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とある越境者の話

 レントレント王国国境警備隊に所属する一般兵ライルは、砦の門を叩く音に舌打ちをした。

 夕飯のデザートを賭けたババ抜きの途中であり、目の前の同僚達に手札を見られる不利を自覚しているからだ。

 勇者の恩恵が強いこの国では、トランプのような遊びも普及している。


「ほれ、入国者だぞ?」

「分かってるよ!」


 満面の笑みを浮かべる仲間達に言い返して、席を立つ。

 たかがデザートでと思うかもしれないが、危険なわりに出世の目もない国境警備隊所属として勤める平兵士にとって夕飯のデザートは最高の楽しみなのだ。

 まして、そのデザート達は勇者によって伝えられた異世界の物であり、普通に店で買えば、平兵士のライルなら1日分の給料が飛び、そもそもレントレント王国の王都でしか手に入らないものだ。


「そう言えば、今日はプリンらしいぜ?」

「!

 ちきしょう!

 さっさとすませてくる‼」


 デザートの中でも人気の高いメニューだと知り、厄日だと思いながら走り出すライル。

 門の前で待っていたのは、小さな竜を抱えた少女だった。


「あの、レントレント王国に入りたいんですが」

「はいよ。入国税銀貨2枚ね」

「え?」


 目を丸くする少女にライルは内心頭を抱える。

 時々いるのだ、入国に金が掛かると知らない田舎者が。

 そういう奴は大抵厄介者だ。

 国境だからって見えるように線が引いてある訳じゃないし、何故金を支払わなければならないと怒り出す。

 ……いや、小さな娘だし、純粋に知らないだけかも。

 そうやって自分に言い聞かせて、説明を試みることにする。


「知らないかもしれないけど、他の国に入るとその国のサービスを利用することになるだろう?

 その費用の一部を事前に出すってことだよ?」

「あの、お金が掛かるのは分かります。

 ただ、そんなに高いなんて思わなくて」


 腕の竜の額を握った手でグニグニしながら答える少女に予算の問題かと少し安堵する。

 そして気付いた。この子は優秀なテイマーの卵じゃないかと。


「それならこの街道を北に行くとアッサムって街があるから、そこで冒険者登録をしてくると良いよ。

 それで半額免除される」

「冒険者登録ならしているぞ?」

「え? 今のは?」


 唐突に聞こえた男の声に周囲を見回すライルだが、辺りに人気はない。

 元々、レントレント王国へ北から入るなら、西にあるサンラート街道を通るのが普通。

 狼の群れが多くいるアッサム草原を越えて、この砦に辿り着いてもその先にはベニシモ山からオーガのやってくるミルラ峠がある。

 そんな難所を通る旅人は少ないのだ。

 ……であれば、その声の主は。


「ここだ。レッサードラゴンのルードと言う。よろしく」


 少女の腕に抱えられた竜が喋ったようだった。


「レッサードラゴン?

 本当に?

 …いや、共通語を話せるんだから高位魔獣なのは間違いないのだけど」

「従魔です。

 それで冒険者カードがこれで…」


 少女の差し出したカードには、レイリアと言う名前とテイマー職である旨が記載されている。

 そちらは問題ないが、現状ではそれ以上の問題が発生していた。

 他国と違いレントレント王国には、各砦に統一されたマニュアルがある。これも勇者の発案だが、各砦毎に異なった対応を統一して、明文化することで治安維持を効率化したのだ。

 その中には最強種たる竜種出現時のマニュアルも存在する。


 まず、偽竜種。

 これは竜に似た姿の魔獣にすぎないので、緊急撃退任務発生の鐘を鳴らす。

 砦に詰める20人の兵士全員で掛かれば、追い払うくらいは出来るからだ。


 対して亜竜種は、ドラゴンになる前の未熟な竜達。

 種族スキル『竜を目指す者』を持つ彼らは、20人程度の人族でどうこうできる相手じゃない。

 対応は籠城と王国各都市への緊急事態伝令くらいしか出来ない。


 しかし、目の前にいるのは、真竜種たるレッサードラゴン。

 真竜種に対する対応はただ1つ。 


 『刺激しない』

 

 人では傷付けることすら困難で、彼らの興味を引けば、国が滅んでも不思議じゃないからだ。


 しかし、従魔の対応マニュアルと言うのもある。

 それを必死で思い出そうとして、ライルは絶望する。

 亜竜種を従魔に連れている場合の対応は、丁重に扱う等々の対応方法があるが、真竜種の場合はない。


「少し待っていてくれ。隊長に確認をとる」


 そう言って正門に1人1匹を待たせたライルは、砦の中にトンボ返りした。



「ルード?」

「入国税についてはすまんかった。

 よくよく考えたら税金が掛かるのは当たり前だわ」


 人目を気にして、こちらでの名を呼び掛ける咲に平謝りをする恭介。

 話題を逸らす、もとい状況を擦り合わせる為に恭介は兵士の行動を解説することにした。


「あの兵士の行動は、こちらが真竜連れであると知って上司に相談に行ったと言う所だろう」

「…なんで?」

「この世界での真竜種は、あちらでの核兵器に匹敵するとみて良い。

 そんなの連れてきた奴を平然とは招き入れんだろ?」

「核兵器……。

 あれ?

 けど、アッサムの街ではそんなに問題にならなかったけど?」


 最初にコンタクトを取った門兵ミルドも色々と世話を焼いてくれたレベッカも特に騒ぐこともなかった。


「恐らくこの国の方が文明水準が高いのだろう。

 知らなければ恐がることも出来ないからな。

 沸騰しているお湯が熱くて火傷すると知らなければ、それに触ろうするだろう?

 ……お前みたいに」

「パパって、そう言うとこ本当にしつこいよね!」

「あの時は本当にビックリしたからな!

 珍しく雪葉さんが会社に電話してきたと思ったら、お前が救急車で運ばれたって言うし」

「……まあそれはそれとして、文明水準が高い理由ってやっぱり、勇者?」


 物心つくかつかないかと言う頃の黒歴史を語る父親の追求を外す目的で話題を変える咲。

 それにため息をつきつつも応じる恭介は、少し思案すると、


「恐らくな。

 中学生から高校生くらいの子供とはいえ、ある程度日本での知識や道徳は学んでいるだろう?

 子供が思うほどあの教育が役に立たない訳じゃない」

「そうなの?」

「ああ。

 まず、識字率の向上や四則演算を理解している者の増加は、そのまま国力増加に繋がる。

 一部の天才でしか対応できなかった内容が、一般人に対応できるようになれば、その天才はより高度な分野へ労力を割けるからな」

「?」

「掛け算や割り算を理屈と理論で知れば、それまで感覚でそれらの計算をしていた連中を頼る必要がなくなる。

 その者達は土地の計算とかに回せるかもしれない。

 図形の計算の知識が手に入れば、それも一般人に任せられる。

 ……まあその辺を理解する必要はない。そう言う物だ程度の感覚で良いだろう」


 それでも首を傾げる咲に説明を諦めた恭介だったが、重要なことはしっかり伝えようと考えた。


「咲、この国はラノベにあるようなあからさまな悪の国じゃない。

 召喚した勇者を奴隷として虐げてもいないだろうし、王候貴族が自分の私利私欲を優先しているとも限らない」

「え?」

「まあ召喚は拉致だし、物理的に隔離しているから監禁でもある」

「拉致監禁は悪いことでしょ?

 ニュースでも時々やってるし」

「もちろん犯罪だ。しかし被害届はなく、認識されていない国相手では成立しない。

 脱法であって違法ではない訳だ。

 そうなると後は、当事者の意識のみが善悪の基準でしかなく、召喚された勇者が召喚されたことを喜んだらそれまで」

「犯罪だけど犯罪じゃない?

 うぅ。なんかもにゃもにゃするぅ」

「もにゃもにゃって」

「パパ! じゃなかったルード」


 思春期少女の妙な言い回しに呆れる恭介だったが、咲の注意を孕んだ言い回しにそれ以上の説明を次回に回すと判断した。


「思ったより早く戻ってきたな。

 あの状況ならもっと時間が掛かると思ったが」

「そうなの?」

「役人ってのは融通がきかんと古今東西決まっている」

「……あいにくと私共は、軍属ですのでそれなりの判断力があると自負しています」


 聞き耳を立て始めた途端に指摘されて、扉を開けた国境警備隊長が苦笑するのは、お役所仕事の遅さを自分も知っているからっと言うだけでなく、ばつの悪さを誤魔化す目的もある。


「それで対応は決まったか?」

「はい。こちらに入国許可証を用意しました。

 これを見せてもらえれば、国営施設は安く利用できます。入国税も徴収しません」

「かなり大きく出たな?」

「そう思ってくださって構いません。

 さすがに真竜種を敵に回すのは怖すぎでしょう?」


 疲れた顔で笑う隊長に目を細める恭介。その反応にこちらの思惑が通じたと緊張を解く。


「レイリア、それでは先に進むとしよう」

「はーい」

「それでは、世話になった」

「ありがとうございます」

「「お気をつけて」」



 門を抜けていく1人1匹を見送って、国境警備隊の2人は共にため息をつく。


「行ったか。さすがに緊張したぞ」

「ですよね。

 真竜なんて初めて見ました」

「私だって初めてだ。

 しかし、魔力量は見れば疑いようもないな。

 あの量ならただ解放するだけでこの砦が崩壊するのではないか?」

「……そんなにですか?

 あいにくとセンスマジックの類いは使えないんで分からなかったんですが」

「すさまじいの一言だ。

 よく疑いもせずに連れてきてくれた。我が国に敵対しようものならとても恐ろしく思うからな」


 安堵を浮かべる上司と部下であったが、この国が既にあの真竜種に喧嘩を売った後であると知らないのは、幸か不幸か悩ましいところであった。

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