旅の始まり
「いやぁ!
めっちゃ可愛い‼」
よく晴れた青空の下、周囲に何もない草原に響くのはかん高い少女の声。
その両腕の中にはボール玉のようなずんぐり体型の蜥蜴が収まっていた。
…彼ならともかく、他の同族の前で『蜥蜴』呼ばわりはとても危険だし、何より話を進めたいので、さっさと説明するなら、少女の方は見奈橋中学の2年生、桜橋咲。抱え込まれている蜥蜴もとい幼黒竜がその父親であり、中流サラリーマンの桜橋恭介改め、神獣ルードである。
「爬虫類って、あまりこねくり回すとストレスで弱るって言うけど、パパが相手なら父娘のスキンシップですむもんね?」
「…お前、爬虫類も飼う気だったの?
雪葉さんが激怒、……しないか。あの人も爬虫類系好きそうだわ」
「まあ私のケモナーはママの血だと思うよ?
パパは小型熱帯魚オンリーでしょ?」
「犬猫も嫌いではないよ?
だが、小型美魚達の繊細な美しさには敵わないだろう?」
「繊細?
飼育が簡単なのがメインなのに?」
「うっさい。
話を戻すが、ケモナーは毛が多い動物が好きなんじゃないのか?
雪葉さんはアロワナと猫飼ってるけど」
「私は爬虫類も好き。
ママもだけど、ミズヘビなら管理も楽なんだけどなぁ。
て、ぼやいてたよ?」
「……あいつ、うちの子を餌にする気か?」
「そんなことはしないと思うよ?
けど、逃げてそうなったら離婚されそうだし、ハンドリングは無理だしなぁ。っても言ってた」
「後半が本音だよね!
全くあの人は……。
近くに魔物がいるぞ。警戒しろ」
身震いして腕を引き離した幼黒竜は愛娘の頭辺りの高さに浮遊する。
「何でそんなことが分かるの?」
「スキル『危険感知』の能力でな。
危険度は青だから、不意打ちを受けなければ怖くないレベルだが?
……そこか!」
ルードの瞳が赤く輝くと同時に、草むらの一部から噴水のように赤い花が咲く。
「今のは?」
「風魔術でストーカーウルフの首をはねた」
「パパ!」
「ぉおう」
「それ欲しい!」
「それ?」
「風魔術!」
娘の様子に引いていたルードはそれを聞いてあからさまにほっとしていた。
「よかった。
死体でも良いから、ストーカーウルフをモフりたいとか言ったらと不安だったが、そこまで業が深いわけじゃなかったか……」
「……それは洗ってからやる。
獣臭いのはやだ」
「お前なぁ」
「昔の人はみんなやってるでしょ?
いたちとかの毛皮を首に巻いてモフったり」
「ファッション!
あれはファッションだから、モフっているんじゃないから!」
「ファッション?
……原始人の真似?」
「知るか!
風魔術を習得できるかは適性を調べないと分からないな。
ステータスオープンって言ってみ?
……なんだ? その目は?」
「パパ、幾ら異世界でもゲームと現実を混同したら駄目だよ?」
「してない‼
良いから見てろ!
『ステータスオープン』」
娘の白眼視を振り切って叫ぶ黒竜の前に黒いボートが浮かび、そこには…。
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ルードリウス(桜橋恭介) ♂ 貴族竜幼体(黒竜)
レベル/1 ジョブ/ブレイブ
属性/風/光/闇/時空
ライフ:100%
マナ:98%
エナジー:0%
筋力 358
素早さ 655
生命力 462
魔力 777
精神力 885
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と表示される。それを見て目を輝かせる辺り現代っ子と言うべきか。早速自分も唱える咲。
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「 」(桜橋咲) ♀ 普通人
レベル/1 ジョブ/テイマー/ブレイブ
属性/風/水
ライフ:100%
マナ:100%
エナジー:0%
筋力 32
素早さ 50
生命力 28
魔力 88
精神力 91
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「……低い。何でこんなに差があるの?」
「いや、俺のステータスが高すぎるだけだぞ?
勇者として召喚された兎沢少年の倍以上のステータスだ。
それにテイマーのジョブが付いてる。これは特殊上級職だぞ?」
「スペシャル?」
「ああ、ジョブスキルと言う特殊なスキルが備わったジョブの類いだ。
まあブレイブにも『限界突破』『適応率上昇』のジョブスキルがあるが死にスキルだし、テイマーの『意思疏通』は10メートルくらいの距離でテレパシーが出来る優秀なスキルだぞ?」
「何でそんなことまで知ってるの?
パパはこのゲームの経験者?
異世界帰還組?」
「ゲームじゃなくて現実な。
俺は諸事情で自分のキャラメイクができたから、中級スキル『解析』『鑑定』に全振りしてから他のスキルを習得しただけだ。
あの女神、スキルにレベルがあることを黙ってやがった」
「女神? トーラさんのこと?」
「お前も会ったのか?」
「会ってはいないけど、テレパシーみたいので声が聞こえて、少ししたらドラゴンになったパパを送るって…。
あれ? 私よくあんな怪しい声の言うことを信じたわね?」
「少し待て」
体の向きを変えたルードー恭介は咲を赤く光る瞳でじっと見つめて頷く。
「声を伝えたのはスキル『神託』で、信じられた理由は女神の加護の影響らしい」
「へえ。スキルも見れるんだ?」
「スキル『詳細解析』の能力だな。
…風の適性はあるな。
まず魔力を知覚することだが、ひとまず俺も人に変身しよう。そんでさっさと帰る」
「ええぇ。魔術は?」
「こちらより地球の方が練習しやすいんだ。我慢しなさい」
「冒険したい!」
「また今度な。雪葉さんに状況説明して今度は家族で来よう」
「むう。しょうがない」
「さて、スキル『人化』を……」
<魔獣種幼体は人化出来ません。エルトーラの根源システムで禁止されています>
「はい?」
「どうしたの?」
「今の声は聞こえなかったのか?」
「声?
それより変身は?」
「スキル『神託』と『意思疏通』を発動してくれ」
「……スキルってどうやるの?」
「この2つを使うぞ!
って強く願えば良い。魔術より簡単だ」
「……やってみる」
『この呼び掛けは?
ルードリウスの娘ちゃん?
ルード、じゃなくて恭介さんは届かなかった? 黒いちっちゃなドラゴンのはずだけど?』
『ええっと…』
『トーラ、人化スキルを使おうとしたら幼体は駄目だと発動しなかったぞ!』
女神の声に何て言えば良いか、迷っている咲を放置して問い掛ける黒竜。
『ルード?
どうやったの?
あなたはオラクル系統を1つも取らなかったでしょ?』
『神獣って立場なら、その系統はデフォで付いていると思うだろうが!
今は咲の『神託』と『意思疏通』の重複発動で直接話している』
『ああ、そう言う使い方が出来るのね』
『知らんかったんかい!
それで人化だが』
『開発者が全て知っているとは限らないでしょ?
……ずっと昔なんだけど、魔獣種幼体を戦災孤児と勘違いして街に入れたせいで、幾つかの街が壊滅する被害があったの。
後始末が大変だったし、同じことが起きないようにシステムロックを掛けているわね』
『解除または特例は?』
『無理、この手のロックは誰かがうっかり外さないように不可逆性なのよ。
…あ!』
『……何だろう。すごく聞きたくないけど、聞いとかないといけなさそうなこの嫌な予感は?』
『ルードは良いんだけど、咲ちゃんだっけ? 娘ちゃんは勇者召喚に縛られているから、世界間転移で連れ帰れない』
『……何故?』
『勇者召喚は奇蹟ランクだから、下位ランクの時空魔術を弾くのよ』
『おい!』
『召喚陣壊しちゃって。それで解決するから』
『良いのか?
お前が人間に与えた物だろ?』
『良いの良いの。
緊急事態に使用するための最終手段だったんだけど、今はルードがいるし、私欲で使い始めた以上排除しておかないと。
なんなら王城ごと消滅させても良いわよ?』
『違うな?
むしろその国の上層部連中丸ごといなくなって欲しいんじゃないか?』
『さあ?
どちらにしろ、召喚陣の上に王城があるから結局排除が必要でしょ?』
『分かった。引き受けよう』
『お願い。破壊し終わったら私から各神殿に神託降ろすから悪者になることはないわ。
それじゃあ、よろしく……。
あ、迷惑かけたお詫びに娘ちゃんにレイリアって名前を送ってあげる。それじゃ』
「……さて、召喚陣壊しにいくか」
「良いの?」
「何が?」
「え?
だって、他の勇者なクラスメイトと戦うことになるんじゃ…」
「別に利害は相反しないぞ?
俺たちと一緒にあちらへ帰れば良いわけだろ?
得意絶頂になってアホなことしていればしょうがないけど、これが子供だけならともかく、親が一緒だからな?
普通の親なら日本で受ける教育を重視するぞ?」
「パパもそうだし、それは分かるけど…」
「どうした?」
「何でもない。
これからどうするの?」
父親の言葉には、まともな親ならと言う形容詞が抜けているが、咲自身も同級生の親達のことには詳しくないから、と疑問を飲み込んだ。
「まず街で情報収集、トーラがあの様子だから何処か遠くの国ではなく、この周辺の国である可能性が高いし、喧伝するからすぐに見つかるだろう。
後は正面から乗り込むだけ」
「そんなに上手くいくの?」
「トーラは味をしめた連中が勇者召喚を繰り返すのが嫌だから少しでも早く壊して欲しいと思っている。
それにこの世界の一般人の能力値から推測するに俺どころか、咲、じゃなくてレイリアにも傷を付けれるとは思えんぞ?
もう一度ステータスを開いてみ?」
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レイリア(桜橋咲) ♀ 聖女
レベル/1 ジョブ/テイマー/ブレイブ
属性/風/水
ライフ:100%
マナ:100%
エナジー:0%
筋力 64
素早さ 100
生命力 56
魔力 176
精神力 182
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「倍になっている!」
「神から名を与えられると言うことは使徒になると言うことだろう?
種族が上がって能力値が上がったと言うわけだな」
「だから『お詫び』なんだ?」
「更に言えば、この世界の一般人の能力値は平均で35~45と推測される。『10の壁』の法則で一部例外を除き攻撃力が相手の防御力を10以上下回るとダメージにならない。
攻撃力は筋力+武器性能、防御力は生命力+防具性能だから、攻撃特化の冒険者が重量級の武器でも持ってないと無理だろうな。
勿論防具の間を通り抜けたクリティカルヒットは危ないぞ?」
「本当にゲームみたい」
「だが現実だ。
ライフとかがパーセンテージだろ?
攻撃力皆無の幼児でも首にナイフを突き刺せれば相手を殺せる。命そのものは増えないから割合表示何だろうな」
「気を付ける。命令『命大事に』だね」
「ああ、さてまずは街を探すぞ」
「どうやって?」
「太陽に平行して歩く。川や道へ出たらそれに沿って歩く」
「アナログ! 便利なスキルは?」
「ない‼
方位が分かるのとか、近くの生命反応を検知するとかはあるが、基本的にスキルは日常生活や戦闘向けだ」
「旅人にとっては旅は日常だけど…」
「旅人自体が少ない。魔物が溢れている世界で旅するのは行商人か、そうでなければ、街に居づらくかった連中だろうな」
「それって……」
「犯罪者の類い。冒険者も程度が低いのは予備軍だろうし、街の外で出会った連中は絶対に信用するな」
「商人も?」
「裏がある程度に思っておけ。
逆に街中でそこそこの商売をやってる連中は安全性が高いし、普通に取引ぐらいは出来るだろう。
それじゃあ出発するぞ?」
「はーい」
魔王な子竜の父娘連れ、その始まりは何もない草原が始点となったのだった。
「…おっと、折角だからストーカーウルフをアイテムボックスに入れとこ」
「ずるくない?」
「時空魔術だからしょうがないだろ?
その内、収納鞄でも作ってやる」
賑やかな旅の始まりだ。