「うっ、や、やられた……。流石だな勇者よ。だが、我にはあと二回の変身と五回の全回復魔法が残されている」
こ、この攻撃で、ようやくこの戦いの全てを終わりにすることができる。僕が勇者になってから約十年、思えば長い試練の日々だった。ここまで、僕を導いてくれた師匠、最後の攻撃の為に身を張ってくれている仲間たち。全てに感謝したい。
賢者モーリスの超攻撃魔法に続き、戦士ローレンスの怒涛のラッシュ、そして、聖女シャルロッテの光魔法で魔王の動きを完全に封じてみせた。
魔王との最終決戦、そして最後の攻撃、遂にこの時が訪れたのだ。目の前には、何かを悟ったかのように目を瞑り静かに佇む魔王。
「い、今です、タイラー!」
ここまで、味方が稼いでくれた時間で魔力は最大限に溜めることができた。勇者最大の攻撃、オメガスラッシュを撃つ準備はもう整っている。
しかし、このままでは……。
「何を迷っているのですタイラー、この隙を逃してはなりません!」
光魔法で魔王の動きを封じている間、聖女シャルロッテは魔王の傍を離れることが出来ない。つまり、オメガスラッシュを撃つことは、シャルロッテごと魔王を斬り裂くことになってしまうのだ。
「ここまで辿り着いた全てを無駄にするつもりですか!」
「タイラー!」
わかっている。ここ魔王城に辿り着くまでに多くの味方が犠牲になっている。ここに立っていることは僕の力だけではない。全ての味方、そして仲間、そして愛する人が作った一瞬の時間。ここで、魔王を倒さなければ僕たちに勝機はない。す、すまない、最愛の人、愛しているシャルロッテ……。
「うおおおおお、オメガスラッシュ!!!!」
溜めに溜め込んだ最大魔力の一撃は、魔王とシャルロッテを巻き込むようにして豪快に斬り裂いた。その手には嫌な感触が残っている。
僕は、僕は、魔王を倒すために、最愛の人まで手にかけてしまったのだ。
「くっ、シャルロッテ……」
「うっ、や、やられた……。流石だな勇者よ。だが、我にはあと二回の変身と五回の全回復魔法が残されている」
「へっ?」
「し、死んでないだと……」
そう言うと、魔王の体は暗黒の光に覆われるように消え去ると、再びその闇がヒトの形をかたどるように動きはじめる。
あきらかに、さっきまでとは桁違いの恐ろしい魔力の奔流が、離れているこちらにまで届く、その魔力は感じたことのない肌に刺さるような鋭さがある。
「う、嘘だろ……」
これは、人がどうにか出来るレベルを超えている。僕たちは、こんな化け物を相手に戦っていたのか。
しかも、まだ変身を残しているだと!? これ以上に更にパワーアップするというのか……。
「タ、タイラー、ここは、俺が殿を引き受ける! お前は逃げるんだ」
「ローレンス、お主だけでは無理だ。わしも時間を稼ごう。タイラーだけでも、人類の希望だけは守り抜く!」
「み、みんな……」
無理だ……。例え僕が生き残っても、この魔王を相手に勝てるイメージが湧かない。
「い、いいから、変身が完了してしまう前に逃げるんだ! 勇者は人類の希望、それはタイラーが一番わかっているだろう」
「そうじゃ、おそらくこの魔王が生きている限り、我々人類に勝ち目はない。それでも、多くの民に希望を与えなければならぬのじゃ!」
愛する人も亡くなり、信頼する仲間によって生かされる。この道がツラい道であることは理解している。それでも、多くの民のために勇者は希望であり続けなければならない。
「わ、わかりました。ぼ、僕は、この敗戦を乗り越えられる真の勇者を育てて、再びこの魔王にチャレンジをさせましょう」
「それでいい。タイラー、今まで楽しかったぜ。いつか天国で酒でも飲もうな」
「タイラー、ほらっ、シャルロッテのペンダントじゃ。この悔しさを必ず晴らしてくれ」
「ローレンス、モーリスさん……。すみません、行きますっ!」
我が再び意識を取り戻した頃、勇者は我が城を背に走り去ろうとしていた。逃げながら撤退の合図を送り、自らを多くの軍勢に紛れこませるようにしながら、生き残ることを第一に考えての撤退と見ていい。部下から殲滅の許可をと連絡が入っていたが、正直、脅威に感じるレベルではないのでそのまま見逃すことにした。
正直に言うと、隣国が疲弊することは好ましくはない。人種が違うというのに、多くの難民が我が国に流れてくるのだ。魔王の国であるというのに、人口では既に魔族より人族の数の方が多くなってしまっている。
人族の国からは、難民を解放しろとか奴隷扱いをするなとか言われているのだけど、彼らは自らの意志でこちらに来て、自らの意志で生活をしている。人族の国へ戻るかと聞いたら、泣いて許しを乞うてきた。「魔王様、私たちはあの国から見捨てられた民なのです。あちらに私たちの戻る場所はございません。どうか、魔王様の国にいさせてください」と……。
戻りたくないというものを引き渡すわけにもいかず、人族からの使者とも何度も話し合いを重ねてきたのだが、何か大きく勘違いをしているのか遂には宣戦布告をされてしまった。
何となくだが、我が国の豊かさを見た使者の報告を、人族の王が理由をつけて領土を奪おうと画策したのだろう。それともう一つ考えられるとしたら、勇者と呼ばれた少しだけ強い少年が育ったのも理由の一つなのかもしれない。
「こい、魔王!」
「勇者の後を追わせはせぬぞ」
あー、まだこいつらが残っていたのだった。変身した我にとって、この二人など指一本で倒すことができるだろう。
魔王が変身形態をとっている理由は、そのままの力を日常生活で使ってしまっては、全てのものを壊してしまうからだ。つまり、第一形態は普段の生活が普通に行えるようにするために八十パーセント以上力をセーブしている状態。
第二形態では五十パーセント近くの能力を解放してしまっているので、まともに戦えば城が壊れてしまう。本当に気をつけないと後で部下に怒られてしまうこと間違いなし。たたでさえ、戦争が起こって畑が荒らされ、多くの武器防具に予算が持っていかれるのだ。しかも、人族は戦費の補償など一切しないだろう。
「ここで戦うには我の力は強大すぎる。城の外へ出るがよい」
「確かに、ここで暴れられては天井が崩れた瓦礫で勝負が決してしまう」
「うむ、ここは魔王の言う通り城の外で戦うのじゃ」
慎重に足に力を入れないように、ゆっくりとゆっくりと城を出る。よかった、床に少しヒビが入っただけで済んだ。これなら大した補修費用ではないだろう。第二形態になったことで動きを遅くしなければならないって、とっても複雑な気分だよね。
「さあ、勝負だ魔王! 勇者が逃げきるまで耐えてやる」
「うむ、シャルロッテの仇も討ってみせようぞ!」
「あー、勇者の後は部下にも追わせておらぬ。味方と合流しながら撤退しておるようだから大丈夫であろう。お前たちも帰っていいぞ。部下には手を出さないように伝えておこう」
「ふ、ふざけるな! 俺はここを死に場所と決めたんだ、魔王よ、剣を抜け」
「本来であれば、お前ごときが魔王の前に立てると思うな」
指を軽くはじいて、その空気にほんの少しだけ魔力を覆わせてものを戦士に向けて飛ばす。
「ぐはっ!」
いわゆる指弾と呼ばれる子供の魔法遊びのようなものだが、第二形態の我が使えば奴らには強力な攻撃になる。
この場所に勇者パーティが来れたのも、多くの偶然と奇跡が重なってのこと。通常であれば我が四天王にさえ手も足も出ないであろう。
「ローレンス!? い、今、何をしたのだ。見えない攻撃だと!?」
指弾です。魔法を使いはじめたばかりの子供が遊びで使う指弾です。それにしても、指弾程度で足を破壊してしまうとは予想外だったな。やはり人族は弱すぎる。少し悪い気がしてきたな、直してやろう。
「グランドヒール」
魔王城を中心に黄金の輝きが体を突き抜けていく。生命力に溢れ、削られていた命のエネルギーが補充されていく。それは圧倒的な魔力の暴力だった。人族が撤退した大地に広がると黄金色の魔力がまるで生き物のように動き回る。それは全てを元に戻すかのようにエネルギーを与えていく。これが魔王が使う全回復魔法である。一応、城にいる勇者パーティも指定範囲に入れてやった。
グランドヒールは周辺にいる者を全て回復させる魔法であるのだが、我が使えば、魔王城周辺はもちろんのこと、人族と争って怪我をしてしまった者たち、荒らされてしまった畑の生命力も大幅に回復させる。これで、少し手を入れることで作物も復活してくれることだろう。
「な、何をした。い、今の魔法は……この魔力量は何なんだ!?」
「何をしたって、魔力も体力も怪我も回復しているであろう。回復魔法以外の何だというのだ」
「ローレンス、この魔王には我らに出来ることは何もない……」
「モーリスさん、あなたまで戦わずに逃げろと言うのかよ」
「いや、違う。圧倒的な力の差を感じて、何も思わぬかローレンス。魔王がその気になれば、我がペニンシュラ帝国など一瞬で滅ぼされるのではないか」
「そ、それは……確かに」
「それに、魔王軍として戦っていた中に我が同胞も多く見かけた」
「そ、それは、奴隷として仕方なく参加させられていたのでは……」
「果たして本当にそうであろうか。私たちは何か大きな勘違いをしているのではないか。あの者たちが無理やり戦わされていたような目には到底見えなかったのだ」
その時、魔王城から聖女シャルロッテが我々がいる庭園に向かって歩いてきているのを目にした。
「シャ、シャルロッテ、何と!? お主も無事であったか……」
そう言って、我を見る賢者モーリス。死んでいなかったからだけど、本当に偶然だからね。
「とてもあたたかい、今まで感じたことのない精練された魔力が私の体を包み込みました。私は天に召されるはずだったのですが、再び地に戻されました。これは天啓を命じられたのだと思います」
「天啓ではなく、ただのグランドヒールだ」
「このようにあたたかい魔法を操る者が凶悪な魔王であるとは思えません。今まで私たちが聞いていた魔王とは何か違うようです。私はこの国に残り、人類の幸せを探すためにこの身を捧げたいと思います。それが私の受けた天啓でございます」
「違う、グランドヒールだ」
「わしも、この魔王の国に興味を持った。シャルロッテとともに賢者モーリスもこの国に残るとしよう」
「ちっ、しょうがねぇな。二人が残るって言うなら、戦士ローレンスもこの国に残ろうじゃねぇか」
くっ、またしても難民が増えてしまった。ただでさえ、戦後は難民の流入が増えるというのに……。この国はそこまで領土が広くはないのだ。しかし、勇者パーティの三名が生きて魔王の国にいるとか、また揉めそうではないか。
「お主ら三人がこの国で生きていることが知られたら、また帝国から戦争を吹っ掛けられる口実になるではないか、却下だ」
「心配無用じゃ。我ら三人は死んだことにしてくれて結構。帝国の使者との表舞台には立たぬよ。陰ながら魔王殿の支援はさせてもらうつもりであるがのう」
「そこまでおっしゃられるのであれば、私は名も変えましょう。魔王様がお決めくださいませ」
「……却下だ」
これだから人族は面倒くさいのだ。つい先ほどまで敵だ倒せと騒いでいたというのに、いきなり懐に潜り込んでくるのなんかズルい。




