鬼の峠
「いい加減にして!」
「しょうがないだろ」
苛立ちマックスの叫びを上げる少女にため息混じりに答える黒竜も面倒さを滲ませている。
毎度お馴染み桜橋父娘は平常運転で周囲を見回すが、そこには人型の死体が山のように転がっている。
その数、実に17体。
これが人間なら大量殺戮の現場だなぁ。
と暢気に考える恭介だが、オーガが有害指定の魔物であると言う事実を含めても別段何処かの街を襲ったわけでもない以上は、父娘の行動が大量殺戮なのは間違いない。
「これで4回目よ!
いい加減に懲りようと思わないの?!」
「オーガに言え!
……とは言ってもある意味当然だと思うぞ?
オーガは中級冒険者がパーティ組んで倒す魔物だ。
それが縄張りを荒らされて黙っているわけがない」
恭介の言葉は真実であるが、それ以上に1人1匹の見た目が問題であった。
オーガは見た目に反して、知能が高い。
襲撃時に連絡役を残しているのだが、彼らから見れば、小さな竜と魔術師見習いの小娘は脅威であってはならない。
数を増やせばどうにかなると思ってしまい、3体で駄目なら6体それで駄目なら9体と順に数を増やして対応を考えるのが、必然。
これが明らかにベテランの空気を漂わせる冒険者集団なら最初の3体で諦めていた。
……そう、オーガ達にとって運の悪いことにこの父娘は羊の皮を被った化け物だった。
お陰で僅か2時間弱の間に勢力を半減させてしまう羽目になった。
「本当に運が悪いよね。
ウルフ系をゲットしようとすると出てこなくなるし、さすがにこの大男を手下にしてもモフれないし」
「うむ。俺はお前が筋肉フェチでないことに感謝しているぞ。
……おかわりだ」
峠の道を塞ぐように新たなオーガの群れが表れる。ただし、これまでのような敵意はなかった。
「……これを」
先頭に立つ女オーガは、大柄な人くらいのその見た目に不釣り合いなでかい頭を差し出す。
それはどう見ても、
「オーガの頸?」
「父です」
「おい!」
思わず叫ぶ恭介。
同じ娘を持つ父親として同情してしまったのだ。
「…父は、群れを半壊にまで追い込んだ責任を取りました。
自らの頸を切り裂く際に、群れの未来を託せる相手に託せと」
「どういうこと?」
真っ青な顔をしていた咲が問う。
彼女もオーガの父娘を自分達に置き換えてしまったのだろう。
「オーガは、長を倒した者が次の長となります。
父の頸を差し出すことは群れを差し出すと言うことです」
「…ふむ。
信用できる群れを娘に選ばせる訳か?
それで同族でなく、俺達の元へ来たと?」
「この群れに戦える男は数人程度。
後は女子供ばかり。
他の群れを頼ったところで使い潰されるだけ。
戦ってもいない連中に使い潰される運命を誰が受け入れられると?」
……幾らなんでも脳筋理論だろう。
恭介が内心で呻いていると。
「じゃあ、貴女……。名前は?」
「……ありません。父は『シュガク』でしたが、それは族長に受け継がれる物でしか」
「そうなんだ……。それじゃ…」
「駄目だぞ」
「パパ?」
「一時の同情でこの数のオーガの世話をしようと言うのか?
ウチにそんな余裕はありません」
「パパ!」
「自分の行動には常に責任を持つようにと教えているよな?
ここで彼らを拾い上げて、どう責任を取る?
ましてや、彼らの困窮はこの群れの長の行いが原因だ」
「父は責を取って自らの頸を!」
咲を諭そうとする恭介だが、その言い方を我慢できなかったオーガの娘が口を挟む。
勝者足る1人1匹の会話を遮る権利は無くても、誇り高く死を選んだオーガの矜持を傷つけられたことは我慢が出来なかったようだが、相手が悪かった。
「誰がどう責任を取ったと言うのだ?
自分のプライドを守るために勝手に逃げただけだろう?」
サラリーマンに戦士の矜持は通用しない。
「合えて言うなら、戦士として責任を取っただけで群れの長としての責任は投げ出したと言うべきか?
目をそらすことの無いように現実を突き付けようか?
シュガクはお前達より自分のプライドを優先したのだと」
更に追い打ちを掛ける恭介の言葉は…。劇物だった。
オーガ達は膝を付いて現実を嘆き出す。
「パパ、言い過ぎ!」
「順番を間違えるな。
襲って来たのはこのオーガ達だ。
他人を傷付けて置いて自分が怪我をするのが嫌?
子供の我儘じゃないか」
絶望しているオーガ達にもう1つおまけで追い打ちを仕掛ける悪魔のようなサラリーマン。
のそりとダルそうに立ち上がるオーガの娘、周囲のオーガ達は長の娘をじっと見ているだけ。
「いつまでそうしている?
鬱陶しく道を遮るな」
そんなオーガ達に容赦なく邪魔だと告げる黒竜。
……多分、悪魔の方が優しいよね。
「……」
無言で歩き始めるオーガ族長の娘に1人また1人と重い足取りで続くオーガ達。
それを見送る父娘の表情は真逆。
「……パパの鬼」
「鬼と言うのは心外だ。
俺は感情のままに暴れる小物ではない。
…咲も分かっているんだろ?」
「……」
悔しそうにしながらも沈黙を保つ娘の頭をポンポンと叩く黒竜は、オーガの最後の1体が姿を消すまで、群れの行く末を見守った。
「…教育を間違えたかね?
少しくらいは我儘を言っても良いんだぞ?
物分かりの良すぎる子供は親としては寂しい物だ」
「重過ぎるよぉ。
あれだけのオーガ達を面倒みるなんて、出来ないことは分かるもん…」
「所詮俺達は異世界の者、降りかかる火の粉を払うので精一杯なものさ。
この世界に根を下ろすなら、オーガを率いて魔王にでも成れば、すむ話なんだがな」
現状で言えば、集落のあるオーガ達と不慮の旅路の帰路を目指す父娘では、オーガ達の方が恵まれているのだが、その発想に至らない辺りが、優しい或いは平和ボケした日本人なのだろう。
モヤモヤとした気持ちで自分達のやるべきことを果たす為に峠越えの足を進める。