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サラリーマンオブダークネス  作者: オーロラソース
2/4

甘かわコーディネート

こんなタイトルですが、一応ホラーです。


大した意味はありませんので、タイトルで敬遠だけはしないでください。


では、読んでくれるであろう、あなたに感謝を……


ありがとうございます。



 その噂が流れ始めたのは、今から一年ほど前だ。


 夏になると、まるで羽虫のように湧いてくる怪談話、この『ドリームランド』にも、閉園して間もない頃から、その手の話はいくつかあった。


「回転木馬が勝手に廻る」だの「観覧車から声がする」だのといった、ありきたりな話から、「ジェットコースターで起きた謎の事故」や「子供の行方不明事件」などという完全な作り話まで、どこから出てきたのかは分からないが、中高生やネットを中心に、ドリームランド跡地は、一時期ちょっとした地元の心霊スポットになっていた。


 しかし、元々が根拠のない怪談である。


 数年が経って、心霊スポットとしてのブームも去り、『ドリームランド』を訪れる者は、暇を持て余した若者か、熱心な心霊スポットマニアくらいしかいなくなっていた。


 そんな時である……


「ドリームキャッスルの周りを徘徊する、若い女の幽霊を見た」


 そんな噂が流れ始めたのだ。


 その霊らしき女の目撃談は、妙に具体的で共通点が多かった。


 そして、民間ディベロッパーの社員として、『ドリームランド』の買収に関わっていた雨宮の耳にも、その噂は聞こえてきた。


「まったく迷惑な話だ」

 雨宮は、愚痴っぽく言葉を零すと、目の前にそびえる城のような建物、『ドリームキャッスル』へと目をやった。


 おそらくは、某夢の国の『シンデレラ城』をイメージしたのだろう。


 しかし、予算の違いか、周囲の雰囲気のせいか、この「夢の城」は、シンデレラ城というよりも、むしろ田舎のラブホテル……子作り城にしか見えなかった。


「さて、この廃城のお姫様はどこにいるのか」

 出ておいで、と雨宮は語りかけるように優しい声で囁く。


「暗視の眼」で周囲を見回すが、辺りからは虫の声が響くばかりで、お姫様が姿を現す気配はない。


「無駄足か……」

 雨宮は腕時計を一瞥すると、眉間に深いしわを寄せて顔をしかめた。


 週末の夜は、肝試しに来る連中も多いだろう。そう思い、わざわざ平日の夜に足を運んだのだ。


「せめて顔くらい見せろよ。クソ女」

 明日の出勤までの時間を頭で計算し、算出された睡眠時間の短さに苛立ちながら、雨宮はいるかどうかも分からない亡霊に向けて、八つ当たり気味の暴言を吐く。


 しかし、辺りの様子に変化は無かった。雨宮の挑発に霊が怒って出てくる……なんてことはなく、城の周りには何も現れなかった。


 いないのではなく、見えないだけかもしれない……雨宮はそう考え、どうしたものかと頭を悩ませる。


 雨宮は、オカルトに対して寛容だった。


 幽霊にしろ、宇宙人にしろ、いないと証明できない以上、その存在を否定することは出来ない。そして「見た」という人間がいるのなら、わざわざ疑う必要もない。


 ただ困ったことに、雨宮自身がそういう存在に遭遇したことは、今まで一度も無かった。


 あの場所を確認したら、今日はもう帰ろう……雨宮は、霊感というものを考慮していなかったことを反省し、もう一つの用事を済ませるために『ドリームキャッスル』の裏手へ向かって歩き出す。


 そうして、城の入り口に背を向けトボトボと歩いていると、薄汚れた兵士の姿をしたマスコットが倒され、道を塞いでいた。


「邪魔だな」と舌打ちをして、雨宮がそれをまたごうとした瞬間、彼の背後から、木のきしむような大きな音が聞こえた。


 振り向くと、城の入り口の扉が、大きな音を立てて開閉していた。バタン、バタンと何度も、何度も……


「ポルターガイストって奴か……」

 雨宮は呟き、城の入り口を見る。


 扉は動き続けているが、やはり誰の姿も見当たらない。


「騒ぐのは、構って欲しいからじゃないのか? 遊んでやるから、顔を見せ――」

 雨宮は廃城の入り口に近づき、誰もいない空間に向かって話しかけた。


 その時……


 背後の気配が明らかに変わった。


 空気の臭いが、その性質が、違うモノに変わったのだ。


 後ろから押し寄せる波のような何かが、雨宮の体を一気に飲み込んでいく。


 まるで、深い水の底に引きずり込まれたように、抵抗と息苦しさを感じた。


 いるな……雨宮は背後からの圧迫感を気にも止めず、無駄足にならなかったという事実を喜び、ニヤリと笑う。


 そして、その表情を変えぬまま、雨宮は後ろを振り返った。


 互いの息が触れあうような距離、そこに……顔があった。


 雨宮の眼前、50センチほどのところにソレは立っていた。


 長い髪、グレーのニットに長めのスカート……


「お前は……」 

 雨宮は呟き、女の顔を凝視した。


 まだらに抜けた長い髪が顔にかかっている。そこから覗く眼窩がんかには、眼球が入っていない。鼻は醜く潰れ、歪んだ形のまま裂けた唇からは、黄ばんだ歯が見えている。


 女は、伽藍堂がらんどうの瞳を雨宮に向けると、裂けた唇を横に広げ、ニヤアと笑った。


「長い髪の女、服装は、グレーのニットにフレアスカートをプラスした、甘かわコーデ……」

 雨宮はネットの掲示板にあった、女の目撃情報を口にした。


「甘……かわ?」

 女のカワイイは当てにならないと言うが、これはさすがに酷すぎる。


 まあ、掲示板に書いた人間の性別が女とは限らないが……


 苦笑いを浮かべ、雨宮はもう一度、目の前の醜い顔を見た。


「やはり、違う」

 そう漏らした雨宮の声には、二つの感情が宿っていた。


 安堵と……怒りである。


「コイツはキリカじゃない……」


 キリカは、雨宮が前回、『ドリームランド』を訪れた時に一緒だった女である。


 『ドリームランド』につく前に大きな喧嘩をして、帰るときには雨宮一人だった。


 それ以来、キリカは行方不明になっている。


 その時の服装が、グレーのニットに白くてヒラヒラしたスカートだったのだ。


 雨宮は女の着ている服を見て、キリカのことを思い出す。


 嫉妬深く、依存心の強い女だった……


 普段は大人しいくせに、雨宮に他の女の影が見えると、決まって逆上した。


 決して性格の良い女ではなかったが……顔は可愛かった。


「顔は可愛かったんだよ!」

 雨宮は叫び、女の潰れた顔を睨みつけると、その顔面を思い切り殴りつけた。


 衝撃に、女は「ギャッ」という悲鳴をあげて倒れ込む。


「お、当たるのか」

 足元に転がる女を見下ろし、雨宮は意外な顔をする。


 自分に霊能力者のような特別な力があるとは思わないが、どうやら、コイツにはさわれるらしい。


「なら、処分できるかもしれんな」

 倒れてうめき声をあげる女の髪を無造作に掴むと、雨宮は女を引きずり、早足で歩きだした。


「お前みたいのは、地縛霊って言うんだろ?」

 髪を掴んだ手に力を込め、女の顔を自分に向けさせる。


「じゃあ、その縛っている土地から無理矢理引き離されたらどうなるんだ?」

 女は雨宮の質問に答える事は無く、ただ言葉にならないうめき声をあげ続けている。


「亡霊だか、ゾンビだかは知らんが、人の姿をしてるんなら言葉くらい喋れよ」


 その声に反応したのかは分からないが、女は震えるようなか細い声で呟いた。


「コワイ……オンナ」と。



 雨宮は女を引きずったまま、入場口の近くまできていた。


 女は大した抵抗もせずに、怯えたようにうめき声をあげるだけだった。


「おっかないのは、見た目だけか……」

 雨宮はそう呟き、すぐに「それは間違いかもしれない」と思い直す。


 潰れた鼻、裂けた唇……もしかしたらこの女は、今自分がしているように、髪を掴まれ、潰れるほどに顔を殴られ、殺されたのではないか。


「元は美人だったのかもな」


 雨宮は幾分か優しい表情をつくり、女に声をかけると、そのまま彼女と一緒にゲートを潜っていった。




 入場口の壁に寄り掛かり、雨宮は煙草をふかしていた。

 

 さっきまで女がうずくまっていた場所には、シミのようなものがわずかに残っているだけだ。


 女は、「光に導かれて天に昇っていく」ことも、「生前の姿に戻り、雨宮に笑いかける」こともなく、ただうずくまり、小さく呻きながら消えていった。


「成仏というよりは、消滅だろうか……」

 

 彼女の最期の表情、そこにあったのは、救いではなかったように思える。


 それでも……


「あそこで一人、お化け屋敷をやり続けるよりはマシだろう」


 何より、雨宮には彼女を放置できない理由があった。


「あまり恨まんでくれ、こっちにも事情があるんだ」


 雨宮は言い訳じみた言葉を零すと、線香代わりの煙草をシミの近くに置いた。


 時計を見ると、すでに時間は午前1時を過ぎていた。


 雨宮はゲートに向き合い、『ドリームランド宝くじ』の文字を見る。

 

「さて、もう一仕事だ」


 そして彼は、再びゲートを潜った。



 “もう一つの用事”を済ませるために……


 

 

この話が、三部作の中編になります。


つまり、次の話で完結です。


たぶん……


近いうちに最終話も投稿できると思います。


たぶん……


では、読んでくれて、ありがとさん。


バイバイ。

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