僕と一条さんは裏で繋がっている
僕の名前は、花咲さくら。名前はこんなでもれっきとした男だ。
人と話すのが苦手で、いつも1人でいる事が多かった。
他人と目線を合わせるのも怖くて、男なのに目元が隠れるくらい長く髪を伸ばしていた。
「おはよう!」
綺麗な声が後ろから聞こえてきて思わず振り向いてしまう。
少し離れたところで、僕のクラスの上位カーストのリア充様達がワイワイとやっていた。
僕は先程の声の主を、前髪の隙間からそっと覗き見る。
彼女は一条彩音さん。
文句なしでクラスで一番可愛い女の子だ。
長く伸ばした髪はシルクのように艷やかで、シャンプーなんかのCMに出たらCG合成しなくてもあのさらさらを再現できそうだった。
あと、読者モデルなんかもやっているみたいで、学校内だけではなく、他校にも信者を抱える凄い人だ。
突然、その彩音さんがこちらの方に目線を向ける。
すぐ別の子とおしゃべりを始めたため一瞬でしかなかったが、彼女は僕に目線をくれた。
僕はそれだけで天に舞い上がるような気分になれた。モブには過ぎたご褒美だ。
さて、気合も入ったから、今日も一日授業を頑張るぞ!
─────
「え?リアルでオフ会、ですか?」
一日の授業を乗り越え、家に帰った僕を待っていたのは、人生で初めてのネトゲのオフ会への勧誘だった。
「ああ。てめぇには俺様が初心者の頃から世話になっているからな。そろそろ親睦を兼ねてリアルでも顔合わせていいんじゃねぇかと思ったわけよ」
目の前のアバターは、筋骨隆々の禿げたおっさんだった。
僕はなんの因果かこの目の前のおっさんと、半年以上コンビを組んでゲームをしていた。
「あのー、"ワンドリル"さん。前から言ってますけど僕は見た目はこんなですけど、中身は男ですよ?」
僕は一応逃げに入る。
確かにこのおっさんアバターのワンドリルさんは、気さくで良い人だとは思う。
だけど、すぐ下ネタで弄ってくるわ、凄くマニアックなアニメや漫画の話を振ってくるわ、鬼のような課金でドン引きさせてくるわと、とても個性が強すぎる人だったので、絶対にリアルの中身も『呑む打つ買う』に人生を捧げた30過ぎのおっさんなのは間違いないと僕は密かに思っていた。
「お前さんの中の人が男なんて、前から知っているわ。……んで、てめぇ俺がこんだけオフ会やってみたいって言っているのに、まだ文句があるのかよ?」
ワンドリルさんが凄んでくる。
文章だけなのにとても怖い。なんやかや言っても、回復と補助に特化した僕のアバター"丸太"は、このワンドリルさんにいつもお世話になっていたのだ。
「わ、分かりましたよ。その代わり、奢ってくださいね」
「お、やっと首を縦に振ったか"丸太"!
いつも課金で奢ってやってるみたいなもんなんだから、普段と変わらないだろwww」
「ワンドリルさん、それは言いっこなしですよ!」
最初こそ初心者丸出しだったワンドリルさんは、課金パワーと廃人プレイのおかげでメキメキと力を蓄え、今では僕の実力なんてとうに通り越し、このMMO世界の中でも上から数えたほうが早いようなプレイヤーに成長していた。
「んじゃ、場所とか時間とかこっちで勝手に決めとくから、ちゃんと来いよ」
「あ、ワンドリルさ───」
【ワンドリルさんはログアウトしました】
「僕がどこに住んでいるのかもよく知らないくせに、勝手に場所とか決めないでよ……」
ため息をついて、僕もゲームをログアウトする。
その後、暫く学校の宿題なんかをして時間を潰していたら、ぽんっとゲーム用メールサーバーにワンドリルさんから僕あてのメールが届いていた。
「えーと、オフ会の日付は今週日曜で場所は……おい、近いな!チャリンコで行ける場所だよ!」
僕はワンドリルさんが実はストーカーなんじゃないかとちょっと思い始めて、寝る時少し怖くなり、頭から毛布を被って寝るのだった。
─────
チュンチュンチュン。
朝の静寂に小鳥の声が囀り渡る。
「お兄ちゃん、おはよう」
俺が洗面所で歯を磨いていると、後ろから妹が現れた。
「ああ、おはよう、つぼみ……って、おい!」
いきなりつぼみはパジャマを脱ぎだし、下着だけの格好になる。
今年高校受験を控えるつぼみは、ルックスとスタイルだけなら中学生離れしたグラビアアイドルのようなものを持っていた。
もっとも頭の方は大層残念な造りをしていて、今みたいに羞恥の心なく、いきなり下着でうろうろするような残念ガールだった。
「別にいいじゃん、兄妹なんだから。……それともちょっとドキドキした?」
上目遣いで聞いてくる妹に、僕は注意する。
「いいかい、つぼみ。例え兄妹であってもそういった不埒な行動は品位を貶める事になるから────」
「はいはいお兄ちゃん、そんな事より学校の準備は?」
「そうだよ!まだご飯の準備もしてないじゃないか!」
「お兄ちゃん、早くお願いね〜」
ちくしょう、つぼみめ。毎日僕をからかいやがって!
愚痴を言っても始まらないのでササッとキッチンに駆け込み、朝食の準備を始める。
とは言っても時間がないからお手軽だ。
トースターでバケットを焼き、作り置きの卵ペーストをたっぷり塗りつける。
後はスライスしたトマトや生ハムを挟んで簡単なサンドイッチの完成だ。
その他に、ビジソワースやフルーツ、朝には欠かせない珈琲を準備して、10分後には2人分の朝食が出来上がっていた。
「あれ、お兄ちゃん。今日も時短朝食なの?」
「仕方ないだろ、時間がないんだから。それともお前が代わりに作るか?」
「え、お兄ちゃんは私の味噌汁が飲みたいの?」
「……いや、失言だった。あんなに出汁も味噌も効いていない味噌汁はやっぱりごめんだ」
「あはは。諦めてお兄ちゃんは私の朝食を作り続けるがいいさ!」
「なんだろう、この釈然としない思い……」
「それが、でくてぃにー、ってヤツよ!」
「それを言うならディスティニーな……」
両親は仕事で国内外を飛び回っているため、ほとんどの朝食は僕とつぼみの2人きりでとる事が多い花咲家の日常。
「あ、そういえば言ってなかったな。ぼく今週の日曜日のお昼は外で食べるから、なんか適当に食べといてね」
僕が何気なく伝えた情報に、妹が食いついてくる。
「え、お兄ちゃん、デート!?」
かなり真剣な表情だ。どんだけ先を越されるのを嫌がっているんだよ。
「違う、違う。ゲームのお・ふ・か・い」
「オフ会?でも今まで会ったこともない人と会うのは危なくないかな?」
妹が凄く心配性だ。
「ないない。昼間だし、相手は社会人のおじさんだし、2人っきりだけど大丈夫だと思うよ。」
「2人っきり!?お兄ちゃん、辞めといた方がいいよ。絶対に危ないよ!
……私も一緒に行こうか?」
「おいおい、僕はもう高校生の男だよ?流石に身内を連れては行けないって」
「……うぅぅぅぅぅぅ」
「怒らないでつぼみ。代わりにどこか連れて行くからさ。な?」
「……じゃあ、前日の土曜日に、一緒にサンリツビューローランド行って」
「えぇぇぇ……あそこ割と小さい女子向けのテーマパークじゃん。……そこがいいの?」
コクリと頷く妹。
「はぁぁぁぁ。分かった、行こう」
「やったぁぁぁぁっ!」
大はしゃぎする妹えお見て、ここらへんはまだまだお子様だなぁと思う僕だった。
─────
そして迎えた日曜日。僕の身体は疲れ切っていた。
金曜日はとても偶然に彩音さんと接触してしまうトラブルがあり、その余韻に浸る間もなく、土曜日は妹に連れ回されて大変だった。
何が哀しくて、実の妹と手を繋いで歩かなければ行けないんだよ。
やたらとカップル限定の催し物が多かったから、偽装しないと楽しめなかったのは事実だけどさ。
いくらなんでも、ハート型の2口ストローとかやり過ぎじゃない?
まぁ、いいや。気を取り直そう。
確かワンドリルさんから指定のあったお店はこの先だったはず────あった。
僕の家から学校に向かう方向の反対側。閑静な住宅街の中にそのお店はあった。
漆喰と古くて頑丈そうな木目が印象的な、落ち着いた外観は、僕のような普通の学生にはちょっと敷居の高そうなお店だった。
「ワンドリルさんが指定したお店だったから下手をすると、居酒屋とか立ち呑み屋を想像していたのにこれはいささ───!?」
僕は店の外から窓越しに中を何気なく覗いていたら、なんと店内に我らが女神、彩音さまがいるではありませんか。
不味い。これは非常に不味い。
もしも空気が読めなさそうなワンドリルさんが店内で大声を出して下ネタの話を始めたら……僕は確実に女神さまに軽蔑されてしまう。
─────考えろ、考えるんだ僕!
僕が頭から煙を出しそうな勢いで思考していたそんな時、手許のスマホにワンドリルさんからの連絡が入った。
『いつ到着する?』
僕は急いで返信した。
『提案なんですが、もう少しワンドリルさんらしいお店に変えませんか?』
『俺らしい?どんな店?』
『えーと居酒屋とか立ち呑み屋?』
『……お前が俺の事をどう思っているのか分かった。つーか、てめぇすでに外にいるじゃねぇか』
え、ワンドリルさんもう店内にいるの?だって店内には─────
「いつまでも外に突っ立ってないで、中に入ったら?────"丸太"さん」
僕の女神さまは、何故か僕のアバターネームを知っていらした。