甘かわコーディネート
こんなタイトルですが、一応ホラーです。
大した意味はありませんので、タイトルで敬遠だけはしないでください。
では、読んでくれるであろう、あなたに感謝を……
ありがとうございます。
その噂が流れ始めたのは、今から一年ほど前だ。
夏になると、まるで羽虫のように湧いてくる怪談話、この『ドリームランド』にも、閉園して間もない頃から、その手の話はいくつかあった。
「回転木馬が勝手に廻る」だの「観覧車から声がする」だのといった、ありきたりな話から、「ジェットコースターで起きた謎の事故」や「子供の行方不明事件」などという完全な作り話まで、どこから出てきたのかは分からないが、中高生やネットを中心に、ドリームランド跡地は、一時期ちょっとした地元の心霊スポットになっていた。
しかし、元々が根拠のない怪談である。
数年が経って、心霊スポットとしてのブームも去り、『ドリームランド』を訪れる者は、暇を持て余した若者か、熱心な心霊スポットマニアくらいしかいなくなっていた。
そんな時である……
「ドリームキャッスルの周りを徘徊する、若い女の幽霊を見た」
そんな噂が流れ始めたのだ。
その霊らしき女の目撃談は、妙に具体的で共通点が多かった。
そして、民間ディベロッパーの社員として、『ドリームランド』の買収に関わっていた雨宮の耳にも、その噂は聞こえてきた。
「まったく迷惑な話だ」
雨宮は、愚痴っぽく言葉を零すと、目の前にそびえる城のような建物、『ドリームキャッスル』へと目をやった。
おそらくは、某夢の国の『シンデレラ城』をイメージしたのだろう。
しかし、予算の違いか、周囲の雰囲気のせいか、この「夢の城」は、シンデレラ城というよりも、むしろ田舎のラブホテル……子作り城にしか見えなかった。
「さて、この廃城のお姫様はどこにいるのか」
出ておいで、と雨宮は語りかけるように優しい声で囁く。
「暗視の眼」で周囲を見回すが、辺りからは虫の声が響くばかりで、お姫様が姿を現す気配はない。
「無駄足か……」
雨宮は腕時計を一瞥すると、眉間に深い皺を寄せて顔をしかめた。
週末の夜は、肝試しに来る連中も多いだろう。そう思い、わざわざ平日の夜に足を運んだのだ。
「せめて顔くらい見せろよ。クソ女」
明日の出勤までの時間を頭で計算し、算出された睡眠時間の短さに苛立ちながら、雨宮はいるかどうかも分からない亡霊に向けて、八つ当たり気味の暴言を吐く。
しかし、辺りの様子に変化は無かった。雨宮の挑発に霊が怒って出てくる……なんてことはなく、城の周りには何も現れなかった。
いないのではなく、見えないだけかもしれない……雨宮はそう考え、どうしたものかと頭を悩ませる。
雨宮は、オカルトに対して寛容だった。
幽霊にしろ、宇宙人にしろ、いないと証明できない以上、その存在を否定することは出来ない。そして「見た」という人間がいるのなら、わざわざ疑う必要もない。
ただ困ったことに、雨宮自身がそういう存在に遭遇したことは、今まで一度も無かった。
あの場所を確認したら、今日はもう帰ろう……雨宮は、霊感というものを考慮していなかったことを反省し、もう一つの用事を済ませるために『ドリームキャッスル』の裏手へ向かって歩き出す。
そうして、城の入り口に背を向けトボトボと歩いていると、薄汚れた兵士の姿をしたマスコットが倒され、道を塞いでいた。
「邪魔だな」と舌打ちをして、雨宮がそれを跨ごうとした瞬間、彼の背後から、木のきしむような大きな音が聞こえた。
振り向くと、城の入り口の扉が、大きな音を立てて開閉していた。バタン、バタンと何度も、何度も……
「ポルターガイストって奴か……」
雨宮は呟き、城の入り口を見る。
扉は動き続けているが、やはり誰の姿も見当たらない。
「騒ぐのは、構って欲しいからじゃないのか? 遊んでやるから、顔を見せ――」
雨宮は廃城の入り口に近づき、誰もいない空間に向かって話しかけた。
その時……
背後の気配が明らかに変わった。
空気の臭いが、その性質が、違うモノに変わったのだ。
後ろから押し寄せる波のような何かが、雨宮の体を一気に飲み込んでいく。
まるで、深い水の底に引きずり込まれたように、抵抗と息苦しさを感じた。
いるな……雨宮は背後からの圧迫感を気にも止めず、無駄足にならなかったという事実を喜び、ニヤリと笑う。
そして、その表情を変えぬまま、雨宮は後ろを振り返った。
互いの息が触れあうような距離、そこに……顔があった。
雨宮の眼前、50センチほどのところにソレは立っていた。
長い髪、グレーのニットに長めのスカート……
「お前は……」
雨宮は呟き、女の顔を凝視した。
まだらに抜けた長い髪が顔にかかっている。そこから覗く眼窩には、眼球が入っていない。鼻は醜く潰れ、歪んだ形のまま裂けた唇からは、黄ばんだ歯が見えている。
女は、伽藍堂の瞳を雨宮に向けると、裂けた唇を横に広げ、ニヤアと笑った。
「長い髪の女、服装は、グレーのニットにフレアスカートをプラスした、甘かわコーデ……」
雨宮はネットの掲示板にあった、女の目撃情報を口にした。
「甘……かわ?」
女のカワイイは当てにならないと言うが、これはさすがに酷すぎる。
まあ、掲示板に書いた人間の性別が女とは限らないが……
苦笑いを浮かべ、雨宮はもう一度、目の前の醜い顔を見た。
「やはり、違う」
そう漏らした雨宮の声には、二つの感情が宿っていた。
安堵と……怒りである。
「コイツはキリカじゃない……」
キリカは、雨宮が前回、『ドリームランド』を訪れた時に一緒だった女である。
『ドリームランド』につく前に大きな喧嘩をして、帰るときには雨宮一人だった。
それ以来、キリカは行方不明になっている。
その時の服装が、グレーのニットに白くてヒラヒラしたスカートだったのだ。
雨宮は女の着ている服を見て、キリカのことを思い出す。
嫉妬深く、依存心の強い女だった……
普段は大人しいくせに、雨宮に他の女の影が見えると、決まって逆上した。
決して性格の良い女ではなかったが……顔は可愛かった。
「顔は可愛かったんだよ!」
雨宮は叫び、女の潰れた顔を睨みつけると、その顔面を思い切り殴りつけた。
衝撃に、女は「ギャッ」という悲鳴をあげて倒れ込む。
「お、当たるのか」
足元に転がる女を見下ろし、雨宮は意外な顔をする。
自分に霊能力者のような特別な力があるとは思わないが、どうやら、コイツには触れるらしい。
「なら、処分できるかもしれんな」
倒れてうめき声をあげる女の髪を無造作に掴むと、雨宮は女を引きずり、早足で歩きだした。
「お前みたいのは、地縛霊って言うんだろ?」
髪を掴んだ手に力を込め、女の顔を自分に向けさせる。
「じゃあ、その縛っている土地から無理矢理引き離されたらどうなるんだ?」
女は雨宮の質問に答える事は無く、ただ言葉にならないうめき声をあげ続けている。
「亡霊だか、ゾンビだかは知らんが、人の姿をしてるんなら言葉くらい喋れよ」
その声に反応したのかは分からないが、女は震えるようなか細い声で呟いた。
「コワイ……オンナ」と。
雨宮は女を引きずったまま、入場口の近くまできていた。
女は大した抵抗もせずに、怯えたようにうめき声をあげるだけだった。
「おっかないのは、見た目だけか……」
雨宮はそう呟き、すぐに「それは間違いかもしれない」と思い直す。
潰れた鼻、裂けた唇……もしかしたらこの女は、今自分がしているように、髪を掴まれ、潰れるほどに顔を殴られ、殺されたのではないか。
「元は美人だったのかもな」
雨宮は幾分か優しい表情をつくり、女に声をかけると、そのまま彼女と一緒にゲートを潜っていった。
入場口の壁に寄り掛かり、雨宮は煙草をふかしていた。
さっきまで女がうずくまっていた場所には、シミのようなものがわずかに残っているだけだ。
女は、「光に導かれて天に昇っていく」ことも、「生前の姿に戻り、雨宮に笑いかける」こともなく、ただうずくまり、小さく呻きながら消えていった。
「成仏というよりは、消滅だろうか……」
彼女の最期の表情、そこにあったのは、救いではなかったように思える。
それでも……
「あそこで一人、お化け屋敷をやり続けるよりはマシだろう」
何より、雨宮には彼女を放置できない理由があった。
「あまり恨まんでくれ、こっちにも事情があるんだ」
雨宮は言い訳じみた言葉を零すと、線香代わりの煙草をシミの近くに置いた。
時計を見ると、すでに時間は午前1時を過ぎていた。
雨宮はゲートに向き合い、『ドリームランド宝くじ』の文字を見る。
「さて、もう一仕事だ」
そして彼は、再びゲートを潜った。
“もう一つの用事”を済ませるために……
この話が、三部作の中編になります。
つまり、次の話で完結です。
たぶん……
近いうちに最終話も投稿できると思います。
たぶん……
では、読んでくれて、ありがとさん。
バイバイ。