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66話 虫恐怖症のヘレン Side ナディア

『どーしたものかな…。』


 勢いで飛び出してみたは良いが、真っ暗な森の中どうやって魔物を狩ろうか?…と低空を飛行しながら悩む。正直、暇さえ潰せればなんでも良いし、魔物を狩ることに固執する必要もないんだけど…。


『ん?なんかいる?』


 微かに何かが動いた音を聞き逃さない。完全に何も見えないので、光球ライトボールでその場所を照らしてみる。


『………。』


 僕は恐怖した。叫びたくても恐怖を超えて、逆に出ない。だがそれも無理はない。なぜならそいつの正体は蜘蛛。それも手のひらサイズのが無数といる。


「「「ギシャャャ!!!」」」


 どうやら怒っているのか、こちらに向かってカサカサと迫って来た。その光景はホラーでしかない。


『ヒィっ!!?』


 僕は考えるよりも先に本能で《火魔術》を乱発した。脳内を恐怖に支配されていたため、何を使ったかはわからないが、その炎は蜘蛛たちの吐物を焼き消し、広範囲を何百度はあろう熱で一気に焼き尽くす。それにより、トラウマを刺激するような毒々しい蜘蛛たちはおらず、死体も一欠片たりとも残っていなかった。


『はぁ…はあ…マジでびっくり…したわ…。』


 力なく、地面にへたり込む。その際に涙を拭き取り、冷静に周囲の気配を確認する。複数の小さな気配を感じるものの統率が乱れているのか動きがバラバラだ。


 近付く気配もないことなので、ひとまず離れることにする。


『あ…ってヤバ!?消火消火!!』


 《火魔術》で一掃したのは良かったのだが、火力調整を見誤り、周囲の草木に火の粉が移ってしまっていたのだ。


 このままでは森林火災へと発展しかねないので、急いで消火に当たる。


『はぁ!!』


 燃えてる木は枝ごと切り落とし、燃え移った草には《水魔術》をぶっかけていく。


『ちょっと被害の跡が強く残っちゃったけど…。」


 なんとか全て消し切ったが、辺りに少々跡が残ってしまった。不自然に斬られた枝や焦げた草と臭いが周囲に充満しており、元通りになるのにどのくらい掛かるか想像がつかない…。


『…まぁ、いっか!!全焼しないだけマシでしょ。』


 そう割り切り再び飛行する。あんなのはもう二度とゴメンなので今度は高度を上げてね。


 だがその最中もあの恐怖が頭から離れず、もし僕が人族だったら?と思うと背筋の悪寒が止まらない。


 恐らく…失禁してたに…いや、そんなことはない…と信じたい。うん…。


 今世は天界という見た目がアレな生物が存在しない環境で育ったからこそ、過剰な拒否反応が出たのかもしれないな…。


 するとここで左中指に着けていた指輪のことを思い出す。


『あ、今のうちに聞いてみるのもアリなんじゃ?』


 虫って多くが夜行性のはずだし、今が最も活発に動く時間。つまり遭遇率が格段に高くなる。もうこんなとこには居たくない僕にとっては暇潰しも兼ねて一石二鳥。


 我ながらナイスアイデアだ!!


『ということで早速……ちょっと待てよ…。確か使うには神力を通すんだよね?…あ。』


 もらった時は気が付かなかった重大な問題に今更ながら気付く。


 クソぅ!!あの人、偶に出来ること前提で話しを進めるんだよなー。それが仇になってしまったか…。くぅ…後悔しても遅いし、仕方ない…。


『無理だろうけど、物は試しっと…。』


 半ば諦め混じりに試してみた。すると空中に見慣れた天界門が出現する。見た目は本物と大差ないが、大きさは三分の二程度しかなく、おまけにすぐにでも消えそうなくらい不安定だ。


『意外と簡単に出来た…?なんで?…ってなぁ!?』


 あまりにあっさりと成功したことに唖然としていたら徐々に崩れ始めた。僕は何がなんだがわからぬまま素早く門を潜った。



 ◇◇◇



「……ん?」


 気のせいか?今、森で…?


「ナディアさん。どうかされました?」

「いや…なんでもない。」


 せっせと野営の準備に奔走する小童こわっぱ共。その中でも装備を含め、全身に目立つ傷を負った者はアタイが少し睨んだだけで、大量の冷や汗を流しながら蟻のごとく働く。


「クソッ…クソォ!!」


 その筆頭のボルドは不満を吐き捨てながらも人一倍働いていた。


 コイツは根っからの悪人ではないんだが、普段からやたら素行が悪く、今回も日程を狂わせ続けるので、アタイが見せしめに教育してやったのだ。その恐怖が彼らの原動力になっているのだろう。


「テメェどけや!!邪魔なんだよ!!」

「ヒェ!!す…すいません!!」


 おっと。本日六回目の問題を起こしよったな。ったく…懲りないねー。


 アタイは額を抑えて呆れながらも気配を消して、問題児ボルドの背後へと周る。


「ほう。アタイの前で荒事とは随分と勇気があるじゃんボルドくん。」

「なぁ!?て、テメェいつのゲブッッッ!!?グォォォ!!!!!」


 発言も態度も存在全てが生意気なので、一発腹パンして黙らせてやる。


「ここだと邪魔になるだろうし、向こうの方で話そっか。君は引き続き準備でもしててくれ。」

「あ……はい。」


 何かを察した若造は速やかにその場から立ち去る。


「ほら、行くぞ!!」

「いででででぇぇーーッ!!!!!髪をちょッやめ!?すす…すんませんでした。ごめんなさい!!!」

「そうか。反省したようだな。ほらよっと!!」

「ガバァッ!!!!」


 アタイは掴んでいた髪を思いっきり引っ張り、そのまま大木へと叩き付けた。その音は凄まじく、物静かで闇深い森の中へと響き渡る程だ。


「そこで朝までおねんねしときな。」


 身体はピクピクと痙攣けいれんしている。まぁ、この程度では死なないとわかってるから力加減が楽で助かるってもんさ。 


「あのナディア様。流石にやり過ぎなのでは?」


 "若葉の風"リーダーのアナベルが恐る恐る聞いてきた。恐らく一部始終を目撃したのだろう。


「そうか?こいつは割と固いからな。あれくらいじゃ死なんよ。まぁ、今夜くらいは静かに寝れるな。」

「あ…はは。そうですね。それとなんですけど…フレッドとグロレンが酔った勢いで喧嘩しちゃって…。」

「はぁー。あいつらまた酒を…わかった。すぐに寝かせてくるさ。」


 いくら中堅冒険者と言えど、アナベルはまだ年端の行かない少女だ。流石に十歳近く離れた男共の喧嘩に割って入るだけの力はない。アタイに報告したのはナイス判断だと言える。

 

 しかし、今度は問題児の二号フレッド三号グロレンか…。


 もはや呆れを通り越して殺意が湧いてくる。


 原因が酒とか、いつ魔物が襲来するかもわからん場所でよく飲めたものだ。しかもそれで喧嘩にまで発展してるのだがら本末転倒すぎる。


「だからぁー。アナベルちゃんはオレのものだぁー!!!」

「ざけんなぁー。オレさまのものにきまってんだろーがよぉー!!!」


 現場に来てみると二人の酔っ払いが取っ組み合いをしながら史上最低レベルの口喧嘩をしていた。幸い、まだ武器を取ってはいないものの、近くにあれば手に取っていたに違いない。


 こんなしょうもないことで、負傷されては迷惑でしかないので、さっさと終わらせることにする。


「おい、馬鹿共。今すぐ寝ろ!!」

「アガッ!!」

「ウギッ!!」


 二人の頭を鷲掴みにすると、思いっきり接触させる。明らかに人体から鳴ってはいけない鈍い音と共に二人は地面に倒れた。完全に白目を剥いているが、こいつらは石頭だし、気にする必要はない。


「う…うわー。」

「容赦ない…。」

「あの二人を一瞬で…。」


 遠目からこちらを見ていた若造たちの口々からそのような言葉が飛び交う。


 これも教育の一環だ。こいつらみたいになりたくなかったら真面目に———。


「!?」


 その時、アタイの《気配察知》が何かを察知した。


 巨大な何かが尋常でない速度でこちらに向かってる。


「全員構えろ!!何かが来るぞ!!」


 アタイの怒号に殆どの者が戸惑いを見せるが、その時には既に遅かった。 


 複数の枝が根元からボキボキと折られる音と同時に森の奥から現れたのはとにかくデカい蜘蛛だった。《暗視》で見た限り、大きさは十メートル以上。通常の木と同じ太さの脚が六本あり、八つある不気味で目がアタイらを見下ろす。


「なぁ!!しまった!?」


 デカ蜘蛛を足元に目を移すと先程、制裁を課した二人がデカ蜘蛛に踏み潰されてしまっていた。残念ながらあれはもう助からないだろう。


 デカ物はそのままこちらに向かってきた。


「全員離れろ!!」

「うわぁぁぁぁーーーーッ!!!!」

「きゃぁぁぁぁーーッ!?」

「チィ!!行かせんぞ!!」


 アタイは双剣で脚を寸断しに掛かったが、傷一つ付かない。老いて全盛期ほどの力はなくとも、大抵の奴ならまだまだ簡単にほふれるはずなのだが…。


「な、なんだい…コイツは…。まさか!?」


 アタイの脳裏に一つの魔蟲の名前が浮かび上がる。それは女王蜘蛛クイーンスパイダー。このカエリア大森林ほぼ全ての蜘蛛を率いる脅威度Bの魔蟲だ。


 脅威度B…それは個人でランクBの冒険者が三人以上、またはランクAの冒険者一人で倒せるクラス。


 だが今、率いる冒険者どころか、国内にもランクA冒険者は確認されていない。ランクBはいるが、確か王都に居たはずだ。


 おまけに機嫌が悪いのか、視界に入った生物に容赦がない。


 原因はわからないが、ボス級が出るとなると、恐らくは配下を傷付けられた報復とみられる。これは群れを成して行動するタイプの魔物にはよくある習性だ。尤も、報復にボス級が出てくるのはかなりレアケースだが、脅威の排除のため犯人を思しき者共を全力で抹殺しに来るという点では変わらない。


 …で、アタイたちがその犯人と勘違いされてしまっていると…。


 どこの虫かは知らんが余計なことしてくれたなぁ!!…ともかく、きっかけはどうであれ脅威度Bはマズイ。


「最悪だね。でも…。」


 アタイの脳裏には僅かながらある勝算が浮かんでいた。


 この森にはエルフの隠れ里がある。つまりあの二人がいるはずだ。既に冒険者を引退しているものの、かつては幻鋭や氷結として名を馳せた元ランクA冒険者の二人。直接会ったことはないが、脅威が森に出現したからには力を貸してくれるかもしれない。

 

 しかし、問題もある。エルフ族は排他的で外部との交流を殆ど行わないせいで、正確な場所がわからないことだ。おまけにこんな暗闇じゃ、着くまでに全滅する可能性もあるし、下手したら街に直帰した方がまだ良いまである。


 …だが背に腹は代えられない。


「グゥぅッ!!アナベル、ナバーロ!!小童こわっぱ共を連れてエルフの里へ救援を依頼しろ!!無理ならそのまま街まで行け!!」


 デカ蜘蛛を相手しつつ、若葉と四星のリーダーである、アナベルとナバーロに指示を出す。


「なぁッ!?」

「そ…そんな!!ナディア様は!!?」

「アタイは残って時間を稼ぐさ。なーに、老い先短い文句しか言わん老害のことなんぞ忘れてさっさと行け!!」

「うぅぅぅ…わかりましたナディア様…すみません!!」

「ナディアさん…くぅ…クソがぁぁッ!!!全員、俺に続けぇぇーーッ!!」


 アタイの覚悟を悟った二人は大粒の涙を流しながら小童こわっぱ共を引き連れて暗闇の森へと消えていった。


「これでいいんだ…これで。すまない…クライゼル。生きて帰れそうにないね。」


 その時、アタイの頬を涙が通った。


 それはこの世界で最も信頼していた相棒との別れを惜しんでのものだった。だが後悔はない。老耄おいぼれの犠牲一つで未来ある若造共を逃すことが出来るのだと考えればな。


「ふぅー。精々、アタイに与えられた最期の使命を全うするとしようか!!」


 これでもアタイだって元ランクB。小童こわっぱ共を逃すだけの時間ぐらい稼いでやるさ。


「掛かって来なぁぁーーッ!!!!!」


 人生最後となるだろう戦いを前にアタイはデカ蜘蛛に対し、血管が浮き出る程の雄叫びを上げた。

・虫嫌いのヘレンさん…色々やってしまいましたねー。


 Q:皆さんは手のひらサイズの蜘蛛の大群を目の当たりにして平常心を保てますか?ちなみに自分は無理です。



・冒険者のランクとか脅威度とかは「転生し○ら剣でした」を参考にしてます…。(知ってるかもだけど)

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