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第4章 決死の決戦

「見えた。冷却!」


夜の闇の中、かがり火の光だけが私たちの視界を確保してくれる。


メアリーさんの魔法を皮切りに、草原から巨大ネズミの群れがその姿を現したのだ。


「トモリ、メアリー下がって!」


ユーリーさんが私たちの前に出る。


金シャチさんは両手に持っていた瓶を投げつけるが、巨大ネズミの群れに飲み込まれていった。


あれではダメージを期待できないだろう。


私とメアリーさんはユーリーさんの指示通り、全力で後ろに下がった。


とはいえ、明かりの届く範囲にいないと回復魔法も飛ばせない。


何とか明かりの届くギリギリの位置まで私は走ると振り返る。


すでに先頭集団は、ユーリーさんと金シャチさんに接触していた。


先頭集団の何匹かは、苦労して掘った落とし穴に落ちたみたい。


でも、その後ろから後続の巨大ネズミが続く。


ユーリーさんは剣で襲いくる巨大ネズミを攻撃している。


対する金シャチさんは目の前に巨大ネズミがいるにもかかわらず、足元の瓶を拾い上げた。


「金シャチさん、何やっているんですか!」


「冷却!」


メアリーさんが再び冷却の魔法を放つ。


後続の巨大ネズミが4匹ほど、動きが遅くなった。


巨大ネズミは、その鋭い前歯でユーリーさんに噛みついてくる。


ユーリーさんは、間一髪それを避ける。


しかし、相手の数が多すぎる。


すでに見えているだけでも十匹はいる。


幸い交戦中の巨大ネズミは5匹。


その後ろに5匹の姿が見える。


後ろの5匹のうち冷却による附帯効果で動きが遅くなっているのは4匹。


ユーリーさんは盾をうまく使いながら何とか巨大ネズミの攻撃をかわしている。


一方、金シャチさんはまだ剣も抜いていない。


持っていた瓶を投げるけど、巨大ネズミは全く反応しない。


図鑑にあった通り、何かに憑りつかれているように、ひたすら前進しようとしている。


あ、金シャチさんが怪我をした。


「金シャチさん、鎧着ていないから……結構な傷みたい。」


なんで前衛なのに鎧を着ていないの?


私は金シャチさんに回復魔法を飛ばす。


「トモリ! 金シャチの回復を!」


ユーリーさんの声だ。


見れば金シャチさん、巨大ネズミに噛まれている。


あれは痛そう。


私はすぐに金シャチさんに回復を飛ばす。


金シャチさんの傷は塞がったけれど、やっぱり動きがいつもより遅い。


病気にかかったんだ。


金シャチさんはその後、剣を抜き去った。


ユーリーさんは3匹を相手にしている。


金シャチさんは2匹を相手にしている。


その間にも、2人の間をすり抜け巨大ネズミが押し寄せてくる。


「だから、一度ミドリックに戻ろうって言ったのに!」


巨大ネズミを避けながら、叫ぶ私。


巨大ネズミ1匹1匹はさほど強くはない。


問題は数だ。


特に集団で出くわす今回のようなレアなケースは、少人数の私たちパーティで何とかできる相手ではない。


かといっていまさら恨み言を言っても始まらない。


すでに戦闘は始まっているのだ。


ユーリーさんが、頑なにここで死守しようとした作戦は、すでに失敗と言ってもいい。


もう、巨大ネズミが数匹集落めがけて闇の中に消えているからだ。


現実に”もし”がないのは分かっているけれど、”もし”あの時ミドリックに戻っていれば、滞在中の冒険者たちと連携を取ってもっと有利に事が運べたかもしれない。


いまさらそんなことを言っても始まらないけれど。


一体援軍はどうなっているのだろう?


そもそも援軍を、送れる状態なのかな?


ミドリックには私たちの他に2グループの冒険者がいた。


集落がモンスターに襲われる危険があるから、どの集落でも2グループほどは常時冒険者がいるものだ。


ミドリックの自警団は6グループと聞いている。


2人で1グループ。


つまり12人と言うことだ。


もし、私が長老会のメンバーなら、村を空っぽにするような愚作はしないだろう。


かといって村での籠城作戦は、あの竹の柵では無意味と言える。


となれば、集落からさほど離れていない場所に冒険者を配置して迎え撃つのが妥当だと思う。


巨大ネズミだけが警戒対象なら、集落から離れて私たちに援軍を差し向けることもできるだろう。


けれど、常にモンスターの脅威にさらされているミドリックのような小さな集落では、戦力を1点に集中させることは危険極まりないことだ。


ダイナゴヤ並みの、外壁や堀があれば別だけれど、ミドリックはそうじゃない。


となれば、長老会の決断は集落に近い場所での待ち受けと言うことになるだろう。


つまり私たちへの援軍を送る余力はないということ。


その答えにたどり着いた私は、背筋が凍りつく思いになった。


ユーリーさんはうまく巨大ネズミの攻撃を躱してはいるものの、決定打を与えられずにいる。


金シャチさんは何か大技を繰り出そうと構え始めた。


メアリーさんは、乱戦になった今使える魔法がない。


私はもともと戦闘できるような装備は持っていない。


このまま戦闘が長引けば、体力の少ない私たちが不利。


今までみたいに、単体の敵を相手しているわけじゃない。


十体以上の巨大ネズミを相手している。


まさか、数の力がここまで戦況を左右するとは思ってもみなかった。


「え? メアリーさん大丈夫ですか?」


メアリーさんが片膝をつく。


「トモリ、回復をお願いしたいのですが……。」


怪我はない。


きっと魔法の使い過ぎで、体力を消耗したんだ。


「はい、わかりました。」


私は回復魔法をメアリーさんに飛ばす。


するとメアリーさんの顔色が良くなった。


……が、代わりに私の全身に脱力感が襲ってくる。


「く、魔法を使いすぎた?」


見れば、金シャチさんもまた血だらけだ。


先に金シャチさんに回復を。


私は金シャチさんに回復魔法を飛ばす。


全身脱力感で、思わず片膝をつく。


ユーリーさんは流石と言うべきか、盾をうまく使って攻撃を躱しつつ相手を攻撃する。


防御重視の戦闘スタイルだけれど、確実に相手にダメージを与えていた。


ユーリーさんの鋭い突きが巨大ネズミのお腹に深々と突き刺さる。


何とも言えない叫び声をあげて、巨大ネズミは動きを止めた。


しかしまだ1匹。


十匹以上もいる巨大ネズミを食い止めるのにも限度がある。


メアリーさんも、魔法をあきらめ剣を抜くと、すり抜けていこうとする巨大ネズミに切りかかる。


しかし所詮素人の剣。


かすりもしない。


「金シャチさん、何やっているんですか! 戦ってくださいよ!」


せっかくの超重量剣、当たれば大ダメージ。


その代り扱いが難しく、剣速も遅いのが欠点。


でもでも、剣術を習得している私たちパーティの主戦力であることには変わりない。


その主戦力が、機能してくれないとパーティの役割が機能しなくなる。


ユーリーさんも後退しながら応戦している。


3匹相手に押されているんだ。


金シャチさんは攻撃らしい攻撃はまだしていない。


じれったくも、焦っちゃダメだと自分に言い聞かせる。


先ずは今、自分にできることを探そう。


先ずは体力の回復。


ヒーラーである自分が倒れるわけにはいかない。


初心に戻って、自分を回復する。


「これで良し、次は……。」


一番後ろにいる私だからできること、それはまず冷静に戦況を見極めることだ。


今最前線にいるのは、金シャチさん。


巨大ネズミ2匹を相手に何か大技を放とうとしている。


その後ろでは、憑りつかれたように暴走する巨大ネズミたちを追いかけながら攻撃するユーリーさんとメアリーさんがいる。


あの、早さだとすぐに光の届かないところに行ってしまう。


かがり火の光の届かないところに行ってしまえば、もう追いかけることはできないだろう。


どうする?


私に何ができる?


私は頭をフル回転する。


しかし妙案は出てこない。


私は……。


思考がグルグルグルグルと回って纏まらない。


すると最前線で戦っていた金シャチさんが、巨大ネズミの攻撃を受けて倒れ込んだ。


え?


一瞬、ランさんの時の光景が脳裏に浮かんだ。


まさか……。


私は、知らない間に金シャチさんの方へ駆け出していた。


金シャチさんに噛みついている巨大ネズミ。


私は何とか払いのけようと、短剣を抜き突き刺した。


すると巨大ネズミは、そのまままた走り出す。


私はすぐ、金シャチさんの脈を診た。


「うん、まだ生きている。」


しかし重症だ。


のんびり蘇生処置を行っていられる状態じゃない。


私はそう判断すると、気絶蘇生ポーションを金シャチさんに飲ませる。


「ゴホッ。」


金シャチさんの意識が戻った。


すかさず回復魔法で金シャチさんの傷を治した。


「大丈夫ですか? 私が分かりますか?」


ランさんの二の舞にはしたくない。


その一心だった。


幸い、金シャチさんは起き上がり、意識もはっきりしたようだった。


良かった。


全身の力が抜けるような感覚に襲われる。


そんな時だった。


ヒュンと風を切る音が聞こえた。


「プギャー」


私の脇をすり抜けようとした巨大ネズミの額に、矢が刺さる。


そのままその巨大ネズミは動かなくなった。


「え? 何?」


ヒュンヒュンヒュン……。


次から次へと矢が飛んできて巨大ネズミに命中する。


「何?」


ユーリーさんも、足を止めて何が起こっているのかわからない様子だ。


闇の奥では剣劇の音も聞こえる。


これはひょっとして……。


「よく持ちこたえてくれた。ここは俺たちに任せて集落に向かってくれ!」


闇の中から、声が聞こえた。


若い男性の声だ。


「わーい、やっときた~。」


金シャチさんはその声の主がだれだか知っているようだ。


私は声のする方をじっと睨みつける。


するとかがり火の明かりにその姿が映し出される。


それは使い込まれた装備に身を包んだ冒険者の男性だった。


まだ奥にも数人はいるだろう。


私は安堵とともに、なぜ?


と疑問を抱いた。


ミドリックからここまでは歩いても1時間以上かかる場所。


さっきの私の推測だと、増援は送れないはず。


なのに彼らはやってきた。


一体なぜ?


「トモリ、ボサッとするな。行くよ。」


ユーリーさんの声で我に返る。


考えるのは後にしよう。


今は、彼らの指示に従おう。


私は振り返ると、金シャチさんの方に視線を向ける。


「フーフーフー……。」


思った通り、金シャチさんは呼吸が乱れていた。


私が肩を貸すと、金シャチさんの体はかなりの熱を帯びていた。


こんな状態じゃ、まともに戦闘なんかできないよ。


私は金シャチさんに肩を貸しながら、ゆっくりとミドリックへと向かった。


「ひどい……。」


私は立ち尽くしてしまった。


まさかここまで被害が出るとは……。


呆然として立っていた私の肩に、手が置かれた。


私はその人物が誰か、視線を移す。


自警団の人だろう。


彼は


「君たちのおかげで、この程度の被害で済んだ。ありがとう。」


お礼なんて言われることなどしてはいない。


むしろ私たちの力の無さで、集落に被害を与えてしまった。


そんな思いが胸を締め付ける。


「チケハン亭に行きなさい。君たちの仲間が待っているよ。」


彼は優しく、微笑んでくれた。


私は、彼の言う通りチケハン亭に向かった。


ここは被害を受けていない。


扉を開けると中は、騒然としていた。


怪我をした自警団の人たちが、疲れを癒していたのだ。


私はユーリーさんたちを探し店内を見渡した。


するとカウンターでおやじさんと話をしていた。


「ユーリーさん、メアリーさん……。」


胸にこみ上げてくるものがあってそれ以上言葉を出せない。


「いや、お前たちは良くやったと思う。


連絡も入れてくれたしな。


そのおかげで被害は最小限に留まったと思うよ。」


おやじさんは優しく言った。


「薪ひろいの仕事は、ゆっくり静養してからでも遅くはない。


今は体を休めておくんだな。


本当に大変なのはこれからだからな。」


「それはどういう意味でしょうか?」


おやじさんの言葉にユーリーさんが聞き返す。


「巨大ネズミが運んできた病原菌の感染者が出るだろう。


この集落の病院は名ばかりで、腕のいい薬師もいない。


しばらくは病が蔓延するかもしれないからな。」


そう……なんだ。


じゃ、金シャチさんもしばらくは動けないかもしれない……。


「なぁに気にするな。


ネズミの病気なら、重度の症状は出ないはずだ。


日がたてば自然と回復するだろう。


それより今回はお前たちに世話になった。


情報料とモンスター退治の危険手当として長老会から500c受け取っている。


ほら受け取れ。」


私たちの前に金貨の入った袋が置かれた。


「でも、これは集落の復興に……。」


私が話し始めると、ストップと言わんばかりに私の顔の前におやじさんの大きな手の平が向けられた。


「これは正当な報酬だ。


君たちの気持ちはありがたいが、それ以上にこの集落の人たちは感謝を形で表したいんだ。


だから受け取ってくれ。」


おやじさんは優しく諭してくれた。


「そうですね。トモリ、ありがたく受け取りましょう。」


ユーリーさんが袋に手を伸ばした。


「それじゃ、今日はゆっくり休みなさい。


後のことは自警団たちに任せておけばいい。


先ずは君たちが無事でよかったよ。」


おやじさんはにっこりほほ笑んだ。


なんだか、胸の奥が暑くなった。


「お風呂、お借りしてもいいですか?」


「ああ、いいとも。ゆっくりしていきなさい。」


私はお風呂に入って、気分を落ち着かせようと思った。


ユーリーさんとメアリーさんは部屋に戻っていった。


お風呂は私一人。


一人で入る分には、十分な広さがある。


ユーリーさんとメアリーさんは気を使ってくれたのだろうか?


私は湯船につかり、そんなことを考えていた。


お風呂から上がると、部屋に向かった。


ユーリーさんとメアリーさんはすでに横になっていた。


私もベットに入り、横になった。


はたして私たちの決断は正しかったのか?


そんな疑問を自問自答する。


しかし、答なんか出ない。

人は常に最善と思える決断をするという。


私たちの決断も最善だったのだろうか?


そんなことを考えていたせいか、なかなか寝付けない。


体は疲れているはずなのに……。


2時間ほど体を横にしていたけれど、眠れないので起きだした。


軽く食事をして、お日様が高く昇ったミドリックの外周をぐるりと回ってみた。


巨大ネズミの勢いのすごさがわかる。


よく私たちが無事で済んだと改めて思った。


金シャチさん早く良くなると良いな。


私はミドリックの中心にある小高い丘の上、社へ向かった。


賽銭箱にお賽銭を入れると、私はみんなが早く元気になりますように、とお祈りをした。


こうして、初めての薪拾いは思わぬ方向に転がった。


金シャチさんが回復したら再チャレンジをするつもりだ。


すぐに薪が無くなるわけではないので、急ぐ依頼でもない。


まだチャンスはある。


生まれ育ったダイナゴヤしか知らない私には、このミドリックの集落は見るものも初めてづくし。


「今度こそ、ちゃんと依頼をこなすんだからね。」


私は胸のモヤモヤを吹き飛ばすかのように、呟いた。


そして、みんなが無事であることに感謝したのだった。


こうして私たちは、金シャチさんが回復するまでしばらくこの集落に滞在することになった。


幸い、怪我人こそ出たものの死亡者は出なかった。


それが唯一の救いだった。


私は気持ちを新たに、次への冒険へと想いをはせていた。



第3話へ続く










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