廃園へ
ハロー、エブリワン。
夏のホラー企画用の短編連載です。
続きは来週投稿します。
読んでね。
ほとんど車の通りの無い県道で、雨宮はタクシーを降りた。
目的地までは少し距離がある。しばらく歩くことになるが、日頃の運動不足を解消する良い機会とでも思い、諦めるしかないだろう。
もっと近くまで運んでもらってもよかったが、運転手にあの場所を告げるのは、少しばかり気が引けた。ああいう場所を好んで訪れる人間と思われるのも嫌だったし、何より、あそこに行くことを誰にも知られたくはなかった。
周囲には、まばらに民家が建っているだけで、コンビニも無ければ、郊外に多いホームセンターやパチンコ店も見当たらない。
雨宮は異様に狭い歩道を歩きながら、ピンオックスシャツの胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火を付けた。
歩き煙草なんて、いつ以来だろうか……メンソールの煙を吐き出すと、若干の気まずさを感じてしまう。
こんな場所で、誰に咎められるわけでもないのだが、やはり自分のような人間にも、まともな社会人の習性というものは染みついているらしい。こうして、自然に携帯灰皿を使っているのもきっと同じ理由だ。
雨宮はそう思い、歩き煙草程度で罪悪感を感じる自分の小市民ぶりに苦笑する。
一時間ほど歩いただろうか、朽ちかけた大きな鉄門扉を抜けると、かつては駐車場だった広場に出た。アスファルトはそこら中がひび割れ、そこから生える伸びきった雑草が、ここがまともに管理されていない場所であることを示していた。
雨宮はふと立ち止まり、左手の腕時計を見た。
時計の針は11時44分を指していた。
駐車場を歩く雨宮の足どりに迷いはなかった。軽快に、ウォーキングでもするように、スタスタと歩いていく。入場口の近くまで来ると、ビールの空き缶や割れたビンの破片が散乱していた。
「いい迷惑だ」
肝試しにでも来た連中の仕業だろう。そして、あの噂を広めているのもこういう馬鹿な連中だ。雨宮は軽く舌打ちをすると、歩くスピードを落とすこと無くそれらを躱していく。
入場口は、若者達の下品なアート作品と化していた。
意味不明な漢字や猥褻な単語が、いたる所にスプレーで書き散らされ、ゲートの脇に置いてあるネズミともウサギともつかないマスコットは、世界で最も有名なネズミと同じ服装にペインティングされていた。
雨宮は、その場所で一旦足を止め、ゲートの少し上へと視線を移す。
『ドリームランド』
ゲートの上、地上から3メートルほどの場所に書かれた、色褪せた赤色のロゴ文字、その名前の横には、赤いスプレーで「宝くじ」と汚い字で書かれている。
雨宮は一瞬意味が分からず首を傾げたが、「ああ、ドリームジャンボと掛けたのか」と気付き、あんなくだらない事を書くために費やされた労力と、それを必死に書く若者の姿を想像して、少しだけ笑った。
この『ドリームランド』に来るのは、今日で四度目になる。
一度目は高校生の時、クラスメイトの女と一緒だった。二度目は仕事で、三度目は一度目とは違う女を連れていた。そして四度目の今日、雨宮は初めて一人でここに来た。
前回よりはマシだが、今日も気が重いな……そう思い、雨宮は横目でチラリと腕時計を見る。
時間はすでに零時を回っていた。
周囲にはわずかな灯りもなく、新月に近い今夜の廃園は、黒一色の暗黒の世界だった。しかし雨宮は、懐中電灯はおろか、スマホさえ手に持ってはいない。
一ヶ月前に買い替えた彼のスマホは、財布や手帳と一緒に肩に掛けたショルダーバッグの中に入れたままだ。
もちろんどこかの探検隊のように、頭にヘッドランプをつけて歩き回るなんてことは、たとえ人の目がなくとも、恥ずかしくて出来はしない。
にもかかわらず、雨宮はここまで歩いてきた。街灯のほとんどない道を一時間近くも歩き、真っ暗な駐車場跡では、地面に落ちたガラス片にさえ気付いてみせた。
雨宮には、一つの特技……というより特能、特殊能力があった。
「夜目が利く」
別段視力が良いという訳ではない。
ただ、暗闇の中でも見えるのだ。
日の出前の薄暗い早朝、そこから少し色を抜いた感じ、今日のような月のない闇夜であっても、雨宮の眼にはそういう風に映るのだ。
「吸血鬼の血でも混じってるんじゃないの?」
以前、付き合っていた女にこの話をしたところ、そう言われたことがある。その時は気にも止めなかったが、今では「案外あり得るかもしれない」などと雨宮は思っている。
「確かに、俺にはそういう気があるな」
雨宮は静かに呟く。
月の無い廃園の闇の中……彼は一人、不穏な笑みを浮かべていた。
まだ話は動かない感じです。
内容を考えていない訳ではないよ。
ホントだよ。