帰るからいつもの時間に作るよう指示しといてね。」
「こんな時でも相変わらず能天気ですね。さて…では行きますよ!!」
・なぜ《氷雪魔術》氷結冷気で人族だけ、凍らなかったのか?
結論、ティアンネが凍らないように調整していたから。氷結が異名になるぐらい、凍らせまくってきたから、それぐらいの調整もお手のものだったりする。勿論、即死・仮死状態・気絶などの種類も豊富!!笑
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