亀裂
里子の入院中、会社に育児休暇をもらった史郎がハルの面倒をみていた。
毎日お見舞いに来てくれたが、ハルは病院のベッドが怖いのか里子がいても決してベッドには近づかなかった。
入院中は両親や友達がリョウを見にやってきたり、退院後の睡眠不足のために寝溜めをしたりして一週間がすぎた。
ハル同様黄疸がでたが、無事リョウと一緒に退院することができた。
そしていつの間にかお互いを「パパ、ママ」と呼ぶようになっていた。
家にかえりリョウをベビーベッドへ寝かせると、早速ハルがベッドの柵越しにリョウを観察し始めた。
夜はささやかながらお祝い。史郎はビール、里子とハルはりんごジュースで乾杯した。
これからは昼夜問わずのリョウのお世話に加え、今回は元気いっぱい遊び盛りのハルの相手もしなくてはならない。
寝不足と片付かない家事にストレスが貯まりはじめた頃、里子と史郎の間に亀裂が入るような出来事が起きた。
その日もリョウのお世話をしながらハルの相手をしてた。
片手間の遊びの相手では全く満足しないハルは、夕食後、リョウに授乳をしている里子にまとわりついていた。
「リョウのおっぱいが終わったらね、ちょっと待っててね」
まとわりついてくるハルに言い聞かせるように言ったが、とうとうハルはぐずり始めてしまった。
寝転がりテレビを見ていた史郎の後ろ姿に
「いつもこんな風にやってるんだよ」
と言うと
「いやだったら明日から保育園にでも入れれば?」
テレビを見たまま振り向きもせず史郎は言い放った。
その言葉は睡眠不足と育児ストレスで疲れ切っていた里子の心に深く突き刺さった。
そんな言葉を聞くために言ったんじゃない。ただ毎日こんな風にしてるんだよって言っただけなのに。私も頑張ってるんだよって言いたかっただけなのに…。
「大変だね、お疲れ様」という言葉が欲しかった。ちょとだけでもいい、優しい言葉が欲しかった。悔しくて涙がでた。
溢れ出た涙を拭くことなく里子は授乳をし続けた。
そんな里子の事など知らずに史郎はテレビを見ながら寝てしまった。