表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サラリーマンオブダークネス  作者: オーロラソース
4/4

サラリーマンオブダークネス《後編》

「サラリーマンオブダークネス」これで完結です。


 ホラー企画に提出しますので、作品応援ボタンとか押してくれたら嬉しいです。


では、読んでくれるあなたに感謝を……


ありがとうございます。


 店を出た雨宮は、徐々に闇に染まっていく歩道を一人歩いていた。


 彼のかたわらには、おそらく彼女がいるのだろう。


 あの日、雨宮が別れ話を告げると、案の定キリカは逆上した。

 話はもつれて、二人は揉めに揉めた。


 ヒステリックにわめきながら、刃物まで持ち出したキリカを、雨宮は力任せに突き飛ばした。そして、壁に頭を打ちつけた彼女は、二度と起き上がることはなかった。


 雨宮は悩んだ。


 自首すれば、刑事罰は避けられるのではないか……そう考えもした。


 しかし、仮にこの件が、事故や正当防衛として処理されたとしても、世間は雨宮を“痴話喧嘩の末に女を殺した人殺し”として見るだろう。


 そんなことには耐えられない。


 それにキリカは、人との縁が薄い女だった。親元を家出同然で飛び出し、この土地には一人の友人もいなかった。


 雨宮は決断した。


 キリカをレンタカーに乗せて、雨宮の会社が買取り、開発計画が頓挫とんざしていた「ドリームランド」跡地へと運んだのだ。


 キリカを埋める場所を決めるのは簡単だった。


「ドリームランド」ならば、人の出入りはほとんどない。

 それでいて、心霊スポット巡りの連中がたまに訪れるため、駐車場に車が入ってもそれほど不自然には思われない。


 もちろん、私有地なので本来立ち入りは禁止されているのだが、その辺の管理がザルだということは、雨宮は当然知っていた。


 そして何より、雨宮の会社の持ち物である「ドリームランド」ならば、雨宮の知らないところで、勝手にキリカが掘り返される心配がなかった。


 廃園の闇の中、雨宮はキリカを運び、黙々と穴を掘った。

「暗視の眼」を持つ彼にとって、暗闇での作業は問題にはならない。


 そして彼は「ドリームキャッスル」の裏門から数えて、右に二つ目の窓の真下に、彼女を埋めたのだ。


 雨宮が三度目に「ドリームランド」を訪れたその日は、彼にとって、人生最悪の一日になった。


 ちなみに、一度目に訪れた時に一緒だった高校のクラスメイトが三上恵理であり、二度目は、すでに廃園になっていた「ドリームランド」に、買収の件で訪れただけである。


 つまり、雨宮が営業中の「ドリームランド」を訪れたのは、高校時代の一度だけということになる。



 電車もタクシーも使わずに、雨宮は歩き続けていた。時計の針はすでに午後8時を回っている。


「なあキリカ、街の夜は明るいな」

 

 決まった間隔で設置してある街灯、店の灯り、途切れることのない車のヘッドライト……雨宮達の歩く歩道には、人の作り出した光が溢れていた。


 キリカや「あの女」には、居心地が悪いかもしれないな……雨宮はふと、そんなことを考えた。


 女が潜んでいた廃園の暗闇、キリカもずっとあの場所にいたはずだ。


 一年半以上も……

 

 雨宮がキリカを殺したのは、一昨年の秋……十月だ。


 そして、「ドリームキャッスルの幽霊」の噂が流れ始めたのが、去年の六月。


 その噂を聞いた時、雨宮の心は大いにざわついた。


 キリカに違いない、と。


 今まで、ドリームランドにあった怪談、それとはまるで方向性の違う噂が突然流れだした。すでに心霊スポットとしては忘れられつつあった、あの廃園に……


「長い髪の女、グレーのニットにスカートを履いている」


 それはまさしく、雨宮が埋めたときのキリカの服装だった。そして、そのことを知る者は雨宮以外に存在しない。

 

 すでにこの世にいないキリカを除いては……


 どうすればいい……雨宮は考えた。


 雨宮はオカルトに対して、寛容な男である。

「そんなオカルトありえません」という否定だけはしなかった。


 幽霊は言葉を喋るだろうか……喋るかもしれない。


「キリカは、自分の埋まっている場所を誰かに伝えるかもしれない」

 それに、心霊マニアや肝試しの馬鹿どもが増えるだけでも、リスクは高まる。


 そして彼は、四度目の「ドリームランド」来場を決めたのだ。


「とりあえず会って説得しよう。あと、お参りはした方がいい気がする」


 少し、頭の悪い思考のもとに……



 雨宮は街の中心から外れて、細い路地の暗がりを歩いていた。

 街の明るさが、キリカの存在を薄めているような気がして、自然と暗闇に足が向いたのだ。


「あの時は、お前が守ってくれたんだろう?」

 問いかけるが返事はない。


 それでも、雨宮は確かにキリカを感じていた。


「ドリームキャッスル」で「あの女」に会った時も、キリカはこうして雨宮のそばにいたのだろう。


 遠くの扉を動かすような力があったにもかかわらず、「あの女」は雨宮に対しては何も出来なかった。


 それはおそらく、キリカがそばにいたからだ。


「あの女」が終始怯えた様子だったのも、雨宮ではなく、彼に寄り添うキリカに対して怯えていたのではないか。


 だからこそ彼女はあの時、「コワイ……オンナ」と呟いたのだ。


 幽霊に格というものがあるのなら、少なくともキリカは「あの女」より格上なのだろう。


 怖い女だったからな……雨宮は、包丁を持って向かってくるキリカの形相を思い出し、身震いをする。


 それとほぼ同時に、雨宮のポケットの中でスマートフォンが震えた。

 

 雨宮がスマホを取り出すと、彼の右側からプレッシャーのようなものが感じられた。


 雨宮は平静を装い、スマホを見る。

 ラインではなくメール、差出人の名前は、三上……信也。


 恵理か。


 キリカと付き合いだしてから、雨宮のアドレスにある女性の名前は、そのほとんどが男の名前に変えられていた。


 履歴や画面に女の名前がでるだけで、キリカの機嫌が悪くなるからだ。


 それは、今もそのままだった。


「先日の件、進捗はいかがでしょうか、明日で構いませんので連絡を下さい」

 

 賢い文面だ……ラインではなくメールなのもよく分かっている。

 雨宮は画面を覗き込むキリカの視線を感じながら、この状況を理解している恵理の当意即妙さに惚れ直す。


 昔から恵理は、気の回る女だった。あのカフェでの対応にもそれは感じられた。

 あの時恵理は、雨宮の横にいる女……キリカを見て、彼女の雨宮に対する執着を感じ取ったのだろう。

 わざわざ友人だということを確認したうえで、いもしない恋人の話まで付け加えていた。


 恵理はキリカのことは知らないはずだが、女の勘というやつだろうか……妙に鋭い友人に、雨宮はいくらかの警戒心を覚える。


「差し当たって問題はありません。明日の昼頃連絡します」

 雨宮は三上信也に返信のメールを送ると、何事もなかったように再び路地を歩きだす。




 灯りの消えた薄汚れたビルと、シャッターの降りた商店が並んでいる。車も通れない細い路地には、生ぬるい風が吹いていた。


「恵理には反対されたけどさ……」

 雨宮は見えない彼女に語りかける。


「やっぱり、やってみようと思うんだ」

 ゴーストバスターズ、と少し照れた顔をして雨宮は呟く。


 キリカの姿はやはり見えない。彼女の声も聞こえない。


「一緒にやらないか、今度はきっと上手くいく」

 生きていた時の彼女とは、あんな終わりを迎えてしまった。

 だが、やり直せるかもしれない。

 間違いなくキリカはそこにいるのだから……雨宮は思い、この歪んだ奇跡にすがる。

 

「なあキリカ、面白いと思わないか? 俺とお前、二人で悪霊退治をやるんだ。小さな事務所を構えてさ、今の会社は辞めたって構わない」

 そして、身勝手な願望を思い描き、それを自分が殺した女に告げた。


 彼女は何も答えない。

 

「キリカ……返事をしてくれ、俺は一人じゃ何も出来ない。お前が必要なんだ」


 暗闇の中、雨宮の声だけが空しく響いた。

 

「分かった、仕方がない……恵理とやることにするよ」

 雨宮は失意の声で呟く。

 

 その時、背筋を悪寒が走り、耳元で囁くような声が聞こえた。


「ハルジ……オン……うぐさ」


 はっきりと聞きとることは出来なかったが、それは確かにキリカの声だった。


 本当に嫉妬深い女だ……


 散々無視したくせに、恵理の名前にはしっかり反応する。雨宮はそんな彼女の変わらなさに苦笑する。


「キリカだな、今なんて言ったんだ? もう一度言ってくれよ」


 キリカと話せる……


 雨宮はその事実に感動していた。目には涙が滲み、キリカに伝えたいこと、そして謝りたいことが次々と浮かんでくる。


「キリカ……」


 わき上がる感情を上手く言葉に出来ず、雨宮は掻きむしるようにシャツの胸の部分を握りしめた。


「何でもいい、話してくれ。お前の声が聞き――」


「馬鹿じゃないの」

 キリカの声が雨宮の言葉を遮る。


「会社を辞めるなんて論外、それと、ハルジオンは貧乏草っていって、花を摘んだ人は貧乏になるらしいから、そのゴースト…バプッ…フフッ……なんとかは失敗すると思う。あと、あのひとには相手にされてないよ。わかるでしょ普通」



「……お前、ぶっ殺すぞ」

 雨宮はかつて殺して埋めた女に、再びの殺意を覚えた。




「兵隊とか武士とかはやめておこう。強そうだからな、やっぱり、女か子供……いや、年寄りの方が気が楽か」

 

 明かりのついていない部屋で、雨宮は誰もいない暗闇に向かって話しかける。


「どうしてそう考え方が下衆なの? どうせなら人の為になることをしようとか思わないの? こないだだって詐欺師みたいなやり方で金額吊り上げて……」


 何もない場所から、若い女の声が聞こえてくる。


「仕事だからな。利益をあげるなら、他のことはしなくていいって部長にいわれてるんだ。格好いいだろ、特命係みたいで……」


「馬鹿じゃないの……それはそうと、私が眠ってる間にあのひとに会ったりしてないよね?」


「昼間、彼女は仕事だよ」


 雨宮には相変わらず、キリカの姿は見えない。

 ただ、最近はどこにいるかは気配で分かるし、近いうちに姿も見えるようになるんじゃないか、という気がしている。


 キリカは幽霊らしく、夜が一番元気で、夕方や早朝はあまり調子がよくないらしい。


 昼間は睡眠のような状態で、意識がないと言っていた。


 その昼間のうちに、恵理には色々とやっているが、今のところ大きな進展はない。

 


 雨宮は結局、会社を辞めなかった。


 そのうえで、上司を巻き込み、幽霊退治のようなことをやっている。


 暗闇の中、かつて自分が殺した女を相棒に……



 サラリーマンとして……

 

 


 

ホラー企画用に書き始めたのですが、まったくホラーになりませんでした。


最初予定していた終わり方は、いくらかホラーぽかったのですが、後々続編でもかければと思い、このエンディングにしました。


短編の題材にでもなればいいな、とか思っています。


では、完結まで読んでくれた方、そして最終話だけ読んだ方、どうもありがとうございました。


バイバイ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ