とある近衛兵の憂鬱
『いい加減にしてほしい』
レントレント王国近衛兵バジルは、内心でため息を付いた。
彼が警護に立つ謁見の間には、ここ数日と同じ光景が今日も展開されていた。
玉座には、新たに王位に付いたバース国王が構え、侯爵家を筆頭に上級貴族が並び、対面するのは三代に渡って王家の相談役を勤めてきたアウロ大司教とその介添えをしている枢機卿達。
謁見の間は、国政を放置して、政治のトップと宗教のトップが主導権争いをする場になっていたのだ。
その原因は、王の交代に伴って行われる『勇者召喚の儀』。
今回は過去の凡例になく、勇者が6人と巻き込まれたと思われる一般人14名が召喚された。
これまでのように召喚された勇者が1人なら、王家と教会の協力の元に育成し、後々は貴族に叙されるなり、教会の幹部になるなりの選択肢が与えられる。
…もちろん、ある程度の誘導がなされているのだろうが、その辺に関わるのは最高位の方々、勇者達に悟られるようなことはなく、居心地の良いままに国家へと帰属させてきた。
対して、今回は過去に例を見ない大人数の召喚である。
そうなるとこれまでは不可能であった魔物領域の解放が出来ると考えられ、それを王家と教会のどちらが主導するかで対立した。
「これまでに例を見ない大人数召喚は神々の余への期待であろうと思うが?」
「もちろん、それもありましょう。
しかし、その期待をもたらしたのは先代、先々代の治世ゆえと考えるべきでは?」
陛下の自分の期待説を主張する問い掛けにこれまでの功績=自分の功績を主張する大司教。
「大司教様の言い分も分かりますが、今回に関しましては陛下の人徳こそでは?」
「いやいや、王国の治世延いては各領主の善政こそであろう?」
陛下と共に王権を強化したい宰相閣下の発言に、被せる形で東部を治める大公様の反論が飛ぶ。
王権が強化されれば、相対的に領主の権威が下がるのだから必然だが。
「歴代の各領主様のご尽力は存じ上げておりますが、それも王祖ヤマト様と教会の導きがあってこそでありませんか?」
「いや、陛下へのご期待かと…」
教会の司教達も大司教様の派閥とそれ以外の勢力で意見が割れる。
簡単な図にするなら、
王権強化派
陛下、宰相閣下、派閥外司教。
教会派
大司教とその派閥、(領地貴族)。
と言う具合だ。
厄介な事だが、主導する立場になった時の利益を考えれば、やむを得ないだろう。
かく言う私も、実家の圧力と陛下への忠誠の板挟みに苦しんでいる。
…お陰で勇者召喚に巻き込まれた達へ手が出されていない点は利点だろう。
主導者が決まっていない状態で下手を打てば、自分の身が危うい。
その事実が現場での独断を防ぎ、勇者共々、国賓扱いでの滞在を容認させている。
もっとも、彼らは勇者でないことを理由に教会預かりとなり、勇者が王国にて指導を受ける形に落ち着くのだろうと言うのが、国政を長く見てきた先輩近衛兵達の予想だ。
『いい加減にしてほしい』
そう思いながら、平和を噛み締めているのは私だけではないだろう。