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三話

 朝のすっと澄んだ空気。鳥のさえずり、風に揺れる木、草花。そして、秋の涼しい、さらりと肌を撫でていく空気がとても心地良い。

 そんな中を俺と友子は歩いていく。

 俺たちの住んでいる村は山の麓にあり、自然が豊かだ。世の中では地球温暖化だ、森林破壊だ、温室効果ガスだ、何やら言われているが、こういうところもある。

 昔から受け継いできた土地そのままに、皆頑張ってきている。そのお陰で人がどんどん減っているというのはあるが。今やほとんどが高齢者で、俺達四人の次に若い人で四十代だ。

 俺達が出て行ったら、この村は無くなってしまうかもしれない。


 俺と友子は村の出入り口に向かって歩いていく。出入り口に近づくと、だんだん家がなくなる。村の住宅は密集しているわけではない。しかし、ある程度集まってはいるのだ。

 ただ、とある家だけが離れてある。他の家から遠ざけるように出入り口付近にある。それが俺たちの目的地。

 神社。

 赤い鳥居の前に弓弦が立っていた。


「弓弦くん! おはよう!」

 隣にいた友子が大声で挨拶して走り出す。弓弦も大きく手を振って、待ちきれないといった風に走り出した。いつものことだが、会っただけで二人はわあわあと騒ぐ。朝から元気なことだ。

 普通に歩いていた俺が追いついた時には、二人のランドセルは放り捨てられていた。


 砂利を踏みしめる音、子供の甲高い笑い声。二人が境内で遊ぶ音を聴きながら、俺は弓道場へと足を運ぶ。

 拝殿に向かって右にある、木造の建物が弓道場だ。姿が見えないもう一人がいるはず。

 下は砂利だから意味のないことだが、足音があまり鳴らないようにひょこひょこ歩く。砂利の音で綺麗な音が消されたらもったいない。

 弓道場を覗くと梓がいた。袴を着、凛とした佇まい。毎朝見る光景だが、飽きることが無い。

 気がつけば、周りの音が消えていた。静かな世界で梓は真っ直ぐ前を向いている。そして、弓を射る動作に入った。

 ギリギリと弓を引き、的に向けて離す。ビィン、パン! 矢は的に吸い込まれるように刺さった。

 天晴れ。お見事。

 ほうとため息が出るほど綺麗だ。

 梓は祖父である宮司に弓道を習っている。俺たちが知り合った頃にはもう毎朝弓を構えていた。子供心に凄いと思ったのを覚えている。

 そんな梓だが学校の弓道部には入っていない。村と学校が遠く、部活動なんてしていたら帰りが夜遅くになってしまうからだ。そのため、俺も梓も帰宅部で一緒に帰ることがほとんどだ。それも男子生徒に嫉妬される理由の一つになっていたりする。


「梓」

 矢を放ったままの状態から力を抜いて、梓が一息ついたところで声をかける。梓はただ的を見ていた。

「そろそろ時間だ。もう終わったよな?」

「うん」

 的に刺さった矢を回収し、さっさと弓道場を後にする梓。梓は弓道をしている時、性格というか雰囲気が変わる。淡々としてこちらに目を向けることもない。笑いもしない。今日は返事をしてくれたが、無言のままの時もある。

 弓矢というのは人を傷つけることができるからと、梓は言っていた。他に意識を向けたくないのだと。それにしてはちょっと極端な気もするが、慣れたから特に思うことはない。弓を手にしたことがないから、俺にはわからないこともあるのだろう。

 昔、梓がこちらを気にしないからと勝手に弓道場に入ると、凄まじい剣幕で叱られたことがある。何かあったらどうするんだと叫んで、暫く口をきいてくれなかった。それ以来、弓道場に足を踏み入れたことはない。弓道場は外に向かって開いているから、見るぶんには困らないし、梓に叱られることもない。


 梓の準備を待つ間、友子たちのところへ行くと、弓弦が友子をおんぶしようとしていた。小学生の男女はあまり体格が変わらないから、成功しそうにない。

 きゃあきゃあ騒ぐ二人を見ていると、二人と目があった。きらりと光ったのがわかった瞬間、走り出した。

「悠にい、待てー!」

 じゃりじゃりと音を立て逃げる。後ろを見ると、弓弦が満面の笑みで追いかけてきていた。砂利の上で走りにくいのに、慣れているから結構速い。

 それでも、まだ俺の方が速い。捕まることはないだろう。そう思って、前を向き直して急停止した。


「う、わっ!」

「おはようございます、悠人くん」

 温度の感じられない声に、冷ややかな目。浅葱色の袴を着て、ぴんと背を伸ばしたこの人は梓と弓弦の祖父で、この神社の宮司さんである。短く刈られた髪は白く、皺が刻まれた顔は全く表情が無い。この人が笑ったところなど、見たことが無い。

「お、おはようございます」

 この人を前にすると、どうしても緊張してしまう。雰囲気に気圧されるのだ。厳格そうで、強そうで、実際その通りである。


「宮司さん、おはようございます!」

 俺が止まったので弓弦と友子が追いついてきた。友子が笑顔で挨拶するが、宮司さんはにこりともせずにおはようと返すだけ。そして、ふっと興味を無くしたように目の前から去っていった。ずっとにこにこと笑っていた友子は目を伏せた。

 いつもの光景だ。宮司さんは無愛想で無口で、何より冷たい。梓と弓弦にはまだ優しいところがあるが、俺や友子に対しては挨拶くらいでしか口を開かない。どんなに友子が笑顔で話しかけても、相槌だけで話が続かない。無視をしないのが救いだろうか。


「みんなー!」

「あ、梓ちゃん来た! 梓ちゃーん!」

 固まった空気に、元気な声が響く。それに友子が一番に反応して、弓弦は大きく手を振った。

「おはよう!」

 梓は小走りに駆けてくる。じゃっじゃっと砂利が音を立てる。弓道場では見れなかった笑顔がそこにあった。

 宮司さんが来たことによる緊張が、やっと解けたのを感じた。四人が揃えば、もう大丈夫なのだ。


 梓と弓弦は祖父の三人暮らしをしている。母親は病気で早くに亡くなり、父親は不明だ。

 梓たちの母親は駆け落ちをしたらしい。本当はこの神社の巫女となるはずだった。それを駆け落ちして、梓と弓弦が生まれ、病気になって村に戻ってきた。戻ってきたときにはもう父親の姿は無かった。その頃、俺と梓が六歳、弓弦は四歳、友子は三歳だった。そして、梓たちが村に来て一年後、梓たちの母親は亡くなった。

 村の人たちは、駆け落ちをして戻ってきた梓たちの母親に厳しい目をしていた。元々、神社自体がよく思われていなかったのもあって、余計苦労したのだと思う。病気の進行は早かった。

 葬式のとき、参列したのは梓たちと俺たちの家族だけだった。梓と弓弦は意味がわからずにぼんやりとしていて、宮司さんはいつもの無表情だった。

 泣いていたのは、俺の両親だけだった。三人は幼馴染だったらしい。


「悠人、そろそろ行こっか」

 目の前で梓が笑っている。梓は、母親のことをどう思っているのだろう。この村に来る前は父親もいたのだろうか。この村を、どう思っているのだろうか。

「よし、行くか!」

 そんな疑問を押し殺して、俺も笑う。聞いてもしょうがないことだ。今は学校に行かないと。

「お兄ちゃん、梓ちゃん、行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃい!」

 友子と弓弦に見送られ、梓と歩き始めた。

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