第2話
「呪われているなどと言ってはいけないよ。呪いなどありはしないのだから。」
私の言葉にお父様は困ったように微笑みながらたしなめてくる。
確かに呪いなど噂に過ぎない。けれど、火のないところに煙が立つはずがないのだ。「呪われている」そう言われているのは確かなのだから。呪いまでとは言わなくても、侯爵自信になんらかの重大な欠陥があるはずなのだ。そうでなければ見目麗しく高い地位を持つ侯爵様が未だに婚約者が決まっていないということなどあり得ない。
「ですが、侯爵様は昼間はいっさい人前に姿を見せません。侯爵家の使用人ですら昼間は侯爵様の姿を見ないそうですよ?」
「侯爵様にも大切なお仕事があるんだよ。きっと。」
「そうとは思えません。先日の皇太子のお披露目の場にもいらっしゃらなかったと聞いております。侯爵という地位の方がそのような重要な場に現れないなど・・・・・・。」
「アンジェリカ。君の旦那様になる方だ。悪いように考えてはいけないよ。」
「しかしっ!!」
「にゃぁーー。」
考えれば考えるほど嫌な方向に考えてしまう。不安なのだ。
誰もが不安だろう。婚約者に言い噂がないどころか、悪い噂しかないのだから。それも「呪い」などと。
負の思考に染まってしまいそうになったところで、膝の上で眠っていた黒猫のクリスが可愛い声で鳴いた。それはまるで、それ以上悪い方向に考えてはいけないと言っているようにも思えた。
「・・・・・・クリス。でも私は不安なのよ。」
「にゃあ。」
クリスは大丈夫だというように、私の栗色の髪に手を伸ばすと優しく撫でるように触ってくる。ただの偶然かもしれないけれど、クリスは人の心に敏いところがあり、私が落ち込んだり苛ついていたりすると、こうやって慰めてくることが多々ある。
ぷにっとした肉球が私の頬に当たった。
「・・・・・・私、許されることならクリスと結婚したいわ。」
私がそう呟くと、クリスが憂いそうに目を瞬かせる。
「アンジェリカ・・・・・・。それは無理というものだよ。」
クリスのくりくりとした丸く金色の瞳が嬉しそうに瞬いたのもつかの間、お父様の言葉にシュンとうなだれた。そうして、「にゃぁ~ん。」と鳴きながら私の胸元に顔を埋めた。
人間の体温より少し高いクリスの体温がとても心地よい。
「じゃあ、せめてうちの子になってくれるかしら?」
「なぁ~ん・・・・・・。」
私が問いかけるとクリスは目をそっと反らして寂しげに鳴いた。
どうやらうちの子になる気はないらしい。こんなに懐いてくれているのに。できればずっと一緒にいたいのに。
「ははっ。クリスには帰る家があるのだろう。無理に引き留めてはいけないよ。」
お父様はそう言ってクリスをそっと撫でようと手を伸ばした。だが、お父様の手がクリスに届く前にクリスはぴょいっと私の膝から飛び降りるとどこかに駆けていってしまった。
「ははっ。私は嫌われているのかな?」
クリスの去って行く姿にお父様は悲しげにポツリと言葉をこぼした。