5.本格始動
タイトルは詐欺です。
本格始動するのは、後半も後半からです。
ユーリア視点です。
窓から射す朝の光に目が覚めた。
ふぅ、大きく息を吐く。
周りを見渡すも、まだマリアは来ていないようだ。
体を起こさないまま、考えることに集中する。
(さっきのは、翠の最期の記憶ね。きっと。)
ここはゲームの世界だという謎の確信や剣と魔法の世界だという浅い知識は、あの出来事を無意識に思い出していたからなんだと、冷静に判断できた。
(っていうか.............)
(神様このやろーー!!!雑な仕事しやがってぇ!!)
最後に聞こえた神様を名乗る男の声が間違いでないなら、ここは乙女ゲームの世界ということになる。
(.......え?乙女ゲーム!?なんでぇ!?
そこは、新作ゲームの方のやろがい!!)
布団に横になりながらも、表情筋が忙しい。
ものすごく納得いかないが、もうどうしようもない。受け入れよう。どんな世界であれ私は今、生きている。そのことに感謝しないと。
それにこれが本当なら、私が願った家族のこともきっと大丈夫ということだ。そこにも感謝だ。
それから、ものすごーーーく頑張ってこのゲームについて思い出してみた。
(.......タイトルは忘れたということにしよう。)
(ていうか、初めての乙女ゲームが現実とかどうなのよ。無理ゲーよ。)
(主人公は確か平凡な少女。貴族ではないはずだから、私は主人公ではないということ。無理ゲー以前に主人公ですらなかった。解せぬ。)
(あと、攻略対象者は7名。名前は覚えてないけど、顔と髪色はだいたい思い出せる。ふむ。唯一名前と顔が一致してるのが、金髪碧眼のアルフレッド王子ね。性格に何か思うところあったような気がするけど、思い出せないわね。)
こういう時、普通ならばノートやら紙に書き出して情報の整理とかするべきなんだろうと思う。が、しかしである。私はこのゲーム、未プレイなんです!!!!
(あっさーーい。知識が浅いぞ!ユーリア。こんなもの、書き出したところで1ページ、いや半分も埋まらずに終わる。)
何となく泣きたくなった。
.......ユーリア。この名前どこかで。いや自分の名前ですけど、そうじゃなくて。
(.......主人公に反発し、魔王一派に加わるライバル令嬢。確かユーリア・アレクサンドラ。.......私やないかーい!!)
(でも全然容姿が違うよ!? 説明書のユーリア様は銀髪ストレートに翡翠色のきりりとした瞳で....いや、きっと私だ。太ってないだけだ。)
そりゃ、こっちの方が好みとか思ったけれども。あんまりではないだろうか。これは、受け入れるのに少し掛かりそうだ。よし、寝よう。マリアが来るまで寝よう。そうしよう。
目を閉じると同時にノックが響いた。
「.......お嬢様、お目覚めでございますか?おはようございます。」
「.............おはようごザマス」
(.......噛んだわ。)
マリアから朝の紅茶を貰えたので、少し落ち着いてきた。
「ねぇマリア。今日のお母様たちのご予定って知ってる?」
「奥様は午後から仕立て屋とドレスの採寸や相談、旦那様も午後から領地の視察が入っております。」
「そうなのね、ありがとう。じゃあわたしがお話しできるのは午前中ということね。」
話すならば、早めの方がいいと思う。
私は一度死んで、乙女ゲームの世界に転生した。これはもう間違いない。それなら、私にはやりたいことがある。本編?そんなもの知らないわ。いや、ほんとに知らないのだから、知らないわ。
やりたいことは出来もしない乙女ゲームではなく、魔法を使い、剣を振るうこと。きっとやりたいことをしてもいいチャンスに恵まれたのだと思う。それが出来る世界にいるから。でも今の立場を蔑ろにするつもりもない。私は貴族だ。まだ6歳だけど、両親のことを見てきた。立派な方たちだと今なら余計に分かる。
私のこの願いはきっと、家族にとって嬉しくない。お父様もお母様もお兄様たちも、泣かせたいわけじゃないから。
だから、私は貴族という立場のままで、私の願いを叶える方法を探さないといけない。
なんとなくだけど、その為のプランは思い付いてる。
後は、それを確実にする為の確かな情報の収集と両親へのお願い。
そして何よりもまず、痩せることだ。
朝食後、両親に少しだけお話しする時間をいただいた。
「お母様、お父様。わたしもうだいぶ良くなりました。たくさん心配かけてごめんなさい。お母様とのしゅくじょのお勉強もダイエットもいつからでも始められますわ。」
「ほんとに、元気になって良かったわユーリア。でも私達、今日は午後から予定があるからお勉強は明日からにしましょうね。食事の管理に関しては、昨日のうちに料理長と相談してあるから、早速お昼から特別メニューよ。」
「分かりました!わたし、がんばります!! ところでなのですけど、わたしいつまでも時間をかけてダイエットなどをしていてはダメだと思いますの。だから、13歳の社交デビューまでに完ぺきなしゅくじょを目指したいのです!!」
「おぉ!!それは良い考えだと思うぞ。なにごとも期限は大事だ。ユーリアは偉いなぁ。お父様も嬉しいぞ!」
「ほんとに、偉いわねぇユーリアは。私もそれには賛成よ。.......でも、まだ何か言いたいことがあるようね?」
流石はお母様。お父様は私が言葉に含ませたおねだりを察せられないなんて、まだまだだわ。あ、お父様のことはちゃんと大好きよ?
「はい!わたしが13歳までに立派なしゅくじょになれたら1つだけで良いので、私のお願いを叶えてほしいのです!」
「1つと言わず、なんでも言いなさいユーリア。それにお願いするのは今でもいいんだぞ??」
流石に甘すぎですわよ、お父様! 人のせいにはするまいと思っていたけど、わたしの体型はお父様のせいでもあると言ってやりたい。
「いいえ。それでは、わたしはがんばれないままになってしまいます。だからこそ目標を決めて、立派な淑女になれたそのときに私のお願いを叶えてほしいのです。」
......何故に涙目なのですか、両親よ。
「分かりました、ユーリア。貴女が立派な淑女となれるよう応援していますよ。」
そうして部屋を出た。よし!言質は取ったわ!!
(目指せ!立派な淑女!!落ちろ!余計な脂肪!!うん。我ながら良いスローガンだわ。)
こうして、食事は野菜中心のメニューに。もちろん栄養バランスは完璧。おやつは基本的に無し。お父様の誘惑も無視。お茶会時は、紅茶に砂糖を一つだけ。
午前中は、(記憶のある私には)簡単な座学。歴史は初めての知識だったけれど、家庭教師の先生は楽しく教えてくれたので、全く苦にならない。文字や文法に関してはユーリアとしての6年間の知識(主に絵本)が私を助けてくれた。
午後からはダンス、ピアノ、マナー、歩き方などを曜日ごとに習った。お母様のいつかの宣言の中にあった「暇があるからいけない」という言葉通り、お菓子を食べる暇は一切なかった。夜は疲れ果てて泥のように眠るので、夜食にも走らずに済んだ。
以前よりも、毎日が充実していた。もちろん出来なかったり、お菓子が食べたくなったりして苦しいときもある。
でもみんなの応援や確固たる目標が、私を支え続けてくれた。
時間というものは、案外早く過ぎていく。
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次回は、名前ばかり出てくるあの侍女視点です。