サラリーマンオブダークネス《前編》
ホラー企画用短編連載、3話で完結の予定が4話になっちゃいました。
すいません。
3話の文量がさすがに多すぎる感じでしたので、分けることにしました。
まあ、気にしないでね。
ちなみにタイトルがいかにも終わりっぽいですが、これは3話で終わらせる予定だった時の名残です。
では、読んでくれる人、サンキューバイバイ。
雨宮という人間は、決して恐怖心が欠落している訳では無い。子供の頃は犬が怖かったし、今でも恐ろしいと感じるものはいくつもある。
ただ、あの女に対しては、まるで恐怖を感じなかった。
ドリームキャッスルの跳ね橋を渡り、正面の入り口に戻ったところで、雨宮は足を止め考える。
真夜中の廃園であんなモノに出くわせば、普通は平常心を保つことなど出来はしない。
多少は心の準備をしていたとはいえ、霊などというものに遭遇したのはあれが人生で初めて、まったくの初体験だったのだから尚更だ。
これもこの眼の影響だろうか……あの女に遭遇した時の妙に冷めた感覚を思い出し、雨宮は思う。
人間は本能的に暗闇を怖れるものだ。
それは、人が獣と同様の暮らしをしていた頃の名残なのかもしれない。
闇に潜む外敵、あるいは暗闇の中にいる得体の知れない何か、そういうものを、人は無意識のうちに怖れているのではないか。
雨宮は、普通の人間なら身動きさえとれないだろう闇の中を、プロムナードでも歩くかのように進んでいく。
「暗視の眼」を持つ自分には、光と闇を隔てる境界自体が存在しない……
「俺も半分くらいは、あの女と同じ闇の世界の住人というわけか」
つまりは同類、ならば怖ろしくないのも当然だ。
城壁に沿って半周ほどまわると、ドリームキャッスルの裏門にたどり着いた。門の内側には、落ちることのない形だけの落とし扉がみえる。
ここに来るまで、あの女の姿を見ることはなかった。
「やはり、消えてしまったんだな」
雨宮は小さく呟く。
その心の中には、わずかな寂しさが宿っていた。
ドリームキャッスルの裏門から数えて、右に二つ目の窓の真下、そこに雨宮は立っている。
「久しぶりだな……」
悲しげな声が闇に響いた。
脳裏に、一人の女の顔が浮かんで、すぐに消えた。
城の壁沿いには、春紫苑の花が咲いている。
雨宮はその白い花を一つ手折ると、地面の上にそっと置いた。
そして、彼は廃園を後にした。
ドリームランドを訪れた日から数日後、会社近くのカフェで、雨宮は高校時代の知り合いと待ち合わせをしていた。
窓際の席に座り「早く来すぎたな」と思いつつ、一人コーヒーを飲んでいると、入り口に彼女の姿が見えた。
白いブラウスにスキニーのデニム、シンプルな格好だが、長身で足の長い彼女にはよく似合っている。
彼女……三上恵理は、雨宮に気がつくと、少し驚いた顔をして、それからゆっくりと雨宮の座る席へと近づいてきた。
「すまんな、呼び出して」
「ああ、うん。それは、いいんだけど……」
「どうした? 座れよ」
何か躊躇うような仕草をみせる恵理に、雨宮は席に座るよう促す。
恵理は頷き、雨宮の向かいの席に座ると、妙に緊張した様子で口を開いた。
「私とあなたは友達……よね?」
「ん? まあ、そうだな」
イマイチ意図の読めない質問に、雨宮は困惑の表情を浮かべる。
「最近は口説いて無かったと思うが……」
牽制されたのだろうか……確かに恵理とは高校時代に付き合っていたし、別れた今でも、正直言って未練はある。
「違う、違う。そういう意味じゃないの」
さすがにそんな自惚れ屋じゃないわ、と恵理は笑って首を横に振る。
「なら、俺はまだ振られた訳じゃないんだな」
雨宮が冗談めかして言うと、恵理は一瞬顔を曇らせて、「恋人がいるの知ってるでしょ」と“雨宮が初めて聞く情報”を口にした。
それから二人は、他愛ない世間話をいくつか交わした。
雨宮は二杯目のコーヒーを頼むと、意を決したように言葉を切り出す。
「……お前、霊感とかあるって言ってたよな?」
「ええ、でも、たまにそういうモノが見えたりするだけよ。特別何かが出来るわけじゃないわ」
雨宮の問いかけに、恵理は力無く答える。
「十分だ。お前、俺の仕事を手伝わないか?」
「は? 何の話よ。あなた、そのおん――」
「いやな、少し前に面白いことがあったんだよ」
雨宮は恵理の言葉を遮り、やや興奮気味に先日体験した奇妙な出来事を語り始めた。
廃園で会った「例の女」の話……もちろん、それが「ドリームランド」で起きた事とは分からないよう、いくつかのフェイクを交えて。
「それで、その女は消えてしまったわけだ……」
雨宮は話を終えると、恵理に自慢気な笑みを見せた。
ちなみに恵理は、雨宮の得能……暗視の眼のことを知っている。
以前、雨宮に「吸血鬼の血でも混じってるんじゃないの?」と言った女が恵理なのだ。
「それで、仕事ってまさか……」
恵理はセミロングの髪をいじりながら、呆れ顔で呟く。
「その、まさかだ」
ドリームランドを訪れた次の日から、雨宮はいわく付きの土地や物件について調べていた。
その数は雨宮の想像よりも遥かに多く、情報は日本中にあった。
「これは、仕事になるんじゃないか」
嘘くさい話もあるが、信憑性のある話も結構多い。それに、表に出てない物も山ほどあるはずだ。
幸い、不動産業界の情報なら、自前のルートで仕入れることが出来る。
雨宮はそれを、ビジネスとして真剣に考えていた。
「面白そうだと思わないか、ゴーストバスターズだぞ。俺の得能との相性もばっちりだ」
三十路前の雨宮が、少年の瞳で恵理に熱く語る。
「言いたいことは山ほどあるけど、あなた……それの為に会社を辞めるつもり?」
雨宮の勤め先は、地元では名の知れた企業だ。就職が決まった時に、同期から嫉妬交じりの恨み言を言われる程度には気の利いた会社と言える。もちろん、給料もそれなりにはある。
「いずれはな……だが、とりあえずは今の会社で信用を得るつもりだ。部長あたりを捕まえて現場を見せれば、きっと業界中に触れまわってくれる」
「やめた方がいいわ……」
恵理は雨宮を、気の毒な人を見るような目で見つめて、ポツリと呟く。
「なぜだ? はっきり言って需要はあるぞ。事故物件に、いわく付きの土地、売りたくても売れない物件は山ほどある。そういう噂のせいで、開発計画が潰れた場所も現実にあるんだよ。それに、せっかく立てたマンションに幽霊の噂でもたってみろ、あっという間に空き部屋だらけになるぞ。だが、俺なら騒ぎになる前に対処できる」
恵理は、熱っぽく語る雨宮から少し視線を逸らして、厳しい顔をしたまま話を聞いている。
「それに、原因不明の事故が多発する道路や工事現場なんてのもある。胡散臭い霊媒師じゃなくて、名の知れた会社のサラリーマンが目の前で払うんだ。いけるぞこれは……」
話を聞き終えた恵理は「ふう」と一つ溜息を吐くと、雨宮の瞳を見つめて、ハッキリとした言葉で告げる。
「儲かる、儲からないじゃないの。それは無理よ」
「何で、お前にそんなことが――」
「だってあなた、見えてないでしょう?」
そう言った彼女の視線は、雨宮の右側に向けられていた。
恵理の言葉に雨宮は「は?」と間の抜けた返事をする。
「彼女、最初からずっといるわよ……あなたの横に」
「彼女?」
「ええ、髪の長い、グレーのニットを着た――」
「あの女、消えたんじゃなかったのか!」
まさか、取り憑いていたとは……雨宮は、女が消えた時に少し同情した分、余計に怒りを感じた。
「恵理、どうすればいい?」
「最初は彼女が相談の理由だと思ったけど、まさかゴーストバスターズとか言いだすとは思わなかったわ」
恵理は苦笑し、話を続ける。
「私には分からないわ、それに、たぶん私は何も言わない方がいいと思う」
「なぜ?」
「彼女、私のことが嫌いみたい。ずっと睨まれてるのよ……いくら、可愛い顔してても、やっぱり怖いわ」
「可愛い? 睨む?」
あれがカワイイ? いくら女のカワイイが当てにならないといっても……第一、眼球もないのにどうやって睨むんだ。
雨宮は恵理の言葉に疑問を抱く。
そして、その疑問は一瞬で氷解した。
ああ、そういうことか……と。
「恵理、すまないが隣にいるレディの見た目を教えてくれないか、出来るだけ具体的に……」
「え? うん、分かった」
恵理は頷くと、彼女の目に映るモノについて、雨宮に説明していく。
「女の人よ、年は私達より若いと思う。髪は私より長くて、これくらいかな」
自分のセミロングの髪のいくらか下を指さし、恵理は説明を続ける。
「顔は童顔でカワイイ感じ、あと服装は……」
彼女は言った。
『グレーのニットにフレアスカートをプラスした、甘かわコーデ』
恵理の話を聞き終えた雨宮は、すべてを理解していた。
日が沈んだ窓の外は、夕暮れの闇に染まり始めている。
雨宮は彼女に「今日の話は忘れてくれ」と言い、専門家を探して相談する事を約束した。
「恵理、今日はありがとう。それと、俺達はもう会わない方がいいな。お前の彼氏にも悪いし……」
そうして席を立つ彼女に、雨宮は別れの言葉を告げた。
高校時代に使っていたハンドサインで「また会いたい」と、まったく別の言葉を送りながら……
前書きにも書きましたが、もう少し続きます。
4話目はおそらく、解答編といった感じになるになるでしょう。
今さら、解答も何もない気もしますが、よかったら読んで下さい。
二日以内には投稿出来ると思いますので……
それが済んだら、幼女の話の続きを書きます。
そっちもよかったら、ヨロシクどうぞ。
では、読んでくれた人、サンキューグッバイ。