第7話
「ロザリー。そうと決まればアンジェリカのドレスはなんでもいいわ。でも、アンジェリカに似合うものを選んであげてちょうだい。ああ。でも、もし侯爵様がアンジェリカの着飾った姿を見て、一目惚れしても困るわ。だって、アンジェリカには誰よりも幸せになってもらいたいのだもの。でも、だからと言ってアンジェリカに似合わないドレスを着せるのは嫌だわ。」
お母様は嬉しそうに笑ってみたり、悲しそうに眉を下げてみたり百面相をしている。そうして、いつも以上によくしゃべる。いつもはおっとりと微笑んでいるのに。
ロザリーはお母様の言葉にしっかりと頷いていた。その表情はどこか欠けている。ロザリーにも思うところがあるのだろう。
「ははっ。大丈夫だよ。アンジェリカは幸せになるから。ほら、よく言うではないか黒猫が懐いている人は幸せになれるって。」
「そうね。そうね。アンジェリカにはクリスがいるものね。アンジェリカは幸せになれるわよね。」
「お父様、お母様。それは迷信ですわ。」
お父様もお母様も迷信を信じすぎる嫌いがある。ちなみに占いも信じる傾向にあるため、インチキ占い師に騙されたことも一回や二回ではない。だが、人が良いのか人を疑うことを知らないのか、毎回占い師を信じてしまうからやっかいだ。
「でも、アンジェリカはクリスが来てからよく笑うようになったわ。それに、クリスといるといつも幸せそうだわ。」
「そうだな。クリスが来てから我が家はなんとか日々を穏やかに暮らせるようになった。いつの間にか借金取りも来なくなったし。」
お父様の言う借金取りというのは、お父様が知り合いの男爵の保証人になってしまい、その男爵が夜逃げしてしまったことにより、お父様が男爵の借金をかぶったためにおこったものだ。だけれども、クリスと一緒にいるときに借金取りが現れた後から借金取りがうちにやってこなくなったのだ。
お父様もお母様も借金取りの一件以来、クリスのことを神様のように大切に扱うようになったのは言うまでも無い。
「クリスは我が家の救世主ですものね。アンジェリカの婚約者も国王陛下ではなくクリスが連れてきてくれたのならば安心してアンジェリカを任せることができるのに。」
お母様が深いため息とともにとんでもない言葉を口に出した。まさかの国王陛下よりもクリスの方を優先するような言葉だ。さすがにこればかりは誰かに聞かれでもしたら反逆罪になりかねない。まあ、現在の国王陛下はとても穏やかな人だから罪に問うようなことはないだろうけれども。それでも、敵を作ることになりかねないような言葉だ。
「お母様。そのようなこと、外では決しておっしゃっらないでください。」
「まあ、アンジェリカ。私だってそのくらいはわかっているわよ。安心なさい。ここにいるのは私たちが信頼できる者たちばかりですもの。このくらいの言葉は大目に見てくれるわ。」
お母様はそう言って穏やかに微笑んだ。隣にいるお父様に視線を向けるが、お父様はお母様のことを見つめているばかりで、こちらのことは気にしていないようだ。それどころか、
「ああ。アンジェリカ。明日、クリスに会ったらドレスのことを言ってみたらどうかな?アンジェリカに相応しいドレスを選んでくれるだろう。そのドレスがアンジェリカの魅力を陰らせるものであれば、きっとクリスは侯爵様との婚約は反対なのだろうと思う。クリスに選択を任せるのもいいかもしれないね。」
「そうねっ!旦那様、それは素敵な考えだわ。」
お父様もお母様もクリスを崇拝しすぎです。でも、クリスにドレスを選んでもらうのも面白そうね。憂鬱な侯爵家での晩餐会もクリスが選んだ服を着ていけば楽しくなるかもしれないし。
お父様とお母様の言うとおりにするのは少し癪だが、明日クリスに頼んでみることにしよう。