HGサイキック・ズク(最終決戦仕様)
思い立って、プラモデルを作る。
前々から組もう、組もうと思って積んだきりになっていた、HGサイキック・ズク(最終決戦仕様)の箱を引っ張り出し、ワークデスクの中央に置く。
パッケージアートが素晴らしい。軌道戦記グンタム第38話の再現絵だ。背負えるだけの武器を背負い、連合艦隊に突撃する赤いズクのイラストは、主役機グンタムのパケ絵と対になっている。
アラサーにもなってプラモを趣味にしてはいるものの、僕の場合、模型雑誌の作例みたいに本格的なものは作れない。とはいえ、もちろんニッパーは使う。アートナイフとサンドペーパーでゲート処理をして、スミ入れしてから仕上げにサフを吹く。それだけで十分楽しい。
窓の外では、しとしとと雨が降っている。こんな時勢だから、雨でなくとも外には出られないのだけれど、僕はあまり息苦しさを感じていない。辛い人には悪いが、インドア派万歳だ。
「だから未だに嫁さんも貰えん」
なんて、ショウ少佐の台詞が滑らかに出てきてしまう。
安物のドリップコーヒーに砂糖と豆乳を加えてデスクに置き、DVDプレイヤーでグンタム本編を再生する。パソコンは見たくない。
◇◇◇
『認めたくないものだな。自分自身の、幼さを引きずっているなどと』
いざ箱を開けてみると、あまりのパーツ数に圧倒された。取説の情報量も普通のキットより濃厚だ。素組みとはいえ、一日仕事になるだろう。
組み立てる順番には少しこだわりがあって、必ず両脚から始める。次いで胴体、両腕、バックパック、最後に頭部。その方が、出来上がっていく感じがして好きだからだ。
サイキック・ズクのキットは、なるほど傑作と称されるだけあって、足裏に肉抜きが無い。素組み派としてはあまりこだわりはないのだが、こういう所にメーカーの気合いを感じる。
さて、ランナーから丁寧にパーツを切り取っていく。この時、少しゲートを残すようにして、完全に外れてからもう一度ニッパーを当てる。それでもゲートが残った場合、ナイフで慎重に削いでいく。
この削いでいく過程が、特に好きだ。下手に力を入れるとパーツに無駄な傷がつく。地味で面倒な作業なのに思わず息を止めてやってしまう。そんな緊張感を気に入っていた。
『だ、駄目だ! 実弾装備のズクでは、グンタムのビームに勝てん!』
第二話ラストでショウ少佐が撃退された頃、ようやく右脚が組み終わった。
◇◇◇
いつの間にか十三時をまわっていた。時計に目が行くと同時に腹が減ったので、昼食の冷凍パスタを温める。
ズクの本体はほぼ完成していた。塗装までこだわってやっていたら、とてもこうはいかない。腕や脚といった可動部は複雑なので、組むのも時間が掛かる。逆に言えば、あとはバックパックと頭だけ。
しかし、そこは最終決戦仕様。バックパックの情報量が非常に多い。
それに、午前中に気付いたことだが、機体各部のミニスラスターが思った以上にポロリしやすい。動かすような箇所でもないので、接着剤で固定するのが無難だろう。
それにしても……やはりサイキック・ズクは格好良い。腕や脚は量産型ズクに比べて太く、その分多くのギミックを備えている。キットそのものの色分けも完璧だが、両肩のスパイクだけが少し玩具っぽく見えるのは残念だ。そこだけはマーカーで塗っても良いかもしれない。
そんなことを考えているうちに、レンジがチンと鳴った。封を切って麦茶と一緒に食べ始めようとした時、スマホも鳴った。
「もしもし……ああ、お疲れ様です。
森君、昨日は大変だったね……うん、うん……ははっ、いやいや、遅くないよ。大丈夫大丈夫。
……うん……あー、曽田さんはねぇ、ああいうとこあるから。悪い人じゃないんだよ。……いや、外出られなくてイライラしてるだけだって。マジマジ。そんな難しく考えなくていいよ。
……うん……うん。うん、まあ、ゆっくり休んでよ。こんな時だからストレス溜まってるかもしれないけど……え、モクロス観る? マジか、森君モクロス派かぁ。
うん……じゃあ、この辺で……うん、お疲れ様です」
◇◇◇
『私もズクも、よくよく背負いものが増えてしまったな』
同期の曽田は、誰がどの視点から見てもデキる男だ。仕事が速いだけでなく、新しい考え方と職場の折り合いをつけるのが抜群に上手い。だから、スマートな見た目と態度の割に、年上の社員からも一目置かれている。
ちなみにアウトドア派で、既婚だ。娘さんもいる。
「あー、ランドセルはモナカか。合わせ目、結構目立つな……」
僕自身、一応人並みの仕事はしていると自負しているけど、頭抜けているというほどじゃない。曽田に対して嫉妬や対抗心を抱くほどギラギラもしていない。むしろ、尊敬していた。
『グンタムめ……しかし羨まんぞ! サイキック的な力を得たズクならば、貴様に追い付けるのだ!』
オンライン飲み会をやろうと言い出したのも曽田だった。
大卒の子たちが入社してひと月、テレワークばかりでろくにコミュケーションをとれていなかったから、これは名案に思えた。
面子は曽田と僕を含めた古参四人、それから男女二名ずつの新人達。計八人。
「ズク・ドローンかける六……ん、肩……腰ぃ、くぁ……」
滑り出しは良かった。曽田は話を回すのが上手くて、画面越しでも人を笑わせることが出来た。飲み会の常として、やがて話は恋愛方面に流れていった。曽田は娘さんの写真を画面に張り付けたりして、ご満悦だった。
――森君はさ、彼女とかいないの?
◇◇◇
『総統め! やって良いことと悪いことがある!』
見れば分かるだろ、って言うと森君に失礼だけど、曽田の振りは明らかに悪意を含んでいた。その時は酒の勢いだと思ったけど、振り返ればあの時点で曽田はもう暴走していた。
「っ、パーツどこ行った……? あった」
――森君。部屋、見えてるんだからさ。もうちょっと気を遣わないと。
『コクピットは怖いさ。だが、私にとっては、父ズオンの因縁を感じずに済む唯一の場所なのだ』
人の集まる場所には、自然と政治が出来上がる。あの場合、元々の権力者である曽田に、他の新人達がなびくのは当然だった。そして曽田は、そうなることが最初から分かっていた。森君が、無理して笑いながら「放っておいてくださいよ」と言った。
――度胸あるね、きみ。
「……あっ」
ナイフが滑って、ズクの額に小さな傷がついた。
曽田のことを大人だと思っていた。でも、それは間違いで、あいつも子供の部分を隠し持っていた。物凄く性質の悪い形で。それに僕は気付けていなかった。
『しかし人は、そう簡単に大人にはなれない。だから恨みを引きずりもするし、争いをやめることも出来んのだ』
額の傷には、赤色マーカーをチョンとつけて誤魔化す。小さな傷にちょっと塗っただけだから、あまり目立たない。
そうして出来上がったズクの頭を胴体と組み合わせれば、サイキック・ズク最終決戦仕様の完成だ。そこにスミ入れをして、最後にトップコートを吹く。
『見失わんぞ、グンタム!』
……僕は見失っていない。僕の幼さはここにあるこれだ。武器を満載しているけど、誰も傷つけないし、争わない。
僕はそれを、コレクションケースに並ぶ他の幼さたちの間に封じた。




