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序章:平穏の終焉

僕が彼女と出会ったのは桜の散る頃だった。


最近では満開の桜の花が歓迎してくれる入学式なんてあまり見なくなった。

僕の学校も今日が入学式なのだが、桜並木の桜は花びらを道にほとんど落としてしまっていた。

桜の絨毯だと言えば幾分かは救われるような気もするが、でも哀しいかな、人々に踏まれた桜の絨毯はあまり綺麗とは言い難いものだった。


「やっぱり今年も散ったか…」

「なぁにメルヘンチックな事言ってくれてるの、純ちゃん」


彼の名前は浩平。

幼稚園からの腐れ縁。

1番の親友(だと信じたい)。


「メルヘンチックか?」

「高校生になってお花さんとお話でちゅか?」

「か、会話なんかしてない。」


とまぁ、こんな風に一方的にいじられているとも言えるが…


「そういえば純。」

「何?」


いじられた事に反撃してそっけなくしてみたけど、浩平は無視して続けた。


「メルヘンチックな噂知ってるか?」

「もうメルヘンチックはいいって。」

「違う、違う。リアルにメルヘンな噂なんだよ。」


珍しく浩平が笑うことなく真面目に話している。

だから、この僕をからかうことを生き甲斐にしているようなこんな男の噂話を少しだけ真面目に聞いてしまったわけだ。


「不思議の国のアリスって知ってるよな?」


一応文芸部で図書委員会を務めあげる僕である。その手の話しは大得意だ。


「知ってるけど?」

「じゃあ……白ウサギが逃げたって知ってるか?」


それはあまりにも唐突すぎて、あまりにも現実味を帯びていなくて、そして何よりこの男が真顔で語っているので仕方なかった。言わば生理現象だ。


「ぷっ。」

「お前っ、笑いやがったな。」

「浩、その話を聞いて笑わない方が奇跡だよ。」


僕はダムが決壊したかのようにお腹を押さえて笑った。


「痛った。」


僕は頭のたんこぶを摩りながら、この痛々しいものをつくった張本人を睨んだが、彼はさも当たり前かのような顔をしている。


「で、続きは?」

「次笑ったら戦闘不能にするからな。」


目が笑ってない。


「僕だって学習能力がないわけじゃないよ。で、白ウサギが何だって?」

「逃げ出した。」

「一生懸命理解しようとしてるよ?でもさ、いきなり『白ウサギが逃げ出した』って言われてどう反応しろと。」


浩平はしばらく考えて、なにかを確認するように話しだした。


「お前の知っての通り、白ウサギを追いかけるのがアリスだ。アリスの話は白ウサギがいないと成り立たない。」

「まぁ……そうだよね。」


僕は取りあえず相槌をうっておく。


「俺を含めて確か…15人のやつらの夢の中にこれくらいの金髪のあれだよ、外人の…これくらいの」

「大丈夫、わかるわかる。」


浩平は気持ちが高ぶりすぎたのかまとまりのない言葉を繰り返している。


「あ、その子の絵がある。」


ポケットからルーズリーフの切れ端をとりだした。

そこに描かれている少女は確かにアリスと言われたら納得できる少女であった。


「これどうしたの?」

「5組の前橋に描いてもらった。前橋も同じ夢見たらしいから。」

「鈴音ちゃん?」

「何で知ってんの?」

「漫研部長だし…」

「あぁ…」


前橋鈴音は文芸部と部室を共有している漫画研究部の部長さんだ。絵がすごく上手だけど、少し暗くて、他人と話すのが苦手な…人である。


「で…この子が?」

「夢の中にでてきて『白ウサギがいなくなったの…探してくれない?』っていうんだ」

「よく夢のこと覚えてな。」

「俺もわかんないんだよな…」

「それで?」

「それだけだ。ただ…誰一人として声が出なかったって。」

「金縛りの域だな…。」


僕は信じるか信じないか考えあぐねていた。

前橋さんがこいつの嘘に付き合うような子ではないことを自分が何よりも知っていたし、浩平自身前橋さんのようなノリが良くない子に話しかけたがらない。

だけど…信じるにはあまりにも飛躍しすぎた話だ。


家に帰ってから一人ぼんやり考えてみた。

やはり信じがたい…。

しかし、嘘であるとも信じがたい…。


「やめたやめたやめた。」

信じても信じなくても、最終的には同じことで、自分には何も実害はない。


「飯でも作るか…。」

僕は高校生になってから一人暮らしをすることにした。というよりは、そうならなければならない状態になってしまったともいう。

一人暮らし2年目に突入すると、やはり料理の腕もかなり磨かれる。


僕は自画自賛じゃないけど、わりと上手く出来たスパゲティーミートソースをお腹いっぱい食べて、珍しく宿題を出さなかった数学の先生に有り難みを感じながら、早めに寝ることにした。



僕はこの時すでにあの‘噂’のことを忘れていた。

この日を最後に僕の好きな何の変哲もない日常は消えてなくなる。

分かっていたならもっと別れを惜しんだのに……冗談だけど。


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