4.転生の経緯
翠が転生した経緯です。
けたたましい、蝉の声が響く。この声のせいで実際の温度より暑く感じてしまうのは、きっと気の所為では無いはずだ。
8月の良く晴れた日だった。
「あぁ、はやくプレイしたい。」
汗を拭いながら思わず独り言がこぼれる。にやにやと笑う私は相当な不審者に見えたに違いない。
でも、それくらい嬉しい。こんなにワクワクできる帰り道も中々ないよね。某有名新作RPG、ゲットだぜ!!
この時を待っていた!!にやにやが止まりそうもない。
(早く帰って、洗濯物と夕飯の準備して、それから.......)
(あ!そういえば!)
ゴソゴソとゲームが入った袋を漁る。目当てのものを手に取り、まずは周囲の確認。よし! 視線なし!
そっと、取り出したのは.......
(つ、ついに買ってしまった!!お、乙女ゲーム....!!)
何故か赤面してしまいそうになる。
昨日の蒼兄からの軍資金が思っていたよりも多かった。こういう時は、好きなもの買っていいよという意味が込められているのだ。
新作ゲームはやはり人気で、レジ前はそれなりに混んでいた。レジの近くのカートに中古のゲームが大量に並んでいたので、時間を潰す意味も兼ねてなんとなくタイトルを眺めていた。そんなとき、ふと目に止まったゲームが今、手元にある。
カラフルな髪のイケメンたちが微笑んでいるパッケージ。タイトルは口に出すのが少し恥ずかしい。背表紙のタイトル名からは、どんなゲームか分からないから手に取ったわけだけど.......。
これを買うに至ったのは、まず値段。
(500円!?500円て!!!まじか!!)
思わず二度見した。....なるほど、かなり前のタイトルらしい。パッケージ裏のあらすじやゲーム内容を見ると、時代背景は中世あたり。攻略対象者たちと魔法学校で恋に勉学に励む。そして最後は稀有な魔力を持つ主人公が、世界を恐怖に陥れる魔王を倒す。というものであった。キャラクターには親密度だけでなく、戦闘的な育成要素があり、それによってもエンディングが変わるらしい.......。
(え、乙女ゲームってこんな感じなの!?魔王とか倒しちゃうの??これなら私も入りやすいかも......)
そう、察しの良い方はお気づきのことと思うが、わたくし翠こと、花も恥じらう17歳乙女は恋愛に大変興味があった。でも、周りの環境とか、兄弟(特に紅兄)の目とかが気になって、なかなか現実で彼氏とかは考えられなかった。
そんなときに、値段もお手頃でRPG要素もあり、なおかつイケメンたちとの恋の駆け引きが出来るこのゲームに出会った。
し、か、も!これは家庭用ゲーム機ではなく、携帯型ゲーム機でプレイできる。そう!紅兄にバレたら、馬鹿にされるに決まってる。その可能性を格段に下げてくれるのだ!!
(もう、買うしか無いよね!この値段なら、内容がどうあれ文句も出ないし。)
と、言うわけで新作ゲームはもちろん、こちらのゲームも大変楽しみである。ちなみに店員さんには申し訳ないが、この2つのゲームは会計を別にしてもらい、乙女ゲームの方のレシートは握り潰した。証拠隠滅ってやつである。私は、紅兄に見つかり馬鹿にされる未来が相当に嫌なのだ。
ペリペリと透明なフィルムを剥がし、中の説明書を取り出した。新作ゲームの方を開けてしまうと若干1名がうるさそうなので、それは家までのお楽しみである。
ペラペラと説明書を見ていくと、簡単なキャラ紹介が載っていた。
(主人公は平民の平凡な少女だが、ある日突然、珍しい浄化魔法の使い手となる。魔法学校入学後に、その能力故に魔王討伐を命じられると....。こんな壮大な設定あるんだから、一文目の平凡な少女という一言は要らないよね....あと、この可愛すぎるビジュアルは決して平凡ではない。)
(へぇ、ライバルキャラもいるんだ!!ちょー美人さんだ!ユーリア・アレクサンドラ。名前もきれい!私が男ならこっちの方がタイプだ。でも主人公と反発し、魔王一派に加わるとか、とんでもない性格っぽい。)
(そして、攻略対象者は7人。へぇ、王子様に騎士見習いに、宰相の息子、天才魔術師.......いや!多いわ!!主人公モテモテやないかい!あ、そういうゲームか。)
とても、歩きながら頭に入りきる内容ではなかった。
なにせ初めて触れるジャンルのゲームだ。比べる対象すら知らないので、受け入れていくしかない。
(結局は実際にプレイしてみないと分からないよね!!見た目なら、この金髪に碧眼の王子様...アルフレッドが好みかな! 性格は卑屈×ヤンデレ気味...)
.......パタンと説明書を閉じる!性格ムリそうとか思ってない!思ってないよ!? ちゃんとその人の内面を見ないとだもんね。パタパタと説明書をうちわ代わりにして扇ぐ。
しばらく経っても、誰に言うでもないのに言い訳が頭の中でスラスラと浮かんでくる。
思考をリセットしたくてブンブンと頭を振り回すと、視界の端に天使が映った。
いや、正確には女の子だ。年齢は小学生の低学年くらいかな。プラチナブロンドとでも呼べばいいのか、腰まで伸びたふわふわの髪を風になびかせている。きっと眉毛やまつ毛も同じ色なのだろう、薄い色に縁取られた瞳は綺麗な金色である。膝下まである真っ白なワンピースが、また天使らしさに拍車をかけていた。
(.......びっくりしたぁ。天使かと思ったわ。めちゃくちゃきれい。年下の女の子に使う言葉ではないかもしれないけれど。見た目の年齢とまとう雰囲気が、かなりちぐはぐだ。)
こんな綺麗な子を拝めるとは。いやぁ、眼福でございます。女の子はぼーっと、木に引っ付いていた蝉を眺めていた。そのギャップに、またにやにやしてしまいそうな表情筋を必死に真顔へと矯正する。
そろそろ帰ろう。きれいな女の子をもう一目見ようと顔を上げる。今度視界に入ったのは、綺麗な女の子に突撃してくる大きなトラックであった。
そこからはあんまり覚えてないけど、人生で1番早く走った。そんな気がする。頭はガンガンするし、もはや手に力は入らない。何となく、Tシャツは汗以外のグッショリ感がある。気がする。ほとんど感じないけど。
.......つまり、そういうことなんだろうな。
ぼんやりと考える。家族を中心に今までのことが一気に思い起こされる。
(.......これが走馬灯ってやつか。もう逃げ道ないじゃない。私の人生は、我が兄弟たちのおかげで幸せだったなぁ。)
「あぁ。なんと嘆かわしい。神である、私の妻が下界に降りるために化けていた少女を助けるために、若き人間の少女が死んでしまったなんて!なんたる悲劇だ。」
やたらと説明口調な声が聞こえた。
「人間の娘よ。私は神だ。我が妻を助けてくれたこと感謝する。そして、本来死ぬべきではなかった命に対して謝罪を。今回はこの恩に免じて、そなたの願いを叶えよう。なんでも申してみよ。」
(....人間死にかけると、都合の良い幻聴が聞こえるのか。さすがに私の頭も余裕が無いのね。ツッコミどころしか無いわ。でも、もし本当なら...)
「私の、家族がっ、幸せ、で、ありますように....」
息も絶え絶えに言ってみる。
ハァハァと息をするのも苦しい。
「くぅっ!!なんて心根の優しい少女なんだ!!良い!その願い確かに聞いた!しかして、それは死にゆくそなた自身には無効じゃ。自分自身の心残りなどは無いか?特別にもう一つ聞くぞ!」
(.......心残りか。今思い浮かぶのは2つね。)
(乙女ゲームを、私の荷物から乙女ゲームを抹消してください。それと、やっぱり新作ゲームやってみたかったわ。)
「お、乙女、ゲームを.......に..から.............。ぐっ、ゲホッ。し、しんさ.............やって、みた、かった.......」
「.......何の審査かは分からんが、乙女ゲームをやってみたかった、じゃな。確かに聞き届けたぞ。少女よ、次の世では幸多からんことを。」
(え?ちがっ...................)
そこから先はもう何も感じなくなった。
それはけたたましい蝉の声が響く、8月の良く晴れた日だったのだ。
ここまでお読み下さってありがとうございます。
これからはほぼ、ユーリアの世界の話になります。